第1473話「分別励行」
饑渇のヴァーリテインのHPを削り、回復を待ち、再び削る。嗜虐的とも思えるような作業が続けられる。メインの戦力として活躍してくれているのは〈大鷲の騎士団〉をはじめとした調査開拓員たちだが、管理者もただ指を加えて見ているだけではない。
『ホワーーーッ!? F12ポイントで環境負荷が高まってます! 至急対処をお願いします!』
『レヴァーレンβとγの活動指数が増加していますね。少し様子を見てもらいましょうか』
陣営に詰めているウェイドとワダツミは、管理者としてフィールドのモニタリングを行っていた。彼女たちはグリッド上に当てはめたポイントと、貪食のレヴァーレンをはじめとしたネームドエネミーの活動を監視し、環境負荷の高まりを抑えるために奔走している。
ボスエネミーを虐め抜く今回の企画が、〈奇竜の霧森〉の環境そのものにどれほどの影響を与えるかは未知数だ。だからこそ管理者がその機微をつぶさに観測し、異常があれば特別任務を通じて調査開拓員に対処させるという方策を取っていた。
『レッジ! レッジ! もう少し抑えなさい! 骨塚の外にまで負荷が広がっています!』
「了解。クリスティーナ、3分待機してくれ」
ぐいぐいと袖を引っ張るウェイドに応じて、こちらも戦闘の状況をコントロールする。環境負荷が高まり過ぎれば猛獣侵攻が発生し、イベントどころではなくなってしまう。だからといってヴァーリテインを休ませすぎるのも意味がない。薄氷の上を歩くような慎重さでことを進める必要がある。
「差し入れ持ってきたよー」
『待ってました! 桃まん餡まんちまきあるだけください!』
「うわわっ!? ちょ、落ち着いて、いっぱいあるから!」
激務の本陣には度々差し入れが届く。今回はフゥが中華惣菜を持ってきてくれたらしい。籠を抱えてやって来た彼女にウェイドが厳つい形相で飛びかかる。瞬く間に甘い物だけ根こそぎ奪い取って、バクバクと食べている。
「いくら太らないからって、ちょっと糖分摂りすぎじゃないか?」
『摂らないでやってられますか! ただでさえ100本の針に2階から糸を通すようなド精密作業やってるんです!』
ウェイドの席の周囲には、すでに和洋を問わない菓子の包み紙や空き箱が散乱している。本格的にイベントが始まる前から、爆食いしまくっているのだ。
確かに彼女には頭を使う、膨大な計算量の作業を任せているが、実際に計算しているのは本体である〈クサナギ〉のはず。糖分というか、エネルギーが必要なのは都市にある中枢演算装置の方だと思うのだが――。
『何か文句でも?』
「いえ、全然」
馬鹿正直に頷いても良いことは何もない。俺は大人しく、殺気だった獣を宥めるように余っていた大福を献上した。
『あーもう、さっき片付けたばっかりなのにまたゴミだらけじゃないの!』
そこへ新たな声がやってくる。テントの中にズカズカと入ってきたのはゴミ袋を抱えたメイドさん――カミルだ。彼女はテント内を見渡すと、地べたに散乱した菓子ゴミを見つけてうんざりと眉尻を上げる。
「おう、カミル。すまんが片付けてくれ」
『別に仕事だからいいけど、もうちょっとゴミ箱にまとめるとかしなさいよ。ほんと、計画性がないんだから。ちょっと考えれば分かるでしょ』
俺が手をあげて呼び寄せると、彼女はぶつぶつと小言を連ねながらトングでゴミを拾っていく。
『こんなに甘いものばっかり食べて、虫歯になっても知らないわよ。そもそも差し入れで貰えるからって無遠慮に食べ続けて、忙しいのは分かるけど――』
「カミル。あの、」
『なによ。ちゃんと片付けてやってるんだからこれぐらい聞きなさい。だいだいアンタは整理整頓って言葉を知らないんだから――』
「そうじゃなくてだな。その……」
ちらちらと隣を見る。ウェイドが拳を握りしめてプルプルと震えていた。カミルの位置からは、ウェイドはちょうど俺の陰に入っていて見えないらしい。彼女は俺が菓子を食べ散らかしているものとばかり思っている。
『こう言うのが環境負荷を高めてるんじゃないの? まったくだらしないわね。そんなんだから管理者に――に、に……?』
調子良く滑らかに捲し立てていたカミルが言葉を詰まらせる。彼女の赤い瞳が、涙目になっているウェイドを捉えていた。
もともと協調性は皆無だが聡明なカミルだ。彼女がここにいることで、この包み紙が誰によるものか分からないはずもない。だが、彼女はNPCらしく立場には厳格だった。具体的に言えば自分より上位の権限者――管理者には一定のトラウマを持っている。
『…………ぴゅぇ』
『だだだだ大丈夫ですよ! スクラップになんかしませんから! あー、仕事に没頭していて何も聞こえていませんでしたね!!!!! レッジ、誰か来たんですか!!!?!?!』
職に溢れ、路頭を彷徨い、廃棄処分一歩手前まで追い込まれた経験のあるカミルは、ウェイドの姿を見て絶望に打ちひしがれる。そんな顔を見ればウェイドも怒りやら恨みやらは吹き飛んでしまったらしい。今までにない大声で俺の手をグイグイと引っ張る。
「あ、あー。ウェイド忙しそうだったもんな。すまんカミル、今後はちゃんと片付けとくよ」
『うぁ、あう……。お、覚えてなさいよ!!!!』
ギリギリのところで持ちこたえたのか、カミルは捨て台詞を残して飛び出していく。しっかりゴミはかき集めて回収していったところ、やはり優秀なメイドさんだ。
「……」
『……とりあえず、ゴミ箱を用意してもらっていいですか』
「そこに置いてある」
流石に気まずい顔をしたウェイドに、彼女の席のすぐそばに置いていたゴミ箱を指差す。今までゴミ箱の存在すら目に入っていなかったらしい。彼女はチマキの笹をいそいそとゴミ箱に押し込んだ。
『Hey! とりあえず業務に戻ってもらってもいいですか!? ちょっと大変なんですが!』
穴を一人で埋めていたワダツミの声でウェイドは職務に復帰する。俺はカミルから次々届く罵倒と懇願のメッセージを眺めながら、待機していたクリスティーナたちに突撃指令を送った。
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Tips
◇ゴミ箱
野営時に使用できるアセットの一つ。ゴミを収納しておくことができる。生活ゴミから標準的な細菌兵器まで、異臭なども完全に封じて安全に捨てられる。
“ゴミは正しくゴミ箱に。燃えるゴミは燃やして捨てましょう。燃えないゴミは燃えるまで燃やしましょう。”――産業廃棄物処理場スローガン
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