第1456話「謎の白い薄鱗」

『ん。海上で大きい動きがあった』


 沈降中もレーダーで観測を続けていたクチナシが、騒がしくなった頭上を見上げる。その言葉にアイが時刻を確認し、クリスティーナたちの作戦決行時刻を迎えたことに気が付いた。


「クリスティーナたちが動いたようです」

「アイさんたちがいなくて大丈夫ですかね?」

「事前に参謀部と私たちで立案した作戦の計画書を渡していますから。Cプランまで用意しているので、よほどの事がない限り問題なく遂行してくれるはずですよ」

「なるほど。やっぱり騎士団は優秀ですねぇ」


 胸を張るアイにレティも感嘆の表情だ。伊達に攻略組最大手と言われているわけではない。例えトップ二人が不在でも、彼らの勇猛さは欠片も損なわれないということか。

 ならばこちらはこちらのやるべきことをしよう。というわけでレティたちは得物を構え直す。


『そろそろ海溝の深部です。原生生物もより獰猛になりますから、気を付けてください』

「おまかせを!」


 ウェイドの忠告を背中に受けながら、レティは迫り来る鮫を叩き飛ばす。水中とは思えないほどの軽快な動きで、次々と屠っていく。他のメンバーも同様だ。危なげなく敵の猛攻を凌ぎ、ウェイドたちを護衛する。


「しっかし、レッジはどこに行ったんだろうね?」


 氷柱を飛ばして鮫を串刺しにしながら、ラクトが周囲を見渡して首を傾げる。レッジの座標はほとんど動いていないにも関わらず、まだ彼女たちは邂逅を果たしていない。つまりは更に下方へ沈むしかないのだが、海溝は深く底は見えない。


『ある程度近づければ、直接通信でより詳細な位置が分かるのですが』


 捜索の指揮を執るウェイドも表情を曇らせる。依然としてレッジのLPはほとんど減っておらず、生存を示している。そのためすぐに見つかるだろうと腹積りを立てていた。だが、その予測は現在進行形で裏切られている。

 海上には黒雲が立ち込め、雷鳴轟く大嵐だ。そうでなくとも水深が増すほど陽の光は届かず、今ではほとんど漆黒に近い闇が広がっている。


『クックック。これこそ懐かしき根源の畏怖よ。旧時代の支配者の怨嗟が我が拍動に唸りをあげておるわ』

『怖いなら怖いって言いなさいよ……』

『こっ、怖いわけじゃないわっ!』


 ブラックダークはプルプルと震えながらクナドの背中にしがみ付き、クチナシも油断なく周囲を探照灯で睨みつけている。この異常事態で何がどこから現れるとも分からない。


『こんな深さまで“増殖する日干しの波衣”が……。どれだけ成長させたのでしょうか』


 船縁から複雑な表情を向けるのは、原始原生生物担当の零期組コノハナサクヤである。探照灯の太い光に照らしあげられ、鮫に混じって浮かぶのが千切れたワカメの欠片だ。欠片と言いつつも船の帆布ほどの大きさのものも多くある。

 海溝深くまで食い込んだワカメの生命力と増殖能力の高さに、改めて絶句する。


『全てはレッジさんの愛故……と言うことですね』

「そうかなぁ」


 にっこりと微笑むT-3。彼女のいつもと変わらない様子に、エイミーが首を傾げた。


『まったく、あの男は厄介ごとしか呼びませんね。こうしている間にも海上は大変な負担を強いられているんです。早く見つけて引きずり上げなければ』


 ぷりぷりと怒るウェイドが、実際には彼を心配しているということも周知の事実だ。レティたちが穏やかな目で見ていることにも気付かないまま、管理者はゆっくりと沈んでいくクチナシにやきもきとしていた。


「うわああっ!?」


 その時、船を包む闇の向こうから巨影が現れる。ぬらりと浮かび上がってきたそれに、レティたちは咄嗟に武器を構えた。


「皆さん、興味深いものを見つけましたよ!」

「って、アストラさんですか。やっぱりその鮫、ちょっと怖いですよ」

「あはは、すみません」


 出て来たのは、周辺の探索に出ていたアストラである。千剣のヘクトリアをスーツに繋げた彼は、巨大な鮫と一体化した異形の姿だ。あまりにも鮫部分が禍々しすぎて、原生生物にしか見えない。

 それでも高い機動力と戦闘能力を活かして、彼は収穫を持ち帰ってきた。


「これを見てください」


 アストラが手に握っていたものを見せる。


『これは……鱗?』

「白い鱗みたいですね。それにしてはずいぶん大きいですけど」


 掲げられたのは薄く透き通った白い鱗。団扇ほどの大きさがあり、アストラの顔をすっぽりと覆い隠せるほどである。鮫からのドロップアイテムではない。しかも白色であるということに、レティたちは揃って首を傾げる。


「もしかして、これも白神獣のものなのでしょうか」

『あの巨大イカ以外にも出現したとなれば、厄介な話ですよ』


 白色というものはこの世界においては一定の意味を持つ。白神獣――第零期先行調査開拓団が蒔いた生命の種より萌芽した強力な生命体は、現在においてもその命脈を繋いでいる。そして、白神獣の一部が汚染術式によって黒化し、黒神獣として第零期先行調査開拓団の壊滅を招いた。

 現在も白神獣の全容は把握できていない。ウェイドたちでさえ。


『アストラさん、それはどちらに?』

「この先にある洞窟です。クチナシも入れると思いますよ」

『では、そちらに行ってみましょう』


 ウェイドの即断即決でクチナシが舵を切る。海溝を沈み続けていた船はプロペラを回し、ゆっくりと進路を変えた。


「はぁ。しかし水中は炎属性があまり輝かなくて辛いね」

「そんなこと言いながら鮫を丸焼きにしてるじゃない……」


 船をぐるりと取り囲む炎環を高速で回転させながらメルがぼやく。それに巻き込まれた鮫がたちまち黒焦げになって倒れるのを見て、ラクトは思わず半目になる。

 ラクト自身、トップ層に位置付けられると自覚している。それでもアーツ最高峰の実力者には到底敵わないと思い直すのだった。


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Tips

◇白い薄鱗

 海中を揺蕩う大きな鱗。美しく透き通り、見るものを魅了する。

“おいで、おいで。こちらへおいで。道の標は闇に輝く。”


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