第1458話「呼応する勇声」
「突撃イィィイイイイ!!! 突撃、突撃、凸凸凸凸ッッッ!!!」
「ウオォオオオオオオオッ!」
暴嵐海域海上には嵐と突風が吹き荒れていた。光り輝く巨大イカの胴体に、蒼氷船リヴァイアサンが噛み付いた。その突撃は凄まじく、海を割るほどの勢いに満ちていた。
貫く牙を押し返そうとイカは触腕を振り翳し、鞭のようにしならせて叩く。
「グワーーーーーーッ!?」
「船が折れたぁああっ!?」
蒼氷船の全体に付与された攻撃判定にも構わず、自らの皮が焼け爛れることになろうと、イカは臆することなく次々と叩き込む。その威力もまた凄まじく、ついにリヴァイアサン級の一隻が竜骨ごと叩き折られる。
船首と船尾が高く屹立し、甲板の調査会員たちが滑り落ちる。一矢報いようとアーツや矢弾が放たれるが、構えのおぼつかないそれはイカの表皮を貫くこともできない。
「臆するな! 全て貫け! たとえ戦友が倒れても貴様が立っていれば問題はない!」
「ウォオオオオオオオッ!」
荒波に攫われ、多くの調査開拓員が海の藻屑と消えていく。だがクリスティーナは怯むことなく突撃の指示を続けた。覚悟の決まりきった突撃隊の隊員たちが蒼氷船の船首に埋まり、雄叫びを上げて仲間を鼓舞する。本来はアイの麾下にある音楽隊も、彼らを励起させる軍歌を高々と吹き鳴らす。
「クリスティーナさん! やばいです! 一旦撤退を!」
「ここで怯んだら体勢を立て直すまでに向こうも傷を癒す。多少の犠牲はしかたない! 進め!」
悲鳴をあげて進言する調査開拓員もいた。そんなやつから海に沈んだ。
クリスティーナもただ闇雲に突進を繰り出しているわけではない。迂遠な作戦では被害が甚大になるだけと考えた上での決断なのだ。
「二番艦と四番艦は左右から強撃しろ! 三番艦は六番艦の生き残りを救助して立て直せ! ここで挫けたら終わりだぞ!」
強い語調が騎士たちの耳朶を叩く。降り注ぐ雨粒よりも強烈な言葉が、彼らの勇気を奮い立たせる。
「クリスティーナさん、触腕がこっちに!」
一番艦がさらに力を込めてイカの胴体に食い込んだその時。暗い影が甲板に落ちる。勇士たちの怯える声。クリスティーナが真上を見上げると、巨大なクレーターのような吸盤がずらりと並び、こちらへ迫っていた。
逃げることはできない。左右の船側を他の触腕が掴んでいた。そうでなくとも、突撃系テクニックを繰り出している最中の蒼氷船は曲がることができない。
ついさっき同型艦がこの触腕に叩き折られた。その光景は彼らの目に張り付いている。
「――ッ! 突撃を続けろぉおおおおおっ!」
足の先から溶けるような恐怖に苛まれながらも、クリスティーナは吠え続ける。前に進む以外に道はないと己を叱咤する。
「――全く、作戦書が意味をなしてないねぇ」
「……は?」
甲板で死を覚悟した団員が、間抜けな表情を空に向ける。
黒雲の下を、巨大な鋼の翼を広げた鳥が飛んでいた。機械獣“スティールファルコン・サンダーバード”。翼開長50mを超える桁違いの巨大機械獣。あまりにも操作、使役が難しく、ロマン機とまで称される大空の獣。そこから、特攻服に身を包んだ女が落ちてきた。
彼女は自由落下のなか、横から暴風が吹き荒ぶなかでくるりと身を翻し、拳を構える。
「ほんとよ。――怒攻鬼流、第八打真髄――『
触腕が、ただの一拳に弾けた。
瞬間的に注ぎ込まれた衝撃が、肉を断裂させる。吸盤が弾け飛び、触腕がちぎれる。
激痛が遅れてイカの脳に伝わり、島のような体が鳴動する。
