第1472話「真綿の焦燥」

 八首の龍が周囲を見渡し、霧を晴らす咆哮を上げる。己の首を切り落とした下手人を探し出そうと怒りをあらわにする。薄く染み込んでいた麻痺毒も効力を失い、彼の意識は明瞭だった。

 長い首を巡らせる。途方もない飢餓感が彼を苛んだ。落とされた首を再生させいようとする働きが、栄養を渇望する。血肉を喰らえと凶暴性に拍車をかける。

 粘性の高い猛毒の唾液を垂らしながら睥睨する。その時だった。


「今だっ! 殺さない程度に叩け!」

「「「うぉおおおおっ!」」」


 すり鉢状に凹んだ骨塚の縁から調査開拓員たちが現れた。各々の武器を携え、骨塚の斜面を滑るように駆け降りる。突如として気炎を上げながら吶喊を仕掛けてきた侵入者に、龍の憤怒も燃え上がる。


『ゴァアアアアッ!』


 猛々しい咆哮が響き渡る。無防備な獣であれば足が竦み、そのまま心臓を麻痺させてしまうほどの恐怖が広がる。だが、龍の凄まじい威圧も軍勢の足を鈍らせることはできなかった。


「『勇ましき騎兵の軍歌』ッ!」


 鳴り響く壮麗な音楽。アップテンポで奏でられる金管の調べ。〈大鷲の騎士団〉が誇る音楽隊による軍歌の演奏が戦場へ広がった。その勇ましい拍動が軍勢に勇気を与え、怯む心を強く支える。

 アイの掲げた赤い炎の軍旗が、さらに彼らの迫力を底上げする。パーティの区別もない、無差別広範囲の支援効果は、レイド戦の大規模動員において真価を発揮した。

 龍の咆哮と音楽がぶつかり合う。空気が震え、波動が広がる。両者が拮抗するなか、長槍を携えた騎兵――突撃隊クリスティーナたちが龍の足元へと肉薄する。


「貫け! 『チャージングスピア』ッ!」


 走る勢いの全てを槍先に乗せて、突撃隊の切先が次々と龍に突き刺さる。鱗の代わりに蠢く触手で覆われているヴァーリテインを容赦なく貫いていく。彼女たちは触手に捕まる前に走り去り、再び骨塚の外へと身を隠す。


『グゥルウァアアアアアッ!!!』


 腹や首元を削がれたヴァーリテインが怒りと苦しみに吠える。いつの間にか音楽は止み、異様なほどの静けさが龍を包んでいた。

 何かを食べなければ。食べなければ飢えてしまう。本能が警鐘を鳴らす。ヴァーリテインは生きることに必死だった。同族を喰らってまで生きながらえ、ここまで成長してきたのだ。こんなところで死ぬわけにはいかない。

 いくつかの首は、頭を骨塚に突っ込む。もはや骨や残飯でもよかった。少しでも栄養を取らなければ、満身創痍の肉体が持たないと分かっていた。


『グァル……』


 無造作に骨を噛み砕いていた。その中に、味がした。

 龍は困惑する。ここにあるものは全て、残飯であるはずだ。もはや骨の髄まで食べ尽くした、味のしないカルシウムの残骸だった。そこから味がするとは、どういうことか。

 また食べる。別の頭が、舌に刺激を受けた。味を感じていた。

 栄養がある。


『グブアァッ! ガウヴッ!』


 そうと知ったその時には、無我夢中になっていた。八つの頭を骨の中に突っ込み、一心不乱に顎を動かす。白骨を砕き飲み下しながら、その中にあるわずかな“味”を求める。

 飽くなき渇望をわずかにでも癒すため、龍は我武者羅に貪りはじめた。


「いい感じですね。餌に食い付きましたか」

「今のヴァーリテインは栄養不足だからな。何よりも捕食行動を優先してるんだ」


 ディスプレイに映し出されたヴァーリテインの姿を見て、俺は作戦が順調に進んでいることに安堵する。首を落とし、霧が晴れ、警戒状態となったヴァーリテインに、クリスティーナたち突撃隊が攻撃を行う。今のヴァーリテインは残りHP一割以下の瀕死状態だ。

 戦闘のどさくさに紛れて、フゥたちが大量の栄養剤を戦場にばら撒いた。彼はそれを探して貪ることで、少しずつHPを回復させ始めている。


「HPが八割になったら再突撃だ。それまでに体勢を立て直しておいてくれ」

『了解です。お任せください』


 現地で待機しているクリスティーナたちにも連絡を回しておく。

 今回の要となるのは彼女たちがどれだけ生かさず殺さずを維持できるかにかかっている。倒してしまえばまた首狩りから始めなければならないし、生かしすぎても〈龍王の酔宴〉の本来の目的が果たせない。


「はええ……」

「どうした、シフォン?」


 綿密な計画の元でヴァーリテインを鍛えていく。その作業が始まるなか、シフォンが声を漏らした。ディスプレイを眺めていた彼女は深刻な面持ちをこちらに向ける。


「ヴァーリテインから怨嗟がいっぱい出てる気がする。詳しいことはミカゲか他の呪術師に聞かないと分からないけど」


 〈占術〉スキルを持つ彼女は、ヴァーリテインがその身に宿すエネルギーを目視することができるようだ。元々グラットンスネークの段階からして、かの種族は凄まじい怨嗟を帯びている。それが、目の前でさらに増幅を始めているという。

 当たり前と言えば当たり前だろう。生かさず殺さずいたぶり続ければ、自然と恨みを買うことになる。


「シフォン、怨嗟は誰に繋がってる?」

「ええっと……」


 シフォンがテントから飛び出し、肉眼でヴァーリテインを見る。彼女はそこから何かを辿るように視線を動かし、俺に向けた。


「おじちゃん、だね」

「よし。それなら計画通りだ」


 ヴァーリテインの恨みを買っているのは俺だ。彼自身はまだ俺の存在に気が付いていないはずだが、呪縁が結ばれている。ミカゲが帰ってきたら、事前の打ち合わせ通りに処置をしてもらうつもりだ。


「いいの?」


 シフォンが心配そうに俺を見る。呪いを一手に引き受けると聞けば、彼女の気持ちも分からないではない。しかし、これは事前に検討されていたことだ。

 彼女の白い髪を撫でる。狐の耳がぺしょりと伏せた。


「安心してればいい。災転じて福となすってな」


 俺の言葉に、彼女は不思議そうに首を傾げた。


━━━━━

Tips

◇栄養剤-ドラゴンハッスルΩ

 〈龍王の酔宴〉のために開発された、饑渇のヴァーリテイン専用の栄養剤。一錠でタイプ-ゴーレム調査開拓用機械人形が50時間連続稼働可能な熱量を保有する。


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