第1450話「消沈の管理者」
「みなさんこんにちは! いつも貴方の側に這い寄り実況、〈ネクストワイルドホース〉リポーターのミヒメです! 我々は今、〈特殊開拓指令;暴嵐に輝く白光〉の作戦展開地域として指定された〈剣魚の碧海〉暴嵐海域へやって来ています!」
重武装の大型ヘリから荒れた海を示す、スーツ姿のリポーター。
実況専門バンド〈ネクストワイルドホース〉の取材班は、イベント開始のアナウンスと同時に緊急出動を開始。わずか10分足らずで現地に到着して映像を各所に伝える。
「現場は相変わらずの物凄い嵐です。しかし、それよりも注目するべきは、あの巨大なイカ……? のような原生生物の姿でしょう!」
荒れ狂う海から触腕を伸ばす、巨大なイカ。一見すると小さな島のようにすら見えるそれは、眩いほどに白く輝きながら千切れたワカメを貪っているようだった。
ミヒメは冷静に、自分の足が震えそうになるのを堪えながら状況を伝える。〈ダマスカス組合〉特注の大型装甲ヘリは、この程度の嵐では揺らがない。しかし、彼女はこれまでのリポーター経験の中でも最大のプレッシャーを拭えずにいる。
「あの超巨大イカ、ご覧ください! 凄まじい勢いで近づくもの全てを攻撃します。――そ、それによってついさっき到着したばかりの〈大鷲の騎士団〉が、壊滅しました!」
うねる波の合間に氷山があった。浮かんでいるのではなく、沈んでいく最中の、蒼氷船の残骸だ。そこに乗っていた重武装の調査開拓員たちもまた、海の藻屑となって呑まれていった。
調査開拓団最強として君臨する攻略組〈大鷲の騎士団〉。更にはそれに比肩する実力を持つ〈七人の賢者〉たちさえも。一切の抵抗が許されないまま一撃の元に壊滅した。その瞬間は〈ネクストワイルドホース〉のカメラも捉えていた。華々しい初撃の成果を期待してたカメラレンズに、その惨劇が鮮明に映し出されたのだ。
「現在も〈ワダツミ〉と〈ミズハノメ〉の攻撃拠点プラントからは超遠距砲撃が続けられていますが、それも目に見えて効果を発揮しているわけではないようです」
斜めに打ち付ける豪雨のなか、時折爆炎の赤が見える。はるか遠方の海上プラントから撃ち出された砲撃が、長大な滞空時間の末に着弾したものだ。
しかし、一発でボスエネミーさえ黙らせるほどの超大口径の砲弾さえも、巨大イカには通用していない。むしろ触腕は事前に着弾を予測し、余裕を持って撃ち返しているようにさえ思えた。
「あまりにも、桁が違います。これは、これまでの原生生物とは何もかもが違います! おそらくは呑鯨竜でさえ、敵わないのではないでしょうか!」
向こうの海には巨大な海竜が潜んでいる。それも巨大だったが、このイカはそれに匹敵する。その上で漫然とした動きではなく、砲弾を弾き返すほどの機敏さを見せるのだ。
生物として、規格外。
〈ネクストワイルドホース〉の臨場感にあふれた実況は、その絶望的な状況を克明にして知らせる。
「まずい、見られた!」
「なっ、なにっ!? きゃぁああああっ!?」
カメラ、窓の外に映る白い影。それがヘリをとらえた巨大な触腕であることに気付いた直後、映像は途絶する。
━━━━━
指揮官T-1により、緊急招集命令がかけられた。集まったのは指揮官、管理者、第零期先行調査開拓団員たち。なかでも、〈
情報通信によるやりとりができない者に合わせ、〈ウェイド〉の中央制御塔に集められた彼女たちは、騒然としていた。
『見るからにまずいのじゃ。お稲荷さんを食べとる場合ではないのじゃ。あれは一体、なんなのじゃ!?』
全員が集まったところで悲鳴のような声を突き上げたのは招集人のT-1。珍しくテーブルに置いた稲荷寿司に手がついていないところからも、彼女が切迫していることが窺える。
『生物学的な鑑定によれば大銛烏賊と大部分で特徴が一致していますが』
『大銛烏賊は元々、白神獣の直径の子孫であることも分かっています。しかし、あれほどの強い力を持つ個体が眠っていたとは』
『当該地点で原始原生生物が使用されたことが確認できています。その衝撃で休眠状態にあったものが目覚めたということでしょうか』