「フィーネさん! ニルマさん!」
「幹部来たぁああああああっ!」
「よっしゃ! 来たこれ!! これで勝つるっ!」
甲板が歓声に沸く。サンダーバードの背中から、次々と調査開拓員たちが飛び降りてくる。
「六番艦の復帰は私に任せて!」
白衣の聖女が降りてくる。彼女は落ちながらも朗々と言葉を奏でる。
「過ぎたるは災禍の後。我ら安寧の帳に羽を休める。傷つく者は癒やされ、乾く者は潤され、持たざる者は与えられん。我が神の威光は無限。我が神の愛は無尽。我が信仰のあるままに人は安らぐ。我が信仰の限りにて人は再び戦士たらん。今こここそが我らの聖域、我らの国、我らの古巣なり。
極光が広がる。七色の光が嵐を貫いた。
広域に展開された温かな光が、海に落ちた全ての調査開拓員を護る。竜骨の折れた蒼氷船が再構築され、活力に満ち溢れた騎士たちが立ち上がる。
「さあ、救護班は死ぬ気でリザを守りなさい! 今の魔法が破綻したら全員死ぬわよ!」
「う、うっす!」
奇跡のような光景に呆然としていた騎士団のヒーラー部隊が、フィーネの声で慌てて走り出す。強力な魔法の代償もまた大きい。フィーネのLPは蒼氷船のテントの範囲内にあっても猛烈な勢いで削れ、無数の強烈なデバフが多重に重なり体を蝕んでいる。
窮地を救い、同時に弱点ともなったリザを目敏く見つけ出したイカが、無数の触腕を彼女に差し向ける。
「盾で守れ!」
誰かが叫ぶ。
その時、黒影が跳び、触腕を微塵に切り刻んだ。
「受け身になってると守りきれねぇぞ。クリスティーナ見習って攻め立てろ!」
「アッシュさん!」
逆手に携えた2本のナイフ。濃緑色のボロボロのマント。アッシュの声で、軽装戦士たちが立ち上がる。
「ご丁寧に足場は用意されてんだ。いつまでも甲板で突っ立ってねぇで飛び込め!」
「うわああっ!?」
アッシュは叫び、率先して動く。躊躇なく船縁から飛び出し、荒れる海へと落ちる。だが着水の間際、彼は波間に浮かぶワカメに足を付けて跳躍する。周囲に浮かぶワカメの破片を足場に、イカへ肉薄していった。
曲芸じみた動きに騎士たちも動揺するが、誰かが威勢よく声をあげて船から飛び降りると、他の者もそれに続いた。
「銀翼の団の皆さんが来てくれました!」
「よし、よしよしよし! 今こそ好機ですよ! 一気に進みなさい! 突撃ィイイイイッ!」
〈大鷲の騎士団〉の前身となるのは、バンドシステム実装以前から存在していた銀翼の団と呼ばれるグループだ。アストラを中心に、彼の現実での友人たちによる集団であり、その実力は今もなお、騎士団の中においても突出している。
“崩拳”のフィーネ、“秘玉”のリザ、“灰燼”のアッシュ、“獣帝”のニルマ。彼らはそれぞれが戦場を支配するだけの実力を持つ。アストラの影に隠れつつも、到底隠しきれない実力を持つ。
銀翼の団の登場により、趨勢は変わった。
各々が目指すべきところを見つけ、動き出した。
「イカを討ち取れ! 今日はイカソーメンです!」
「ウォオオオオオオッ!」
クリスティーナの号令にも、多くの騎士が呼応する。
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Tips
◇ 『
怒攻鬼流、第八打の真髄。その掌底は透き通り、擦り抜ける。体の深奥にまで到達し、柔らかなる臓器を潰す。
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