第1455話「進めよ鋭牙」

 レティたちがシャークスーツを来て深い海の底へと沈んでいく。時を同じくして、海上には再結成された〈大鷲の騎士団〉の大艦隊が暴嵐海域へと到着していた。

 超巨大蒼氷船リヴァイアサン級五隻に、支援艦艇としてのシーサーペント級がそれぞれ六隻の計三十隻。更に騎士団の行動に足並みをそろえる調査開拓員たちの船、無数。嵐を前に物怖じすることなく展開される大艦隊は、一度壊滅したとは思えないほどの気迫に満ちていた。

 大船団を率いるリヴァイアサン級第一番艦の艦橋にて指揮を執るのは、団長と副団長から直々に委任されたクリスティーナである。彼女は各艦に繋がるマイクを握りしめ、高らかに声を上げる。


「皆、よくぞこの短期間で体勢を立て直した。ここにいる全ての者に感謝する。その上で、重要なことを今一度伝える。我らが騎士団長と副団長は、管理者から直々の依頼を受けて別行動中だ。二人の力を借りることはできない。しかし、二人に頼らなければ歩くことすらままならぬ赤ん坊など、ここにはいないだろう」


 アストラとアイがウェイドの頼みを受けてレッジの救助に向かっていることは周知の事実だ。クリスティーナの言葉に驚く者はいない。

 それよりも、「なんで艦橋の天辺に立っているんだろう」「あのラバースーツ寒そうだなぁ」「いつもより張り切ってるなあ」などという思いの方が強い。ただ、それを口に出さないだけの良識が彼らにもあった。


「今こそ、我々の真価を発揮する時。団長たちの威光に隠れ、侮られる我らの力を見せつける時! 時は来た。我々は今から、あのデカブツを討ち倒す!」


 朗々とした演説は騎士たちの――何よりもクリスティーナの気持ちを昂らせる。天性のカリスマを持つ団長たちから任された銀翼の大鷲の旗の重みを強く実感する。アイの期待をひしひしと感じながら、それに耐えるだけの勇気を奮わせる。


「今から作戦を発表する」


 騎士たちが居住まいを正す。クリスティーナの演説はともかく、作戦はすべての根幹だ。自分がどう動くべきか、個々がしっかりと把握していなければ、数百人規模のレイドは行えない。

 また、指揮権限はクリスティーナに移っているものの、作戦そのものの骨子は参謀部が立案し、騎士団長、副団長、銀翼の団の幹部連中で検討されたものが託されている。言ってしまえば、クリスティーナは事前に渡された計画書を元に指示を出すだけでいい。


「えー、事前に団長たちからは計画書を渡されている。が」


 不穏な気配。

 騎士たちが顔を見合わせる。


「高度の柔軟性を持って臨機応変に当たれ、とも命じられた」

「待て、クリスティーナ!」

「早まるな!」

「とりあえず落ち着け! ていうか誰か止めろ!」


 ざわつく甲板を見下ろしながら、クリスティーナは長槍を高く掲げる。指し示す先にあるのは、光り輝く巨大なイカの姿だ。

 切れ長の目に力強い光を宿らせ、長身の女は口を開く。


「敵は図体ばかり大きな寸胴だ! 全速前進で突撃ぃぃいいっ!!!」

「うわーーーーっ!」


 事前に根回しはしっかりしていたのか、クリスティーナの号令で各艦が一斉に走り出す。随行していた他のバンドの船も、取り残されては敵わないと慌てて追いかける。焦るのは甲板に待機していた直接攻撃要員である。


「待て! 冷静になれ!」

「これだから突撃隊は!」

「第一戦闘班の他の連中は何やってんだ!」


 クリスティーナが隊長を務める騎士団第一戦闘班突撃隊は、その機動力で万難を弾き飛ばし貫通する突破力を何よりも重視する。故に、彼女は突撃こそが史上最高の作戦と信じて疑わなかった。


