第1465話「そこにいた人」

 レティの思惑は実現し、アストラの光刃が滑らかにディキューズの腹を切り裂いた。

 これまで沈黙を保ち続けていたイカが、初めて声を上げる。巨躯を震わせ、苦悶を漏らす。それを見て、周囲から割れんばかりの歓声があがった。


「なんとかなるもんですね! シフォンのおかげですよ!」

「はええ……。こ、こんなに上手くいくとは思わなかったよ」


 クチナシの甲板に降り立ったレティは、シフォンの髪をわしゃわしゃと撫でる。なすがままにされながら、シフォンは呆然としてディキューズを見上げていた。

 海中洞窟に留められていた彼女たちがなぜ脱出を果たせたのか。そのキーパーソンとなったのはシフォンだった。

 彼女の刻印したモジュール〈狐火〉は、自動的に対象を攻撃する。言い換えれば、攻撃の通用する場所に狐火が飛んでいく。レティはそれを利用して、大地に張り巡らされたエネルギーの流れ――レイラインの破壊を画策した。当然、レイラインというものは狐火程度で破壊できるものではない。狐火に期待されるのはレイラインの“弱点”を看破すること。その場所に向けて、レティが〈刻破〉を発動した一撃を叩き込むのだ。

 致命の一撃をさらに強力なものとする魔法によって、洞窟が崩壊した。レティはLettyと協力し、レイラインを掘り進み、海上へと到達したのだ。


「でも、結局おじちゃん見つからなかったね」


 しょんぼりと肩を落とすシフォン。洞窟から脱出できたのは喜ばしいが、本来の目的であるレッジの救出は成し遂げられていない。


『その点は……おそらく問題ありませんよ』


 声を上げたのはウェイドだ。どこか確信を持った様子の彼女にシフォンが首を傾げる。


「はえ?」

『レッジの現在地は今まで動いていません。それなのに、なぜか見つけられなかった。我々は座標のZ軸がずれている可能性を考えていましたが……そうではなかった』


 ウェイドはレッジの現在地が示されている方へと目を向ける。いまだ嵐のおさまらない荒れた海には何も手がかりは見当たらない。しかし、彼女はそこに彼を見ていた。


管理者権限コマンド発動、完全無補正視覚領域トゥルースクリーン


 かつてレッジたちは、調査開拓用機械人形のカメラアイが自動的に視覚情報を修正していることを突き止め、その機能を迂回することでありのままの現実を目視した。それと同じことを、ウェイドは管理者の特別な権限を用いて行う。

 あらゆる情報的補正が取り除かれ、彼女の青い瞳に惑星イザナミの景色が飛び込んでくる。


「うん? お、やっと気付いてくれたみたいだな。ウェイド」


 ぷかぷかと海に浮かぶ一張りのテント。そこに、男と仔鹿が収まっていた。


『まさか私たちの視界を支配するとは、驚きましたよ』

「本当だよなぁ。とりあえずコイツ、どうにかしてくれないか?」


 危機感のない声だ。しかし、状況は好転していない。

 レッジと白月の収まるテントは、白鱗で身を覆う細長い魚によって締め付けられていた。レッジたちは逃げ出すこともできず、拘束されている。


「ウェイドさん? そこにレッジさんがいるんですか?」


 レティたちは、突然虚空に向かって話し始めたウェイドを見て眉を寄せる。


「ずるいです! レティもレッジさんと話したいです!」

『ちょっと待ってください。ここは私が管理者として代表しますから……』

「むむぅぅ……。そのへんにいるんですよね。だったら――!」

『ちょっ、レティ!?』


 ウェイドが止める間もなく、レティが勢いよく海に向かって飛びかかる。


「私も行きますよ!」


 躊躇なくLettyもそれに続き、二人は何もない海に向かって同時にハンマーを振り下ろす。


「てやあああああいっ!」

「とりゃあああああっ!」

「うぉおおわあああっ!?」


 まるで狙い澄ましたかのように、二人のハンマーは寸分違わず的確に――レッジの体を強打する。容赦のない一撃を腹にうけ、彼は勢いよくテントから飛び出した。


「あっ! レッジ!」

「おじちゃんっ!? どこにいたの!?」


 テントから飛び出したことで、白鱗の魚の影響から外れたか。レッジの姿がウェイド以外の目にも映る。突然虚空から飛び出してきたように見える彼にラクトたちが驚きの声を上げる。

 レッジは空中でくるりと身を翻し、クチナシの甲板へと降り立つ。


「海に落ちる前にテントを開いたのはいいものの、そこで妙なやつに捕まってな。そのせいで誰にも見つからないみたいで、ちょっと困ってたんだ」


 彼が振り返ると、そこには海に浮かぶテントとそこに座る白月の姿が見えた。レッジが叩き出されたことで、謎の魚は早々に姿を消したようだった。


「大丈夫ですか、レッジさん!」

「俺は平気だよ。レティも助けてくれてありがとうな」

「うえへへへ」


 レティの頭を撫で、レッジは再びディキューズの方へと向き直る。


「捕まってる間に色々と考えてみたんだが、どうやら有識者によるとイカは干物がいいらしいんだ」

「干物?」

『何をバカなことを言ってるんですか』


 突拍子もないことを言い始めたレッジに、ウェイドはまたかと呆れ顔になる。それに構わず、彼は槍とナイフを取り出して肩を回し始めた。


「エイミー、ちょっとできるだけ高くまでぶん投げてくれないか?」

「え、ええ。それはいいけど……」

「シフォンも一緒にな」

「はえっ!?」


 レッジがシフォンの手を掴む。エイミーが拳を握り込み、力をためる。


「ちょっ、おじちゃん!? 何を――」

「行こうか。酒のツマミを作るためだ!」

「はええええええっ!?」


 エイミーの打撃がレッジを貫く。猛烈な衝撃が彼を勢いよく打ち上げる。レッジはシフォンと共に、空の彼方へと吹き飛んでいった。


━━━━━

Tips

◇正体不明存在

 〈特殊開拓指令;暴嵐に輝く白光〉展開中に発見された特殊な原生生物。体長7メートルほどの長大な魚のような姿で、全身に薄い白色の鱗をもつ。鱗には対象を誘惑する効果があると考えられる。管理者権限“完全無補正視覚領域”の発動がなければ目視することができない。


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