第1454話「鮫を纏う」
海底に落としたアンカーを勢いよく巻き上げることで急速潜航を行うクチナシ。甲板は瞬く間に水没し、レティたちは〈ビキニアーマー愛好会〉提供の水着の効力を実感する。だが、水圧に耐える装備に安堵するのも束の間、彼女たちは周囲から殺気を向けられることに気が付いた。
「海中は苛立ってるみたいですね」
「イカがいなくても、大規模な
ワカメが水を退け、イカが暴れ、再び海水が流れ込み、激流が渦巻いている。その中を力強く泳ぐ猛獣たちがいた。暴嵐海域に存在する巨大な海溝から浮上してきた、鮫たちである。
燃える体を持つもの、七色に輝くもの、全身に宝石を身につけるもの。多種多様なサメたちが、グルグルと周囲を泳ぎながらレティたちを値踏みしていた。
『深淵より目覚めし太古の竜骨どもめ。我がそのような虚仮脅しに屈するはずがなかろうに、なんたる蒙昧か!』
「ブラックダークさん、元気がいいのは結構ですけどレティの足にしがみつかないでください」
管理者たちを守るように、レティはハンマーを構えて一歩前に出る。潜航を続けるクチナシは、サメたちからすれば自領を侵す侵略者に他ならない。元より荒い気性を持ち、猛獣侵攻で刺激された彼らは、もはや着火直前の火薬庫のようだ。
「うぉおおおっ!」
『シャアアアーーークッ!』
レティが吠えると同時に、サメが飛び込んでくる。鋼の外骨格に身を包むスチールメイルシャークだ。その防御力もさることながら、硬い体と強い推進力を活かした突進は魚雷のような破壊力を見せつける。
だが。
「レティに重武装は悪手ですよ。『アーマーブレイク』ッ!」
ハンマーのような打撃武器は、金属鎧にこそ真価を発揮する。凄まじい衝撃が硬い外殻を浸透して内部を貫くのだ。
真正面から飛び込んできたスチールメイルシャークは鼻先を叩かれ、尻尾の先まで稲妻に貫かれる。打撃武器限定の、防御力無視攻撃が完璧に決まった。
「ぬぅ、一撃で倒れませんか」
理想的な初撃だったにも関わらず、レティは不満げだ。
最前線から遠く離れた〈剣魚の碧海〉の、ボスどころかレアエネミーでさえないただのモブを一撃で屠れなかったことは予想を裏切る結果だった。
「気を付けてください。おそらく猛獣侵攻の影響でステータスが強化されてます」
「厄介ですねぇ、まったく!」
アイの忠告に肩をすくめる。
猛獣侵攻は強力な原生生物が現れるだけでなく、元々存在する原生生物も怒り心頭となって力を増す。今回の猛獣侵攻はイベントということもあってか、それに輪をかけて増強されているようだ。
「無駄口叩いてる暇があったら攻撃したら? わたしはもう3匹倒したけど」
「ぐぬぬっ! ラクトは範囲攻撃多いじゃないですか!」
煽るように、というより実際にレティを煽るラクト。レティもまんまと乗せられ、ハンマーをブンブンと振り回す。だが、冷静に状況を見ていたエイミーが、過熱する二人に声をかけた。
「二人とも、まずはシャークスーツを完成させなさいな」
「あっ」
「そういえば……」
完全に忘れていた顔をするレティたちに、エイミーは頭を抱える。そんな彼女の下半身には、煌びやかな宝石で飾られたジュエルシャークが咬みつき一体化していた。
この半人半鮫の人魚のような形態こそ、〈ビキニアーマー愛好会〉が開発したシャークスーツ、“水霊降ろしの鰐衣”の真髄であった。海中に生息する鮫型原生生物にわざと下半身を呑ませることで合体し、その能力を得る。
発見された当初はトンチキ、バグ、運営が病気、などと言われたこの形態も、シャークスーツという専用装備が開発されるほどポピュラーなものとなっていた。
