第1467話「祝勝酒宴」
七輪にゲソを載せ、じっくりと炙る。次第に香ばしい香りがしてきて、港で慰労会に突入している調査開拓員たちも色めきたつ。
「やっぱり本職に焼いてもらうと違うな」
「炭火で炙ってるだけだよ?」
パタパタと団扇で扇いでいるのは料理人のフゥだ。〈紅楓楼〉のカエデもディキューズのゲソを切り取ったので、一緒に焼いてもらっている。
『帰ってきて早々に何をしてるかと思えば……。一応白神獣ですよ?』
七輪を取り囲む人ごみをかき分けてウェイドたちがやってくる。彼女たちは白神獣のゲソを炙り焼きにしているのに少なからず抵抗があるのか、微妙な顔でこちらを見ていた。
「そうは言っても、白月も気にしてなさそうだしな。それにディキューズも死んでないだろ?」
俺の足元には白月が座り込み、ゲソの欠片をガジガジと噛んでいる。一応草食だろと思ったが、そもそもコイツに細かいことは通じないのだ。
トーカとカエデによって2本の触腕を切り落とされた嵐武の騎士・ディキューズだが、その後は陽光から逃げるように深海へと潜ってしまった。〈大鷲の騎士団〉のクリスティーナたちが追いかけようとしたみたいだが、水中になると一気に元の強さを取り戻してしまったという。その上、追跡も始まって早々にその巨体は忽然と消えてしまった。手練れの追跡者も追えないほど完璧に行方をくらましてしまったのだ。
おそらくはあの細長い白鱗の魚が手助けしたのだろう。
ともあれ当初の目的である酒の肴は手に入った。猛獣侵攻もイカの撤退で次第に落ち着き、〈特殊開拓指令;暴嵐に輝く発光〉も終結した。ゲソは一本でもかなりの大きさがあり、戦勝祝いということで一部をみんなに振る舞おうという話になったのだ。
「そろそろいい感じじゃないかな!」
フゥがヒゲを揺らし、七輪からゲソを下ろす。七味マヨネーズが添えられた皿に盛られ、俺が用意したテーブルへ。そこにはすでに柿の種やらビーフジャーキーやら、どこかの酒飲みたちが持ち寄ったツマミが並んでいる。
ディキューズのゲソは、その先端のごく一部を切り取っただけとはいえかなりの大きさだ。長さで2メートルを越え、太さは樹齢数十年の丸太のようだ。大きな吸盤が無数に連なったそれがテーブルに横たわると、それだけで歓声が上がる。
「今回は突発的なイベント発生だったとはいえ、皆よく頑張ってくれた。俺もほとんど見学だけだったとはいえ、楽しむことができた。今日は俺の奢りだ。存分に飲んでってくれ!」
「「「いぇーーーーあっ!」」」
僭越ながら宴の音頭を取ることになり、軽く口上を。酒の入った盃を掲げると、一仕事終えた調査開拓員たちが陽気に乗っかる。彼らの間を軽やかに走っているのは、〈ワダツミ〉から駆けつけたカミルをはじめとするメイドロイドたちだ。ネヴァとユアも呼んだのだが、なんでも爆発の後片付けがあるとかで断られてしまった。
「乾杯!」
「「「かんぱーーーいっ!」」」
ともあれ、宴が始まる。
このことを耳聡く聞きつけた酒造バンドが樽で売ってくれた日本酒、ワイン、ウォッカ、そしてビール。様々な銘柄が一堂に会し、まるで品評会のような様相だ。参加者は無料と聞いて、めいめいに好きな酒を飲んでいる。
「ふきゅぅ」
「うぉっ。レティ、もう酔い潰れたのか?」
軽く酒を飲んで戻ってくると、顔を真っ赤にさせたレティが千鳥足で寄りかかってくる。しかし、彼女から酒っぽい匂いは特にしない。首を傾げて、後からやってきたエイミーを見ると、彼女は苦笑して言った。
「その子、一滴も飲んでないわよ。雰囲気で酔い潰れちゃったの」
「ええ……」
胃袋は大きいのに肝臓は弱いらしい。というか仮想現実でも雰囲気酔いとかあるんだな。
