第1453話「降りていく」

 海洋を進む一隻の船。全長200mを超える装甲巡洋艦クチナシは荒波もものともせずに快速で航行している。デッキに立つレティとLettyが、海原の向こうに渦巻く黒雲を見つけて声をあげると、船室に待機していた救助隊の面々が現れた。


『ポイントまで6分で到着するよ』

「装備の最終確認をしましょう」


 レティが着ているのは真紅のビキニ。シンプルなデザインながらも鮮やかな色合いが、白い肌によく映える。向かう先が荒海ではなく陽光降り注ぐ白砂のビーチならば、きっと彼女は周囲の注目を集めたことだろう。

 隣に立つLettyもまた、レティと同じデザインのビキニタイプだ。しかし胸を抑える細い紐が苦しそうにピンと張り、双丘がこぼれ落ちそうになっている。


「いよいよだね……。待ってて、レッジ!」


 気合いを入れるラクトは濃青のチューブトップ。肩を大胆に露出させ、普段の彼女よりもいくぶん大人びて見える。同じタイプ-フェアリーのアイは可愛らしいフリルを施した、年相応のデザインだ。


「うう。やはりこれは、露出が多すぎるのでは……」


 堂々としているレティたちとは対照的に、胸元を腕で隠して背中を曲げているのは、薄く桃色がかった白のビキニを着たトーカである。普段は着物と袴というゆったりとした装いを好む彼女が水着を着れば、ほっそりとした四肢が露わになる。


「……俺よりは似合ってるから、大丈夫」


 死んだ魚のような目で言うのは、顔を黒い覆面で覆い、上裸、真紅のブーメランパンツを履いたミカゲである。彼の隣には逞しい肉体に黒い褌を飾ったアストラ、もふもふの体に競技用ハーフパンツタイプの水着を着たケット・Cら男性陣が並んでいる。


「なんで一番似合わなさそうなの選んだんです?」

「アストラとじゃんけんで負けた」


 哀愁を漂わせるミカゲに、さすがのトーカも憐憫の目を向ける以外にはできない。


「レティ、ちょっと背中の方見てもらえない? サイズは合ってるはずなのに窮屈なの」

「はー、胸が大きいと大変ですねぇ」

「エイミーとヨモギ、なんか悪意がありませんか?」


 タイプ-ゴーレムのエイミーと、タイプ-ライカンスロープながら立派なものを持つヨモギが、レティの背中に密着する。耳を立てて怒るレティを見てニコニコと笑っているあたり、彼女達も余裕がある。


「水着のデザインはともかく、性能は流石のビキ愛ね。これに鮫バフも付くんでしょ」

「その高性能っぷりもちょっと引くんですよ」


 〈ビキニアーマー愛好会〉の漢たちの情熱に複雑な面持ちをしながらも、レティ達もその性能は認めている。だからこそ、羞恥心を抑えてビキニを着用しているのだ。


『入るよ』


 クチナシ級十七番艦が暴嵐海域へと突入する。レティたちは大波に乗り上げて上下に揺れる船縁にしがみつき、振り落とされないように耐える。ポイントまでまだ数分かかる。ここで落ちては何も始まらない。


「さあ、来ますよ!」


 今や、暴嵐海域は巨大イカの支配下にある。果敢に踏み入った調査開拓団の船は、そのことごとくが容赦無く突き込まれる触腕によって沈められた。クチナシとて、例外ではない。


『オオオォオオオオオオオオッ!』


 海の底から響くような声。目の前で燦然と輝く白い躯体が揺れる。金に燃える玉眼がレティたちの乗る船を捉える。

 激流がうねりをあげ、クチナシの操舵がなければ船体は瞬く間に木っ端微塵となるだろう。今もギシギシと結合具が悲鳴を上げ、レティたちの背筋を凍らせている。


「皆さん、作戦は頭に入ってますね」


 レティが最後の確認をする。ウェイドが自ら選出したタスクフォースだ。抜かりはない。


『オオオオオオオオオッ!』


 憤怒の声。巨腕が船に影を落とす。

 クチナシは24基の大型ブルーブラストエンジンと、3基の大型部rーブラスト増幅動力炉を最大出力で動かし、猛烈な勢いでプロペラを回す。大きくうねる荒波にも負けないほどの剛力で、強引に水を捉える。