エイミーが選んだ宝石鮫はその硬い表皮で防御力が上がると共に、その輝きに満ちた姿で周囲の原生生物の注目を集める効果を持つ。
「レティは何にしましょうかねぇ」
「私はこういう時は、基本的にアジャイルシャーク一択ですね」
早々に選んだのはアイだ。流線型の細長い体が特徴の鮫は非常に素早く、スーツにした時もその加速度の恩恵を得られる。
ミカゲはシノビシャークを選び、メルはファイアシャークを選ぶ。次々とメンバーが自分の鮫を選ぶ中、アストラも1匹の鮫に目をつけた。
「あれは良さそうだ。ちょっと行ってくる」
アイに一言言いつけてから、彼は船縁から海中に飛び出す。弾丸のように四方八方から迫る鮫を両手剣で切り伏せながら、水中とは思えないほどの身軽な動きで泳いでいく。
「さすがアストラさんですね。〈水泳〉スキルも持っているんでしたっけ?」
「兄貴――団長は行動系スキルは持ってませんよ。フィジカルと身のこなしと、〈剣術〉スキルのノックバックで移動してるだけです」
「レッジさんといい勝負してますよね、アストラさんも」
変態的な機動で鮫を薙ぎ倒す黒褌の青年は、海中においても凄まじい存在感を放っていた。だからこそ鮫たちの注目も一身に浴びて、間断なく攻撃が仕掛けられる。
「大丈夫ですか?」
アシストに出ようか、とレティがハンマーを構えるが、アイは首を横に振る。
「敵が多ければ多いほど喜ぶ変態ですから、放置でいいです。そもそも、あいつは連携が取れるタイプじゃないので」
最大手攻略組を率いる騎士団長という立場にあるアストラだが、その本質は圧倒的なスタンドプレイにある。凄まじい破壊力と洗練された剣技で次々と敵を撃破するシンプルな強さを誇る一方で、協力というMMOの醍醐味にはあまり興味を持っていない。リアルでも付き合いのある銀翼の団のメンバーでさえ、「あれは敵の群れに投げ込んで放っておくもの」という認識を持っているほどなのだ。
あまりにも素っ気ないアイの評価に、レティは苦笑しつつも納得する。今ではずいぶんと懐かしいが、第一回の特殊開拓指令でも、彼はカニの群れに一人で突っ込んでいって、凄まじい戦果を上げていた。
より正確に言うならば、彼は協力を疎んじているわけではなく、彼に協力できるような技量のプレイヤーがいないのだろう。
「アストラさんがレッジさんを気にいる理由がちょっと分かりましたよ」
だからといってあまり良い気はしませんが、とレティは唇を尖らせる。
その時、海中で暴れ回っているアストラの前に、巨影が浮かび上がってきた。
「なっ、あれは!」
「“千剣のヘクトリア”――無数のヒレが全て鋭利な刃になっている、超攻撃特化の鮫ですね」
レアエネミー、“千剣のヘクトリア”。淡々と説明するアイの眼前で半裸の青年が両手剣を掲げて飛びかかる。そして。
「こちらは準備できました。うん、良い感じだ」
秒速でボコったアストラはそれをシャークスーツとして黒褌と結合させ、無数の剣で近づく敵全てを切り刻む凶悪なクリーチャーじみた姿となって戻ってきた。
「……アストラさんもレッジさんに似てきましたね」
「そ、そうですか? ははっ、照れますね」
レティの言葉に、好青年は爽やかな笑顔で鼻の頭を掻いた。
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Tips
◇千剣のヘクトリア
〈剣魚の碧海〉の深部を泳ぐ巨大ザメ。無数のヒレを全身に連ねる特異な姿。そのヒレの全てが鋭利な刃となり、近づくもの全てをなめらかに切り刻む。
“我に寄ること勿れ。凶刃は水に広がり、紅が霞となる故に。”
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