「行け行け行け行け! 速度を落とすな! アクセルベタ踏みで進みなさい!」


 船首が浮き上がるほどの猛烈な速度で嵐の中へと突っ込む。わざわざ〈プロメテウス工業〉に直談判して搭載した外付けの大型ジェットエンジンが凄まじい火炎を噴きあげる。

 飛沫が弾け飛ぶ。驟雨すら流れるほどの勢いで、大艦隊は海を割る。


「うぉおおおおおおっっ! 突撃ばんざーーーーいっ!」

「走れ! 突けっ! 弾け飛べぇえええええいっ!」


 騎士団第一戦闘班、突撃隊の砲声だ。高らかに音楽が鳴り響き、雷鳴さえも押し切った。

 軟弱者の悲鳴など聞こえない。彼女たちは最短経路を突き進む。立ち塞がるもの全てを退けて。


「ひええええっ!? 腕が、触手が!」


 暴嵐海域に踏み入った瞬間、巨大イカが彼らの船団を敵と見做す。一度は鎧袖一触に屠り去ったものが、顧みもせずに再び現れた。学びのない奴らを嗤い、再び触腕の一撃で沈めようとする。

 白く輝く巨大な腕が、槍のように鋭く迫る。当たれば3時間前の二の舞である。甲板の騎士たちが絶叫する。だが。


「行けっ、突撃! 進めぇええええいっ!」

「「「穿馮流、三の蹄――『地平貫き落陽越える白き竜馬』ッ!!!!!」」」


 クリスティーナの号令で、リヴァイアサン、シーサーペント、総勢三十五隻が白く華々しいエフェクトを纏う。翼のように光が放たれ、大々たる船団は更に加速する。真正面から迫る敵の手に臆することなど微塵もない。

 穿馮流、三の蹄。クリスティーナが開祖となり道を示した、伝令兵オーダリーに適した技を多くそろえる流派。それは使用者のLPを徐々に蝕みながらも突進力を徐々に上げ、更に効果中は全身に攻撃判定が発生する。

 重要なのは、使用者の全身に攻撃判定が発生するということ。


「我らが船! 我らこそ船! 軍団を支える俊足なり!」

「「「我らが船! 我らこそ船! 軍団を支える俊足なり!」」」


 クリスティーナの声を復唱する男たち。彼らがいる場所は甲板ではない。


「進め! 臆するな! 全てを退けて前へ! 敵を貫け!」

「「「うおおおおおおおおおっ!!!!!」」」


 背中をそらして胸を張り、槍を掲げて高らかに吠える。

 彼らはその腰から下を蒼氷船の冷たく固い氷と一体化させていた。さながら船を象徴する船首像のごとく。彼らは〈ビキニアーマー愛好会〉が開発した専用スーツ――シャークスーツならぬシップスーツを着用し、彼らの蒼氷船と一体化していた。

 これにより『地平貫き落陽越える白き竜馬』の効果は船全体へと波及する。故に。


「うぉわあああっ!? 船が触手を弾いた!?」

「機術師は全力で船体を補強しろ! いくら耐久値が膨大でも、油断すれば木っ端微塵だぞ!」

「こんなのありかよ!?」


 船全体に凄まじい攻撃判定が発生し、触手が触れた瞬間に熱く焼け爛れる。当然船自身の耐久値がLP代わりに猛烈な勢いで消耗していくが、蒼氷船は修理が容易な点も長所の一つである。機術師たちが必死の形相で術式を追記していき、壊れた側から修復していく。

 彼らのLPを回復するのは、蒼氷船のもう一つの要である〈野営〉スキル持ちのキャンパーによるテントの回復効果だ。


「進めぇええええええいっ!」


 イカの猛攻をものともせず、大船団が喰らいつく。

 予想だにしない展開に、巨大イカの眼が揺れ動く。だが、逃げることは叶わない。クリスティーナの作戦通り、彼らは勢いよくイカの体に牙を突き立てた。


━━━━━

Tips

◇シップスーツ

 〈大鷲の騎士団〉の無理難題を受けて、〈ビキニアーマー愛好会〉が作り上げた試作装備。見た目はごく普通のビキニアーマーだが、それを装着した上で特殊な加工を施した船の船首と結合することで、人船一体となる。今はまだ実用性が十分とは言えないが、将来性は感じさせる。


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