第1463話「鋼の心を破る」

 カエデがイカの触腕を斬る。その滑らかな太刀筋はスキルによるアシストだけではなし得ないものだ。何万回と繰り返してきた過酷な鍛錬は、仮想現実においても彼の力となっている。


「お兄ちゃん!」

「うおっと。助かった、モミジ!」


 また、彼をアシストする仲間も優秀だった。特にタイプ-ゴーレムの投擲師モミジは、まるで長年付き添った夫婦のように、前線で暴れるカエデの動きを正確に捉え、的確に火炎瓶や毒薬を投げつけて支援している。


「くっ、やっぱり再生能力が厄介か」


 それでもなおイカはしぶとい。カエデが触腕を斬るたびに、瞬く間に傷口から再生する。その速度は凄まじく、到底攻撃力が足りない。

 〈大鷲の騎士団〉の一斉砲火にさえ耐えるほどの強靭な肉体には何か秘密があるとカエデは考えた。


「火傷と火属性攻撃には弱いみたいだけど……」


 ポップコーンをポコポコと弾き飛ばしながらフゥが言う。彼女の攻撃はある程度の効果を示していたが、それも全体を見れば微々たるものだ。せめて火属性機術のトッププレイヤーであるメルがここにいれば、と誰もが歯痒い思いをしている。


「状態異常だけで削ろうとすると、とんでもない時間が掛かりそうですの」


 自身はほとんど攻撃能力を持たない光が、盾に身を預けながらイカのHPバーを見る。火傷や毒といった状態異常効果によるスリップダメージが入り続けているものの、棒はいまだ赤く染まり、九割以上も残っている。

 少しでも攻撃の手を緩めれば、このHPも回復に転じてしまうだろう。


「心臓を一突きできればいいんだけどな」

「どこにあるんだろうね。というか、そもそもカエデ君の小太刀じゃ届かないだろうけど」


 島のように巨大なイカは、その表皮も尋常ではなく分厚い。カエデの小太刀どころか、トーカの大太刀であっても貫くのは至難の業だろう。

 〈紅楓楼〉も攻めあぐね始めたその時。


「エウレーーーーーカッ!!!!」


 突如、喉を焼き切るような叫びが上がる。戦闘の騒音も凌ぐほどの大声に、周囲の調査開拓員たちが驚き振り返る。無数の視線が向かう先は、リヴァイアサン級の艦橋に立つ解析班の調査開拓員だった。


「エウレーカエウレーカエウレーーーーーカッ! 見つけた、分かった、突き止めたぞ!」


 興奮の絶頂で叫ぶ青年。衝動に突き動かされて激しく踊る。


「何を見つけたんです。早く報告しなさい!」


 指揮官を務めるクリスティーネが、青年の胸倉を掴んで前後に激しく揺さぶる。あまりの勢いに気絶しそうな彼を見て、慌てて周囲が止めに入った。

 クリスティーネから引き剥がされた青年は、床に転がりながらも恍惚とした表情を崩さない。そして、大作のオペラを見た後のように、声を漏らす。


「あのイカの名前がわかりました」


 周囲が騒然とする。

 高い〈鑑定〉スキルを用いても探りきれなかった、あの巨大イカの名前が判明した。ただの名前と侮るものはいない。名前から様々な情報が得られるのだ。今の閉塞した状況を打破できるかもしれない。

 クリスティーネが急かす。青年は瞳孔を開き切って、叫ぶ。


「“嵐武の騎士・ディキューズ”――。〈オモイカネ記録保管庫〉の古文書に載っていた!」


 名前が判明した。

 即座にその情報は各所へと伝わり、解析班が動き出す。あらゆるテキストデータを検索し、その名に関する言及がないかを調査する。これまで見逃していたものがないか、全てをしらみ潰しに探していく。

 そんな彼らの動きの変化を機敏に感じ取ったのか、イカの動きも変わる。


「踏みとどまれっ! ここが正念場だぞ!」


 銀翼の団、“灰燼”のアッシュが声を上げて先陣を切る。名前が判明したのだ。そこから芋蔓式に情報が出てくる。それまでの時間を、なんとしてでも稼がねばならない。


「“嵐武の騎士・ディキューズ”か……」


 カエデたちの耳にも、その名前は聞こえてきた。

 反芻して考え込む青年を、フゥが怪訝な顔で見る。


「何か聞き覚えがあるの?」

「いや、そう言うわけじゃないんだが」


 自信がないようで曖昧に首を捻る。カエデとしても下手なことは言えない。そもそも最近は物忘れも頻発してきて、老化の兆候に怯えているのだ。適当なことを言って、モミジに失望されたくない。

 トーカたちに聞けば、何か分かるだろうか。そう思った直後のことだった。


「うん?」


 メンバーの中で耳が良いフゥが、猫耳をぴくりと揺らす。周囲のタイプ-ライカンスロープ、特にモデル-ラビットたちも不思議そうにしゅういを見渡している。


「どうかしましたの?」


 光が尋ねる。彼女の、タイプ-フェアリーの耳には戦場の荒波しか聞こえない。


「なにか、歌みたいなのが聞こえるような――」


 フゥがそう言ったその時。


『“貴方の槍が私の心臓を貫いた、貴方の刃が私の服を切り裂いた”――!』


 イカを突き上げる猛烈な衝撃。飛沫が吹き上がり、大波が立ち上がる。

 そして――調査開拓員と管理者たちによる盛大な歌唱が広く暴嵐海域に響き渡った。


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Tips

◇フォートレスハート

 今をときめく大人気シンガーソングライター、ミネルヴァが、イザナミ計画惑星調査開拓団のために書き下ろした特別な一曲。困難を乗り越え、最後には深く結ばれる恋人の姿を描いたとも、過酷な試練に耐える勇者を讃えたとも称される。

 FPO内では自由に演奏が可能となっております。


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