第1466話「空巡る炎龍」

「はえぁ、はえっ、はえええええんっ!?」

「いくぞ、シフォン! 〈狐火〉だ!」

「はええええええっ!?」


 エイミーの拳を叩き込まれ、俺たちは一気に空へと飛び上がる。クチナシの甲板が遠ざかり、レティたちが小さくなっていく。シフォンは悲鳴を上げながらも、しっかりと俺の言葉を聞いて動き出した。


「はえ、はえぁ……。ゆらり、ゆらゆら、ゆらゆらり。はえ。揺れる灯火あやしくひかる。ゆるりゆらゆら、ゆるゆらり。はえ。揺れる怪し火弾けとべ!」


 リザの〈最終楽園〉と比べれば随分と短い詠唱だ。彼女の声に合わせて、青白い火の玉がぽわんと浮かび上がる。その後もシフォンは詠唱を続け、次々と火の玉の数を増やしていく。


「メル、準備はいいか?」

「任せて。ばっちりさ」


 クチナシの甲板ではメルが構えている。彼女は長大な詠唱を紡ぎ、大規模なアーツを生み出そうとしている。

 シフォンの狐火は導火線だ。俺たちが到達する空までそれを届けるための道になる。狐火には誘爆するという性質があり、今回はそれをうまく使うのだ。


「は、はええ……」


 そろそろだ。

 シフォンが真下を見下ろして耳と尻尾を震わせる。エイミーのおかげでかなりの高度まで打ち上げられた。巨大イカ――ディキューズも眼下に収めながら、俺は槍を構える。

 俺たちとクチナシとの間に点々と青い炎が連なっている。その先端に向けて、メルが指先を向けて――。


「『渦巻く炎龍の悉くを焼き尽くす不滅の火炎』」


 特大の火属性機術を解き放つ。


「はええええええええっ!?」


 オレンジの炎が龍となり、狐火を喰らう。それは次の狐火へと目を向けて、一直線にこちらへ向かって昇ってくる。

 雷鳴轟く嵐のなか、臆することもなく遡上する火龍。それを真正面から見据える迫力に、シフォンが悲鳴をあげ俺にひしと抱きついてくる。俺も彼女の背中に腕を回し、タイミングを見計らう。

 狐火は火龍に飲まれ、誘爆し、その威力をさらに底上げさせていく。


「おじちゃん!? あの龍をイカにぶつけたらいいんじゃないの!?」

「それよりも手っ取り早い方法があるのさ。さ、そろそろだ」

「はええええんっ!?」


 ここでシフォンが動いたら、狐火もそれに追従してしまう。だから、彼女は絶対にここにいなければならない。『空中歩行』も使いつつ、ギリギリまで滞空する。龍は勢いよく、一直線に、脇目もふらずこちらへ迫ってくる。その熱気さえも肌に伝わってくる。


「戦闘調理術、“激辛火吹きヴォルケーノナポリタンカレー”!」


 その時、龍の身にスパイスが纏われる。驚き目を向けると、リヴァイアサン級一番艦の甲板に大鍋を携えた虎柄の猫娘が立ってこちらに手を振っている。


「あれは、フゥちゃん!」

「〈紅楓楼〉も来てたな、そういえば」


 戦場料理人フゥの打ち上げた激辛火吹きヴォルケーノナポリタンカレーがメルの火龍と一体化し、その火力を底上げする。俺の意志を汲み取って、適切な支援をしてくれた。彼女に大きく手を振って、成長した火龍を迎える。


「ここからだ」


 槍を構え、龍を見据え。


「――吹き渡る風は螺旋を描き、遥かなる空を渦巻く龍は巡り巡れ。――〈嵐綾〉」


 魔法を解き放つ。

 吹き渡る風は螺旋を描き、遥かなる空を渦巻く龍は巡り巡れ。

 剛風が轟く。厚く空を覆い隠していた黒雲を焼き尽くす炎が、螺旋となって広がっていく。


「はえぁあああっ!?」


 シフォンの悲鳴もかき消して、大きく成長した炎龍が空を駆ける。雲を焼き、雨を涸らし、稲妻を燃やす。圧倒的な力をもって、その全てをねじ伏せるように。


「ひ、光が!」


 シフォンが真上を見上げてそれに気付いた。

 龍が旋回して黒雲を散らしたことでその向こう側が現れた。燦然と輝く陽光が、ぽっかりと空いた穴から真っ直ぐに注がれる。


『ィィィイアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!』


 甲高い悲鳴が耳朶を打つ。

 真下を見れば、触手が激しく水を叩き、巨躯がうねって悶え苦しんでいた。

 白い光を放っていたディキューズに、雲の切れ間から差し込んだ光が当たっている。彼の大きさを考えるとわずかな光だが、効果は覿面のようだった。


「ディキューズが苦しんでる……。日光に弱いってこと!?」

「そういうことらしい。元々火属性には弱かったみたいだし、そもそもずっと深海に潜んでたんだ。それなりの理由はあったってことだな」


 日光に皮膚を焼かれた巨大イカは、これまでのタフネスが嘘のように表皮を焼けただれさせ、ダメージを受けている。その姿はいっそ物悲しくも思えるほどだ。

 騎士団の手を焼かせた自然回復能力も、天日干しには効かないらしい。


「イチジクの助言は当たってたなぁ」

「はえ?」

「イカは干物に限るってな」


 首を傾げるシフォン。

 彼女の目の前で、ディキューズは急速に体積を減らしていく。身体中の水分が蒸発するように、触腕の末端から硬く干からびていく。


「――『エクセキュートスラッシュ』ッ!」

「『頸斬』ッ!」


 乾き切っていくイカゲソに突如斬撃が迫る。大物を切り落としたのは、和装の二人。


「人の獲物を横取りするな、バカモン!」

「元々は私たちが狙っていたものです!」


 早速口喧嘩を始める二人を見て、思わず苦笑する。

 ともあれ、これだけ大きければゲソ一本でも十分な食いでがあるだろう。


「よし、じゃあ帰ろうか」

「はえ?」


 なぜかきょとんとするシフォン。

 上がったなら下がる。当たり前の話だ。メルの炎龍も効力の限界を迎えて霧散していく。あとは雲が戻る前に、ディキューズにトドメを刺さなければならない。俺たちだけここでのほほんとしているわけにはいかないし、そもそも俺たちに翼はない。

 といったことを説明している暇もない。


「よし、捕まってろよ」

「はえええええええええええええええっ!?」


 絶叫を上げるシフォンと共に、俺たちは落下ダメージが大幅に減衰する海面に向かって垂直落下した。


━━━━━

Tips

◇嵐武の騎士・ディキューズ

 〈剣魚の碧海〉暴嵐海域に出現した巨大なイカに似た白神獣。雨天環境においては不死身に近いタフネスを発揮し、その巨体と無数の触腕で天下無双の強さを見せつける。一方で日光に触れると甚大な火傷を負い、自然回復能力も大幅に減衰してしまう。

 “深淵に逃げた怯懦の騎士。その心は折れ、剣は錆びた。深い影に身を丸め、ただ嵐の過ぎ去るを待つのみ。そこに白き栄光はなく、そこに騎士の誇りはない。”


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