第1464話「解釈は柔らかく」

 戦場に歌声が響き渡る。他の雑音の全てを覆い隠し、朗々と響き渡る。カエデたちが唖然として見上げるまえで、巨大イカ“ディキューズ”の島のような巨体が浮き上がる。

 目まぐるしい急展開に調査開拓員たちが騒然とするなか、クリスティーナがそれを見つけた。


「あ、あれは――レティさん!?」


 ディキューズの腹を叩き、打ち上げる存在がいた。巨大なハンマーを突き上げ、イカの白く輝く胴体を凹ませている。赤髪をなびかせ、下半身に鮫を履いた少女。彼女の隣には全く同じ動きでハンマーを突き上げている別の少女もいる。

 彼女たちが足場にしているのは、海面から垂直に飛び出してきた鋼鉄の船――クチナシ級十七番艦のようだった。その甲板に、数人が必死にしがみついている。


『貴方は振り向かないけれど、私はいつも側にいるから――!』


 歌声は続く。この場に集う調査開拓員たちは、その曲に聞き覚えがあった。

 大人気シンガーソングライター、ミネルヴァがFPOのために書いた特別な一曲『フォートレスハート』だ。なぜそれが歌われているのか、海底に向かったはずの彼女たちがなぜ突然飛び出してきたのか、それらは一切分からないが。

 甲板にしがみついたウェイドたちが歌っている。それに合わせて、船首に立つレティたちの力が爆発しているようだ。


「そ、そうか! そういうことか!」

「何か分かったんですか?」


 はっとして声をあげる解析班の騎士に、クリスティーナが解説を求める。


「『フォートレスハート』は〈アトランティス〉で見つかった、人魚たちの古い歌です。それを〈歌唱〉スキルを用いて歌うと、広範囲に強力な水中戦闘バフが付与できるんですよ!」


 その曲はミネルヴァ作曲のものであったが、惑星イザナミにおいては深い海の底に眠っていた人魚たちの国〈アトランティス〉に残されたものとされていた。故に、その歌には強い力があり、水中での戦闘を力強くアシストする。

 甲板で歌うのは、アイだけではない。管理者たちも力のかぎり喉を震わせている。


「副団長が〈共鳴〉も使っているみたいです」

「あれは、周囲の攻撃力を底上げするものでしょう?」

「正確には風属性攻撃力の底上げです。――そうか、おそらく歌も空気の震え、つまり風属性と解釈されたのでは?」

「そんな……」


 ずいぶんな拡大解釈だ。にわかには信じがたい考察ではあったが、実際に彼女たちの歌声は力強く広がっている。ウェイドたちは〈万夜の宴〉でステージに立っていたことも大きいのだろう。アイの歌声にも負けていない。


「副団長の支援で歌の力を増幅。それをレティさんにぶつけて、Lettyさんはレティさんと同じ動きをすることでさらに力を強化しているのでは」

「そういえば、Lettyさんのモジュールは〈連理〉というものでしたね」


 以前、レッジのブログに書いていた内容を思い出し、クリスティーナは頷く。プライバシー保護ということで色々ボカされていたものの、ガバガバだったのでほとんどの読者は誰がどんなモジュールを持っているか知っている。

 見ればエイミーが目にも止まらぬ連打を繰り出し、ラクトが船の周囲を強力に凍らせていた。


「なるほど、海も凍らせれば物理属性が効く……特に打撃は効果覿面ということか」

「なにその、なんですか?」


 訳知り顔で頷く解析班。クリスティーナはそのぶっ飛んだ主張に困惑する。

 たしかに凍結させたエネミーには打撃がよく効く。とはいえ、それを海に対して行うとはどういうことか。


「これも拡大解釈の一つでしょう。海を一つのオブジェクトとして考えれば、何ら不思議はありません」

「そうですかね……?」


 いまいち納得のいっていない様子のクリスティーナだが、事実目の前では不可思議な光景が展開されている。ラクトの氷がディキューズの体表を覆った瞬間、レティたちのハンマーが凄まじい勢いで砕くのだ。

 だが、それでも勢いが足りない。このままでは彼女たちはディキューズの巨体に押し潰されるだろう。そう危惧したその時。


「はっはーーーーーーっ!」


 黄金の光が、海面下から飛び出してきた。


「なぁあ……っ!?」

「あれは、団長!?」


 クチナシを追いかけるように急浮上してきたのは、確かに〈大鷲の騎士団〉が団長アストラだった。だが、その姿を見たクリスティーナたちは顎を落として驚愕する。


「なんですか、あのクリーチャーみたいな姿は!?」

「団長がおっさんみたいになってる!?」


 上半身は爽やかな青年のそれだ。しかし、下半身は光り輝く無数の剣を鱗のように吊り下げた、巨大な鮫の姿をしていた。おそらくはレティたちと同様にシャークスーツと鮫を結合させているのだろうが、あの光り輝く刃は一体何物か。


「ま、まさかあれは!?」

「また何か分かったんですか?」


 解析班があっと声を上げる。クリスティーナが振り返る。


「あの鮫、おそらくレアエネミーの“千剣のヘクトリア”ですよ!」

「しかしあんなバカみたいに光り輝いてはいなかったような……」


 クリスティーナも攻略組の末席に名を連ねる身である。当然、海溝の奥底に棲むレアエネミーの存在は知っている。しかし、目の前に現れたそれは、彼女の記憶にあるものから大きく乖離していた。

 まるでベテラン演歌歌手の派手すぎる衣装のようだ。


「〈光刃〉ですよ! 団長のモジュールです!」

「〈光刃〉? 確かにあれは……。でも……」


 騎士団長アストラのモジュール〈光刃〉は、所持する剣カテゴリの武器に光の刃を纏わせ、その刃渡りを延長させるというものだ。シンプルながらも間合いの延長という扱いやすい効果である。


「まさか……」

「そうですよ。“千剣のヘクトリア”のヒレも剣カテゴリの武器なんですよ!」


 興奮して叫ぶ騎士に、クリスティーナは困惑を深める。

 たしかに、あの巨大サメをスーツにした際には、無数の鋭利なヒレが剣のよう働き、近づくだけで敵を切ることができる。それを武器と言えば、確かに武器なのだろうが……。


「拡大解釈が過ぎませんか?」

「目の前で起こってることが実際ですよ」


 クリスティーナがどれほど疑念を並べようと、それは変わらない。

 騎士団長は無数の剣を携えて、勢いよくディキューズの腹を切り裂いた。


━━━━━

Tips

◇シード01-スサノオ工業区画の事件について

 本日、地上前衛拠点シード01-スサノオ工業区画にて一角が消し飛ぶ強い爆発が発生しました。事件の発生源となったのは〈ネヴァ工房〉とみられ、管理責任者の調査開拓員ネヴァ氏は「手元が狂った。ちょっとびっくりしただけ」と供述しております。当時、現場では〈剣魚の碧海〉暴嵐海域の様子が中継されていました。

 なお、ネヴァ氏本人およびメイドロイドのユアはどちらも軽傷とのことです。


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