第1457話「閉ざされた退路」

 アストラが見つけた海溝の横穴に、クチナシの巨大な船体がゆっくりと入っていく。岩に当たって傷つくほど柔な装甲をしているわけではないが、土煙が立てば水中では瞬く間に視界が埋まってしまう。

 小刻みな調整でゴツゴチとした岩肌の水中洞窟を進むクチナシの前方には、斥候もかねて先行するミカゲの姿があった。


「見つけた。同じ白い鱗だ」


 見かけよりも遥かに長大な穴を進むことしばらく。ミカゲが洞窟の底に落ちた薄鱗を見つけて掲げる。すぐに鑑定が行われ、アストラが見つけたものと同じであることがわかった。


「フレーバーテキストもそうだけど、やっぱり道標になってるのかな」

「誰かがレティたちを呼んでるってことですか?」

『今の所手がかりとなるのはこれだけです。進めるところまで進んでみましょう』


 不穏な気配を感じつつも、他に道はない。ウェイドの決断を受けて、一行は闇に染まる洞窟を進む。


「異様ですね」

「張り合いがないにゃぁ」


 いささか方向性の違う感想を、アイとケット・Cが並べる。

 水中洞窟は静かで、原生生物の気配もない。海溝ではあれほど血気盛んに襲いかかって来ていた鮫たちでさえ、ここまでは追ってこなかった。それがどういう意味を持っているのか、測る材料もない。

 また、海溝は〈ワダツミ海底洞窟〉という入り組んだ地形も繋がっているが、この大洞窟はそれとも違うようだ。クチナシが侵入できるほどの大穴が、なぜ今まで見落とされていたのかさえ分からない。


「お? アーサー、何かあったのか」


 一本道を進んでいると、不意に船から一羽の大鷲が飛び出す。アストラと主従関係を結ぶ白神獣の仔、アーサーだ。水中にも関わらず大空を翔けるように翼を広げ、暗闇の先へと飛んでいく。

 あからさまな動きの変化に、アストラたちも気を引き締めたその時だった。


「分かれ道……」


 先行していたミカゲが声を上げる。

 それまで迷う余地のない一本道だった洞窟が、いきなり三つに分かれていた。

 どの道へ進めばいいかと彼らが首を捻る。その背中をアーサーが軽やかに飛び越えた。


「もしかして、神仔のアレですか」

「みたいだね。白月のマスターキーみたいなもんか」


 この展開にレティたちも覚えがある。白神獣関連の迷宮で進退窮まった時、白月が黒鼻を高く掲げれば道が開けるのだ。レッジが冗談混じりにマスターキーと呼ぶその現象は、白月だけに留まらないらしい。


『追いかけましょう!』


 ウェイドもアーサーの導きに従うことを決める。白翼の鷲はクチナシが付いて来られる距離を保ちながら、三叉路を抜ける。

 その後もたびたび複数の分かれ道が現れるが、アーサーは迷いなく一つを選び続ける。進み続けられているということは、正解を選び続けているということでもあった。


「レッジさんにも白月はついてるんですよね?」

「ええ。基本的にいつでも一緒に行動してますから。今回も一緒に潜ってるはずです」


 アイに尋ねられ、レティは答える。白月はあまり戦闘には関わらないものの、どんな激戦でもちゃっかりと生き残るしぶとさがある。彼自身物静かなこともあって、レッジも平時はほとんど気にしていないが、基本的には常に行動を共にしている。

 白神獣の仔というだけあってか、水中であろうが問題なく活動できるというのも、彼がレッジと行動を共にできる理由の一つだ。


「また鱗です」

「やっぱり道を辿ると落ちてるね」


 アーサーの先導で進めば、必ず白い鱗が落ちている。レティはそれを拾い集めながら、本来ならばこれが洞窟を進むヒントになるであろうことを察した。

 ヘンゼルとグレーテルのパン屑のようなものだ。これを辿れば、家に帰ることができる。


「レッジさん、大丈夫ですかねぇ」


 彼が生きていることは分かっているが、どのような状態でいるのかは分からない。

 洞窟が深くなるほどに、レティの不安も大きくなっていく。


「心配しすぎるのも良くないわよ。特にレッジは。なんだかんだで快適にやってるでしょ」

「そうでしょうけど……」


 気楽な様子のエイミーに、レティはそこまで楽観視できないと耳を倒す。

 アーサーの先導のおかげで迷いなく進めているが、どこまで続いているかも分からない。


「どこまでも……? ちょ、ちょっと待ってください!」


 一抹の不安がよぎり、レティが大きな声を上げる。ウェイドが視線を向け、クチナシが船を止める。

 レティは、赤い髪を掻きむしりながら愕然とした顔で叫ぶ。


「おかしいですよ。これ……。レッジさんの反応は、Z軸以外は揃ってたんですよね?」


 急速潜航を始めたのは、レッジの沈んだ場所。彼の存在を示す座標と重なる位置だ。なのに、レティたちは今、横方向に動いている。本来ならば、移動する必要がないにも関わらず。

 彼女の指摘にウェイドがはっとする。T-3、コノハナサクヤ、クナドたちも、なぜそんな簡単な事実に気づかなかったのかと己を疑う。


『クハハ……。なるほど、そういうことか!』


 ブラックダークが笑い、声を上げる。


『これこそが闇を泳ぐ盟友の謀略。我らは大いなる指の間で間抜けな円舞を踊っていたようだ。我らの深淵なる思考の霞に闇が忍び寄っている』

『な、なんですって!?』


 クナドだけが目を剥く。彼女は慌ててブラックダークの言葉を通訳する。


『私たちの思考が、誰かに操作されてる! この道は全部罠よ!』

「なっ――」


 引き返さなければ。

 そう思った、その時。


――ガシャアーーーーンッ!


「きゃああっ!?」

「う、後ろに格子が!」


 通り抜けた洞窟が、白い金属の格子によって閉ざされる。すぐさまレティたちはハンマーを叩きつけるが、頑丈なそれは砕けない。


「〈破壊〉スキルでも壊せないなんて……」

『すみません。私が油断していました』


 悔しげに唇を噛むのはウェイドだ。レッジを助けるためにやって来たはずが、囚われてしまった。管理者にあるまじき失態である。しかも、ここは深い海の長い洞窟の奥。外部との通信も図れない。


「まさか、おじちゃんもこれに捕まったんじゃ」

「その可能性は十分にあります。ですが後戻りできないとなれば……」

「前に進むしかないってことだね」


 メルが不敵に笑う。

 この先に待ち構える困難に、彼女の炎が燃え上がる。

 ウェイドたち救助隊にそれ以外の選択肢は残されていなかった。


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Tips

◇誘惑

 状態異常。正常な判断力を鈍らせ、行動を誘導する。自覚することができれば克服も可能だが、それが最も困難である。


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