『まだです。まだ……』


 水色のポンチョを着て船首に立つウェイドが、腕を広げて留める。巨大イカの、一本で巨大なビルほどの太さがある触腕が、ゆっくりと、猛烈な速度で落ちていくる。

 影が濃くなる。飛沫が降り注ぐ。

 レティがハンマーを構え、エイミーが最大限の防御機術を構築していく。

 その時。


『今です! アンカー投下!』

『了解』


 ウェイドが声を響かせる。即座にクチナシが船に搭載された錨を海中に投げる。極太の鎖が甲高い音を立てて伸びていく。


『投げ出されないように、掴まって!』

「ほあああああああっ!?」


 海底に錨が引っかかり、船の動きを制限する。強烈な推進力に補正がかかり、細長い船体が斜めにスライドする。波を広く薙ぎ払い、扇状に滑る。

 直後。船側を掠めるように巨大イカの足が海面に叩きつけられた。


「きゃあああっ!」

「ひええええっ!?」


 大波が船を掬い上げ、一瞬空中に弾き飛ばす。

 レティもアイも悲鳴を上げ、一心不乱に船にしがみつく。


『ポイント到着!』


 慣性と波に乗って、船がレッジの沈んだポイントへと到達する。

 その報告を待ち構えていたウェイドが、次の指示を激しく飛ばす。


『潜水装備展開! 急速潜航ッ!』

『あいあいさー!』


 アンカーが勢いよく巻き取られると同時に、船倉を改造したバラストに海水を取り込む。浮力を手放し、鋼鉄の船体は勢いよく海の下へと沈み始める。


『もばぼぶべぼっ』

「ウェイドさんも酸素ボンベはつけてください!」


 ゴボゴボと大きな泡を吐き出すウェイドに、レティが慌てて酸素ボンベを押し付ける。

 甲板は瞬く間に水で満たされ、固く閉じられた船室以外の全てが水没する。しかし、事前に水着を着ていたレティたちは問題ない。海水から瞬時に酸素を抽出し呼吸することができるうえ、ビキニから発せられる特殊なフィールドが水圧を中和する。ビキニアーマー愛好会の高い技術力が発揮される。

 ここから先は、水中での活動となる。レティたちも共有回線を用いたTELで会話を行う。


「水中から見ても、すごい図体だね」


 荒波の下に潜った船体は、驚くほど安定していた。周囲を見渡す余裕もできた。

 ラクトが視線を巡らせれば、大量のワカメの残骸が揺蕩う水中に、イカの巨躯があった。至近に迫ったそれは、一見して生物とは思えない。あまりにも巨大で、全体像が掴めないのだ。


「これを倒したいのも山々ですが……まずはレッジさんです」


 レティの眼下にはぱっくりと割れた海溝が見える。クチナシはしっかりと計算した上で錨を投下したのだろうが、あれが引っかかったのが奇跡と思えるほどの幅と長さと暗さだ。

 その奥にレッジがいる。ツクヨミから送られる座標データには、そう記されている。


『行きましょう。海溝の奥へ』


 ウェイドが指示するまでもなく、クチナシは沈んでいった。


━━━━━

Tips

◇潜水装備改修

 船舶に施される改修のひとつ。デッキ部分の水密処置や機関部の保護をはじめ、船が完全に水没しても問題なく潜航できるようにする。場合によっては水圧に耐えるための全面的な船体装甲の張り替えも必要であり、非常に大規模な改修となる。


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