『アタシらがずっと地形だと思ってたモンが、バカデカい原生生物だったってことか?』
『白神獣であるならば、なんとか対話することもできるのでは』
『否定。巨大生物に様々な方法でコミュニケーションを図っているが、どれも無反応』
錯綜する発言。分かっていることはただ一つ、何も分からないということだけ。
『ブラックダークたちは、アレに見覚えはないのかの?』
『クックックッ……。我が
『……見覚えはあるけど、封印が完全に解けてないから知識としては欠落してる。って言ってるわ』
突如として現れた巨大なイカ。その出現理由も、暴れる意味も分からない。しかし時間が過ぎるほどに環境負荷は高まり続ける。現在発生している甚大な猛獣侵攻は止まらない。
領域拡張プロトコルに影響を与えるのは必然だ。
『Hey. ウェイド、さっきからずっと黙っていますが、どうしたんですか?』
管理者たちが頭を悩ませるなか、ワダツミが様子がおかしいウェイドを見つけて声をかける。いつもならば率先して意見をあげることも多い経験豊富な管理者が、今日は俯いたまま唇を噛んでいた。
名前を呼ばれ、周囲から視線が集まる。ウェイドは怯えたように肩を振るわせ、おずおずと顔を上げた。
『その、えと……』
平時の彼女の姿からは想像もつかないほど、狼狽えている。
『何か思い当たる節があるなら、言ってみぃ。それでどうこうしようとは思わんからの』
T-1が珍しく指揮官らしく頼もしいことを言えば、彼女も決心した様子で口を開く。
『その、今回の、猛獣侵攻……。原因、私、かも……しれなくて……』
管理者たちが顔を見合わせる。
猛獣侵攻の発生要因は、当該フィールドでの環境負荷の高まりだ。原則的に戦闘行為が許可されていない管理者がそれを単独で引き起こせるわけがない。詳しく話せと目d促すT-1に、ウェイドは続ける。
『れ、レッジが原始原生生物を使っていたみたいで、いつものように強制直通通信で怒鳴ってたら、そのせいで彼の手元が狂ったみたいで……』
レッジがワカメのコアを貫く間際、ウェイドが管理者権限を用いて怒鳴り込んだ。その結果、レッジはトドメを刺しそこね、環境負荷が閾値を超え、そしてあの巨大イカが現れた。
故に自分にもこの惨状の責任がある。――ウェイドはそう言いたいらしかった。
『なーに言っとるんじゃお主。今はそれどころではなかろう!』
だが、怯えるウェイドをT-1が一蹴する。他の管理者たちも同意するように頷いていた。
『誰が悪いと言うならレッジが種を蒔くのが悪いんじゃ。あやつ、まだ見つかっておらんのじゃろ? 責任の所在はとっ捕まえてから考えればいい』
普段は主様と呼ぶ男ではあるが、指揮官にとっては無数に存在する調査開拓員のひとりである。T-1の言葉に、ウェイドはポカンと口を半開きにする。
『あやつの所在も議題の一つじゃ。あの海に呑まれればすでにどこかのアップデートセンターに戻っておってもおかしくないじゃろうに、未だに沈み続けておる。これは何か匂うのじゃ』
珍しく指揮官らしく、鋭い洞察力を見せるT-1。レッジの現在地は通信監視衛星群ツクヨミによって捕捉されているが、今もまだ海のど真ん中にいる。彼のスキルビルドについても当然彼女たちは把握しているため、違和感が浮き上がってきた。
『ウェイド。人員とリソースはどのように使ってもよい。レッジを救出し、事態の解明を目指すのじゃ』
指揮官からの勅命だった。
ウェイドははっとして意識を切り替える。
『……分かりました。すぐにあの男を連れ戻してきます!』
意気消沈していた管理者は、決意を新たに再起する。
━━━━━
Tips
◇ZOKH-223
〈ダマスカス組合〉が開発した巨大装甲ヘリ。機体の安定性を特に重視したモデルであり、型番のZOKHは絶対落ちない巨大ヘリの略称。あらゆる攻撃に耐え、高性能な姿勢安定化装置によって墜落を免れる。
“島みてぇな巨大生物に襲われでもしない限り、絶対に落ちませんよ!!!!!”――ある整備員
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