第1462話「刀と盾と毒」

 窮地の戦場に突如として現れた四人組。彼らは次々とイカの触手を切り刻み、阻み、叩き、爆発させる。


「いけ、シザンッ!」


 浪人風の男――カエデの懐から真紅の影が飛び出す。両前足が鋭い鎌となった霊獣“血濡れの鎌鼬ブラッドサイス”は手当たり次第に触手を切り落とす。その動きは機敏で、またカエデと息の合った連携を取っていた。


「『勇ましき騎ブレイブ・士の雄叫びウォークライ』ッ!」


 軽装の着流しで防御力は皆無に等しいカエデに触手が殺到する。だが、その直後に高らかに声が響き、黄金の輝きが嵐の薄闇を塗り変える。

 リヴァイアサン級一番艦の甲板にて威風堂々と立ち上がる金髪の少女が、その身の丈を遥かに超える巨大で重厚な盾を掲げていた。太いスパイクが甲板に深々と突き刺さり、左右へと盾が広がる。

 “私の高貴なるゴールデン黄金宮殿パレス”が真の姿を見せつける。

 太陽よりも遥かに強く輝く黄金に、カエデを狙っていた触手は強引に意識を引き寄せられた。


「アーツや魔法ならばいざ知らず、ただの物理攻撃ならば私の出番ですの! おほほほほっ! まーったく効きませんの!」


 次々と叩きつけられる触腕の衝撃にも、盾を構えた光は綽然として立ち向かう。彼女の持つ規格外の特大盾とスキルビルドは、全て物理属性防御力に特化している。たとえば破壊力極振りの赤い兎の全力であっても、彼女は数発までなら耐えるだろう。

 イカの触手は見たまま、物理攻撃属性しか発生していない。凄まじいほどの噛み合いによって、光は最も理想型と言える優位を取ることができていた。

 そして、彼女が無数の触手の攻撃を一手に引き受けることにより、ヒーラーは彼女へ支援を集中させることができ、アタッカーは攻撃に専念することができる。大きく時間を稼いだことで、準備時間の必要な大技を叩き込む余裕も生まれる。


「よぉし! 戦闘調理術、『アツアツバクレツポップコーン』!」


 火にかけられた中華鍋で弾けるコーン。それは瞬く間に人の頭ほどのサイズまで膨らみ、勢いよく飛び出す。空中で触手とぶつかった瞬間に火炎が爆ぜ、周囲にバターの香ばしい匂いが広がった。

 広範囲へと散らばったポップコーンが触手を弾き、空白地帯を作る。


「うわっちっ!? 熱っ!? ちっ!?」

「あ、これ普通にみんなも熱いから気を付けてね」

「ちょあっちっ!?」


 ポップコーンは問答無用に周囲の調査開拓員達も襲い、船は一時阿鼻叫喚とする。それでも鍋を振るトラ柄の猫――フゥはニコニコと笑っていた。


「『瞬爪』『烈斬破』ッ!」


 怯んだ触腕をカエデとイタチがすかさず根本から斬る。猛威を振るっていた敵が、見る間に圧倒されていく様子に、周囲がざわめく。

 だが、それでも。それでもなおイカの勢いは凄まじい。剣をすり抜け、盾を無視し、ポップコーンを避けて船を襲う。

 その時だった。


「うわああっ――あ、あれ?」

「触手の動きが鈍くなって……」


 戦場の最中にいた調査開拓員達が異変に気がつく。威勢よく暴虐の限りを尽くしていた大きな触手が、その動きを鈍らせていた。それだけではない。荒く波打つ海面に、白い腹がぷかぷかと浮いている。


「なんか、魚が死んでないか?」

「何が起きてるるんだ?」


 ざわつく調査開拓員達。その中の誰かが、船縁から海に向かって何かを注ぐ、タイプ-ゴーレムの女を見つけた。


「あっ、おい! 何やってるんだ!」

「触手ばかり狙っていてもキリがないので、大元を弱らせようと思って」


 振り返った彼女は、無邪気に笑って言う。その手に抱えているのは、巨大なドラム缶だ。封の開いたそれからほのかに漏れ出す匂いに覚えがあり、騎士団の男ははっとする。


「それ、まさか――」

「ただの毒ですよ。ちょっと希釈が必要なタイプですけど、こう言う時に便利でしょう?」


 水源に毒を撒く。およそ人道的とは言えない行為ではあるものの、調査開拓活動のためならば許容される。

 大きなリュックサックを背負った女――モミジは空になったドラム缶を、襲いかかってきた触手に投げつけながら新しいものを取り出す。

 彼女が撒いているのは、一般的な痺れ毒だ。ただしその濃度は凄まじく高く、千倍に希釈しても強い効果を発揮し続ける。そんなものを次々と絶え間なく、遠慮なく、流し込んでいく。

 環境に凄まじい負荷をかける行為だ。


「どうせ猛獣侵攻中だ。気にすることはないさ」


 甲板に降り立ったカエデがニヤリと笑う。

 どうせイベント中は環境負荷は高まりっぱなし。今更毒を垂れ流したところで影響は誤差の範囲。ならば、好きに暴れ回ってよし。単純明快な判断だ。


「あ、あんたら一体、何者――いや、お前らまさか!」


 騎士は気付く。彼らの正体に。

 突如、流星の如く現れた実力者たち。新参ながらもあの〈白鹿庵〉とも交流があり、彼らに似てどこか頭のネジがぶっ飛んだところのある自称エンジョイ勢たち。彼らの結成したバンドの名前は。


「俺たちは〈紅楓楼〉だ。レッジがいないんだろう? なら俺たちに任せとけ」


 代表を務める青年の不適な笑みは、なぜか不安を吹き飛ばす。

 まるで熟達した戦士、歴戦の武士。多くの死線を潜り抜け、無数の窮地を経験し、数多の修羅場を切り抜けた勇士のようだ。現代においてそんな人物がいるとは思えないが、そう直感してしまうほどの気迫があった。


「これだけデカいイカを倒すのは初めてだが、まあ鯨と似たようなもんだろ」


 まるで散歩に出かけるような気軽さだ。

 たとえ鯨だとしても、そこまで楽観視できないだろうに。カエデはすでに勝利を確信しているようだった。


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Tips

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