第1461話「切り開け!」
「はえええんっ! 暗いよぉ、狭いよぉ、怖いよぉ!」
海中洞窟にシフォンの泣き声が響く。彼女を慰めようとレティが顔を上げるが、周囲の面持ちを見てへにょりと耳を垂らす。
どれほどの間、ここに閉じ込められたか。時間感覚は大幅に狂い、長い時間が過ぎ去ったようにも、まだ数分の出来事にも思える。レティたちはまだ、シャークスーツによって余裕がある。問題なのは、スーツを着用していないウェイドたちの方だ。
「クチナシ、残りの酸素は」
『あと32%だよ』
すかさず回答があり、レティは苦渋の顔になる。当たり前だが、刻一刻と酸素は減っていく。しかし、外へ脱出できる可能性は今の所見つかっていない。じりじりと真綿で首を絞められるような恐怖だけが、彼女たちの背中にのしかかってくる。
「このまま死を待つのみっていうのも一興だけど、なかなかそれは厳しいよね」
「レティたちはともかく、ウェイドさんたちは失えません。なんとか、ここから脱出する方法を考えないと」
深刻な表情のラクトは、すでに多くの検討をしているはずだ。それでもなお光明は掴めない。
ウェイドたちはできる限り酸素を消耗しないよう、じっと口を噤んで身を寄せ合っている。体温の維持にもエネルギーは使用されるため、全員が銀色のブランケットで身を包み込んでいた。
「レティ、Letty! 二人であの格子を壊せない!?」
「何度も試しました。ビクともしなかったじゃないですか」
「はえん……」
格子の破壊はレティたちだけでなく、メルやアストラも試した。しかし、彼らの力をもってしても、白い金属は傷ひとつ付かない。〈エウルブギュギュアの献花台〉の構造材とも似ているが、それよりもはるかに頑丈だ。
「うん? 頑丈……。頑丈……?」
「レティ? どうかした?」
突然黙り込んだレティに気付いて、シフォンが首を傾げる。レティは眉間を寄せて何やら深く考え込み、ブツブツと小さく呟いている。そうかと思えば、突然はっとしてシフォンの肩をがっちりと掴んだ。
「シフォン!」
「はえええっ!?」
「シフォンのモジュール、確か、自動攻撃系の火の玉出す感じのやつでしたよね?」
「はえ? は、はえ……」
「それって攻撃できるところに自動的に飛んでいくって考えていいですか?」
「はええ」
「それなら――ッ!」
目をぱちくりとさせるシフォンに詳しい説明もなく、レティは一人で確信を深めていく。やにわに動き出した彼女に、周囲もなんだなんだと顔をあげる。
「皆さん、良ければ刻印しているモジュールについて教えてもらえませんか?」
「私はレティと同じですよ!」
「あ、それは知ってます」
この状況でわざわざ断る者もいない。そもそも、情報を秘匿しなければならないほどのライバル関係でもなかった。レティの呼びかけに真っ先に応じたのはアイだ。
「私は〈共鳴〉です。自分の近くのプレイヤーの攻撃力、特に風属性攻撃力を底上げします」
「俺は〈光刃〉といって、剣の延長に光の刃を繋げますよ」
「ワシは〈発火〉だよ。文字通り全身から炎が出る」
「僕のモジュールは〈絡指〉。武器を落とさなくなるにゃぁ」
アイに続き、アストラ、メル、ケット・Cが答える。どれも攻略組のプレイヤーが真面目に考え抜いた末に採用したものだ。それなりの理由はあるのだろう。
レティはそれを聞き、脳内でプランを組み上げる。実際にできるかどうかはまだ分からない。しかし、ここで動かず窒息を待つわけにもいかない。使えるもの、使えないもの、使い方、あらゆる可能性を検討する。
「状況は絶望的ですが、きっと理不尽ではありません。どこかに脱出の糸口は用意されてるはず」
