第1451話「特別救助隊結成」

「あっはっはっはっ! これはやられたな!」

「笑ってる場合か、バカ兄貴!」


 〈ミズハノメ〉中央制御区域、アップデートセンター。黄色い臨時機体が水槽の中から飛び出し、爽やかな笑声を上げた。すぐに後を追いかけてきたタイプ-フェアリー機体が彼の膝裏を蹴りつけた。

 アップデートセンターからは次々と大量の臨時機体が出てくる。彼らは慣れた様子でカウンターから有償の機体回収依頼を出し、元の機体へと戻っていく。


「いやぁ、いきなりなかなか歯応えのある敵が来たね」


 臨時機体から元の機体へと戻った二人――アストラとアイの元にやってきたのは、同じく機体を取り戻し赤髪を手櫛で整えるメルだった。彼女たち〈七人の賢者〉も乗せていた〈大鷲の騎士団〉の大艦隊は、暴嵐海域へ到着した直後に壊滅した。アストラたちも荒れ狂う海に投げ出され、そのままあっけなくLP全損からの死に戻りを果たしたというわけだ。

 突発的に発生したイベントで、初撃さえ当てることができないまま瞬殺される。人によっては激怒してもおかしくない状況にも関わらず、彼らの表情は驚くほど明るい。むしろ慣れた様子で機体を回収しつつ、既に次の攻勢に向けて検討を始めていた。

 〈大鷲の騎士団〉も〈七人の賢者〉も、いわゆる攻略組と呼ばれるプレイヤー層に位置する。彼らは誰よりも早くゲームを攻略することを目的にする、ある意味で最もシンプルな動機を持つ人々だ。それゆえにゲーム内でも随一の実力を持つため、外から見ればなかなか死ぬこともないように思える。しかし実態はその逆、無数のトライアンドエラーを繰り返す執念深さこそが、攻略組の真髄だ。


「流石はレッジさん。俺たちの予想を遥かに超えた結果を出してくれますね」

「早く助けに行かないと。第二陣の編成も急いで……」


 ニコニコと満面の笑みを浮かべ、今回の〈特殊開拓指令;暴嵐に輝く白光〉の発端となった人物に思いを馳せるアストラ。彼の隣ではアイが不安な顔をして各所に連絡を飛ばしている。どちらにしても、攻略を諦めるという発想は全くない。むしろこれからが本番だ。

 彼らが豊富な財力を有していながら、リヴァイアサン級という大規模な人員を必要とする蒼氷船を運用していたか。それは鋼鉄製の船舶と比べて、復帰が早いという利点があるからだ。

 一度沈めば新たに建造を始めるしかない船舶とは違い、蒼氷船は機術師を集めればすぐに出発できる。

 そのリスタートの容易性を存分に活かし、すでに騎士団は〈ミズハノメ〉の港湾に新たな船を浮かべていた。だが、騎士団長たちがそれに乗り込もうとした直前、波止場に立つ少女が呼び止めた。


『調査開拓員アストラ、アイ、メル。お話し、いいでしょうか?』

「これは、ウェイドさん。もちろんです」


 待ち構えていたのは管理者ウェイド。波風を受ける長い銀髪を手で押さえながら、ぺこりとお辞儀をしてみせる。

 わざわざ管理者が直接姿を現した。その事に重要な理由を感じたアストラたちは、蒼氷船に向かうつま先を彼女に向けた。


「レッジさんのことですね?」

『うぐ……。よくお分かりですね』


 本題に入る前に先回りされ、ウェイドはたじろぐ。しかし、否定することもなく頷いた。

 そもそもウェイドがレッジ担当となっているのは公然の事実だ。この状況で彼女が現れるなら、彼が関係していないわけがない。


『指揮官T-1は、今回の甚大な猛獣侵攻にレッジが関わっている可能性を考え、彼の救出を私に命じました。そのために必要であれば、私の判断でどの都市のリソースも自由に使って良いという特権付きです』

「なるほど。レッジさん救出のタスクフォースを組めという話ですか」

『話が早くて助かります。――アストラさんたちにはぜひ協力していただきたいのですが』

「もちろん。そういうことなら協力させてもらいますよ』


 元より断る理由などなかった。

 アイもコクコクと頷き、メルも参加を表明する。


「他のメンバーは?」

『できれだけ多くの人数を集めたいのですが、それでは暴嵐海域のイカに対処する人員が不足する可能性もあります。ですので、できるだけ少数精鋭で行きたいと思っています』


 ウェイドが指を折りながら上げたのは、日頃からレッジと関わりの深い調査開拓員たち。その数は、一人を救出するためならば多いように見えるが、状況を鑑みると少ない。


『それと、当然ではありますが……』

「レティも参加しますよ!」


 ウェイドの背後から現れたのは、全身ずぶ濡れのレティ。乾いた潮が髪に張り付き、ワカメの屑も載せて凄まじい惨状だ。それでもやる気は十分で、すでに気炎を上げている。


『船は任せて』


 更に彼女の隣には、麦わら帽子を被った少女がひとり。SCS-クチナシ-17も主人を探すために力を漲らせている。

 這々の体で〈ミズハノメ〉に辿り着いた彼女たちは、レッジが海に沈んだのを見た唯一の仲間だ。彼女たちも当然の如く救出隊に参加する。


「レティさん、無事だったんですね!」


 姿を現したレティたちに、アイが安堵の声をあげる。波止場に乗り上げるようにして停まっている船は、見るも無惨な損傷具合だ。これでここまで戻ってこられたのは、クチナシの優秀さの証左となるだろう。


「そもそも、どうして暴嵐海域にワカメを撒こうと思ったんですか?」

「そうですね。色々話し出すと長いのですが……。簡単に言えばヴァーリテインの酒のおつまみを用意しようと思ったようで」

『はぁ?』


 かい摘みすぎたレティの説明に、ウェイドが眉をあげる。アストラはレッジの奇行に爆笑し、メルも額を押さえて項垂れている。


「いいですね。あのイカをツマミに酒を飲んだら楽しそうだ」


 よほど気に入ったのか、アストラは目の端に涙を浮かべて腹を抱える。

 島のようなサイズのイカはレッジも予想外だっただろうが。


『あの、一応あのイカは白神獣である可能性もあるので……』


 ウェイドが怯えた顔でそう告げるも、彼らはすっかりその気になっていた。


━━━━━

Tips

◇調査開拓員レッジ救出特別救助隊

 管理者ウェイドによって選出された特定の調査開拓員によって構成される臨時の特別救助隊。調査開拓員レッジの救出を目的として、〈特殊開拓指令;暴嵐に輝く白光〉のなかで独立した活動を許可される。


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