「んふふ。そんなお子ちゃまほっといて、飲もうよ」
「ラクトも早速出来上がってるなぁ」
足に絡みついてくるものに気付いて見下げてみれば、赤ら顔のラクトがイカかタコのように引っ付いている。
「わたしの酒が飲めへんの? ほら、ほらほら!」
「はいはい。ラクトは水も飲もうな」
珍しく地元の言葉も滲ませながらジョッキを押し付けてくるラクト。彼女にチェイサーを渡しつつ、俺はテーブルのゲソに手を伸ばした。
本来はヴァーリテインに渡すものだが、ちょっとその前に味見くらいしてもいいだろう。
「いただきます。――うむ、うむ」
しっかりと干されたおかげで旨みが凝縮している。白神獣とはいえ、イカはイカらしい。噛めば噛むほど味が滲み出してきて、なかなか美味いじゃないか。
七味マヨネーズをつけて食べるのも良さそうだ。
「これならバリテンも満足しそう?」
「多分な。まあ、メインの方は酒だから――」
日本酒を楽しむエイミーと話していると、背後から聞き覚えのある足音が。振り返ると一升瓶を携えたアイと、なぜか悔しそうな顔のアストラが立っていた。
「おお、二人ともお疲れ様」
「お疲れ様でした。これ、よければ皆さんで楽しんでください」
そう言って渡されたのは、なんと騎士団が独自に生産している銀光という酒だった。今回の酒宴のためにわざわざ持ってきてくれたらしい。
しかし、俺はアイが掲げたそれをやんわりと押し返す。
「えっ」
「今日はまだ遠慮しとこう。今回はまだツマミを作っただけだからな。――実はこの後、もうひとつ考えてるんだ。そっちにも付き合ってくれないか?」
「はわっ、はひっ」
本番はあくまでヴァーリテイン。アイたち〈大鷲の騎士団〉にもぜひ参加してもらいたい。銀光を開けるのはその後がいいだろう。
アイは一升瓶をぎゅっと抱きしめ、何度も頷く。彼女がいてくれると百人力だ。
「レッジ……」
「どうかしたか?」
「なんでもないわよ」
なぜかエイミーに刺々しい目で見られる。その意味がわからず困惑していると、アストラがいきなり直角に腰を折って頭を下げてきた。
「申し訳ありませんでした、レッジさん! あんなに近くにいらっしゃったのに、この俺が気付けなかったなんて……」
「え? ああ。あれは仕方ないだろ。ウェイドだって気付けなかったんだしな」
何を悲しそうな顔をしていたのかと思えば、俺が海面に浮いていたのに気付かず海溝へ探しに行ったことを後悔しているらしい。あれは白鱗の魚の能力のせいもあるし、アストラが悪いわけではないのだが。
「この雪辱はかならず!」
「お、おお……。期待してるよ」
ぎゅっと拳を握りしめて決意を見せるアストラ。その気迫に押されつつ、俺も頷く。なんにせよ、FPO最強の男がやる気を出してくれるならありがたい。
「師匠ーーーーっ!」
その時、人ごみの向こうから元気な声がする。
「おっ、いよいよできたか」
待ち侘びた声に顔をあげ、ブンブンと手を振りながら走ってくる少女を見つける。明るい茶髪に垂れた耳、尻尾を振り振りやってきたのは、調剤師のヨモギだ。
「できましたよ! お酒!」
「でかした!」
彼女が抱える一升瓶。そこには真っ赤な酒が入っていた。
あれこそが龍に捧げる酒。八岐大蛇に捧げられた神酒。八塩折の酒だ。
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Tips
◇銀光
〈大鷲の騎士団〉の調剤部が検証技術の向上も兼ねて製造しているオリジナルの醸造酒。すっきりとした爽やかな口当たりで、フルーティなテイストが飲みやすいが、度数が高く非常に酔いやすい。
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