FPOというゲームは、考え抜かれている。シナリオAIによって統括されるイベントも、たとえ一見すると無理難題にしか捉えられないものも、どこかに必ず攻略のとっかかりがある。
その意味で、レティはFPOというゲームを信頼していた。
今できることで、何ができるのか。考える。
そして――。
「皆さん、歌いましょう」
結論を出す。
━━━━━
「くっ、突撃が鈍っていますよ! もっと気合い入れて突撃しなさい!」
「そうはいっても、もう陣形もボロボロですよ!」
「うわーーーーーっ!?」「ぐわーーーーっ!?」「いやーーーーーっ!?」
「いいから突撃です! 突撃ぃいいいい!!!!」
暴嵐海域は死屍累々だ。戦況は銀翼の団の加勢によって一時は押したものの、すぐに拮抗状態に戻り、そうなれば徐々に人員を削られていく調査開拓団側が不利となる。クリスティーナの懸命の発破も功を奏さず、リヴァイアサン級もついに三隻目が沈められた。
「『デストロイパンチ』ッ!」
「いけ! 『雷条千穿』ッ!」
フィーネの拳が触腕を潰す。雷鳴が轟き、無数の稲妻がイカを貫く。
それでもなお、なお、イカは暴れている。
「いくらなんでも強すぎるだろ!」
「おっさんはまだ来ないのか!」
現場の士気が、じりじりと落ちていくのをクリスティーナは肌で感じた。突撃は士気が成功を左右する。今の状況ではたとえリヴァイアサン級が六隻揃っても初撃の威力は出せないだろう。
どうにか、現状を維持しなければ――。
「私は、何を……」
愕然とする。
彼女は思わず自分の手を見下ろした。
現状維持? あのイカに勝てないと考えている。自分はいつのまに、こんなにも闘志鈍らせてしまったのか。団長や副団長、あのレッジに頼ろうとしている。天下の〈大鷲の騎士団〉第一戦闘班突撃隊隊長の、クリスティーナが!
「そんな、わけが――ッ!」
沸々と怒りが湧いてくる。誰であろう、自分に対する怒りだ。軟弱な心を、頬を叩いて鍛え直す。白い肌に赤い紅葉がくっきりと刻まれた。その時だった。
「ちょっと遅れたみたいだなぁ!」
「だから早く行こうって言ったのに! カエデ君が寄り道するから!」
「おほほほほほっ! さあ、ここからが楽しい時間ですの!」
空から侍たちが降ってきた。
燦然と輝く黄金の盾が、リヴァイアサン級の甲板に墜落する。直後、竜骨を折ろうと叩きつけられた触腕。だが、それは絢爛な特大盾によって阻まれた。
「――なに、主役は遅れてやってくるもんだろ」
血が噴き上がる。
両手に小太刀を握った浪人のような青年が不敵に笑う。その瞳に一切の怯えはない。
「イカの踊り食いってのも、オツなもんさ」
草履が船を蹴り、軽やかに空へ。次々と迫る触腕が、触れる前に千切れ落ちていく。
「うふふっ。お兄ちゃん頑張ってね!」
いつの間にか、タイプ-ゴーレムの女性が大きなリュックを背負って立っていた。彼女は強肩で瓶を投擲。次々と爆発が巻き起こる。それは的確に触手を巻き込み、空を駆ける青年をアシストしていた。
「調理なら任せてよ! 海鮮焼きそばでも作ってあげようか!」
タイプ-ライカンスロープ、モデル-リンクス。大きな中華鍋を広げ、料理を始めるトラ柄の少女。落ちてきた触手が次々と料理されていく。
「あなた達は――!」
突如として現れた加勢者。その姿を見て、クリスティーナは愕然とした。
━━━━━
Tips
◇妖刀“紅丸”
無数の血を啜り、怨念と呪いを蓄積した妖刀。禍々しく折れた刀身は赤黒く染まり、切るほどに鮮血を滴らせる。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます