第1446話「無限ワカメ再び」
碧海を突き進む。途中、時折巨大魚や海獣などに遭遇しつつも、レティとクチナシのコンビネーションによって危なげなく撃破することができた。一応は船長ということになっている俺はといえば、特にすることもなく自動で動く操舵室の中から彼女たちの勇姿を見守るだけだった。
そんなこんなで、フィールドの中でも随一の広さを誇る〈剣魚の碧海〉の中央付近までやってきた。ここにくる十分ほど前から雲行きが怪しくなっており、空気が湿り気を帯び始めていた。そして――。
「ヒューーーッ! すごい雨風、これはもう嵐ですねっ!」
俺たちは縦横無尽に剛風の吹き荒ぶ大嵐の中へと突入していた。
〈剣魚の碧海〉にいくつか存在する難所の一つ、大時化の海域だ。絶えず乱気流が渦巻き、豪雨が叩きつける水面は十メートル単位で乱高下している。クルーザーが沈んだり転覆したりしていないのは、ひとえにクチナシの卓越した操船技術によるものだ。
『あんまり外に出ると危ない。落ちたら助けられない』
「大丈夫ですよ。レティならぅあああああっ!?」
それでも、クチナシにとってもこの荒れ海を制するのは難しいようで、船縁に足をかけて調子に乗っているレティが大きく揺れた表紙に海へと体を傾ける。慌てて俺が腕を伸ばして手を掴み引き戻すと、レティは若干顔を青ざめさせながらヒクヒクと笑っていた。
「だから言わんこっちゃない」
「へ、へへへ……」
ともあれ、今回のメインの狩場はこの荒れ海だ。この龍が暴れ回っているかのような海の中に、巨大なイカ――大銛烏賊が生息しているのだ。体長はこのクルーザーの倍はある、まさしく海の化け物。それを干物にでもすれば、ヴァーリテインも納得の酒のつまみとなるだろう。
大銛烏賊を狩るには、いくつかのセオリーがある。現実のイカと同様に、彼らも光に集まるという習性があるため、イカ釣り漁船よろしく煌々と光で照らせば呼び寄せられるのだ。もしくは光輝鮫のすり身団子なんかを食べれば、俺たち自身が1677万色に光り輝いてイカを呼び寄せることもできる。
しかし残念なことに、俺は光輝鮫のすり身団子を持っていないし、クルーザーにも電飾はない。では、どうするか。
「『強制萌芽』“増殖する日干しの波衣”」
一粒の種を落とす。
それは渇きを癒すため芽を伸ばし、茎を広げる。
「クチナシ、全力で退避だ!」
『えいさっさー!』
クルーザーが猛烈な勢いで走り出す。もはや波を滑るどころか滑空する勢いで、エンジンもフルスロットルだ。落とされた種は海水を飲み込み、際限なく増殖していく。次々と枝分かれし、その堆積を増していく。その勢いは凄まじく、消費された海水が周囲から流入する速度を追い越し、海が凹む。
「ほわーーーーっ!? ちょっ、レッジさん!? 何やってるんですか!」
打ち合わせをしていなかったからか、レティが悲鳴を上げる。
原始原生生物“増殖する日干しの波衣”は、以前〈怪魚の邂逅〉でも使用したことがある。その時はフィールド全体が壊滅しかけた。あの件はウェイドとコノハナサクヤとナキサワメにめちゃくちゃ怒られた。
「またウェイドさんたちに怒られますよ!」
「安心しろ、レティ!」
俺だって、反省する。きちんと問題の原因を顧みて、次に活かすことができるのだ。
「レッジさん……」
「たぶん、いい感じのところで成長も止まるはずだから」
「いい感じのところってなんですか!」
原始の時代のワカメが海を飲み込む。繁茂する濃緑のワカメに、海中を泳いでいた魚たちが締め上げられているのが見えた。その中には、目的のイカも確認できる。
「んひいぃぃっ!? 全然生長止まらないですけど!?」
「おかしいなぁ。ちゃんと生長阻害遺伝子を配合してるんだが」
前回は本当に無限に生長が止まらなかったからな。その時の反省を生かして、今回の種には一定の生長を遂げたら自動的に細胞が崩壊する遺伝子を組み込んでいる。それを使えば、完全体の8割くらいの成長度合いになったら自動的に……。
「あっ」
「あっ、ってなんですか!?」
このワカメ、原種は無限に生長する。そう、際限なく。水さえあれば、それを飲み干してどこまでも限りなく。
無限×0.8は。
「あー、うん。えっと……。クチナシ、全力で逃げろ!」
「レッジさんんんんっ!?」
原始原生生物はおいそれと気軽に実験ができないこともあって、仕様通りの挙動が実装できているかどうかを確かめられない。ぶっつけ本番をやっていれば、こういうこともある。
後ろから巨大なワカメの束が、俺たちを飲み込もうと迫ってくる。クチナシが卓越した操舵でなんとか逃げ続けているが、すぐそこまで来ている。
「ひいいいっ!? ちょっ、やめっ、レッジさん!」
「安心しろ、レティ! こういうこともあろうかと、非常用停止装置も用意してるんだ!」
「それを早く言ってくださいよ。ほら、さっさと作動させてください!」
「……えーっと」
万が一生長阻害遺伝子が不発だった場合に備えて、別の手段も用意していた。何重にも安全装置を仕掛けておくあたり、俺の卓越した危機管理能力の片鱗が垣間見えるというものだろう。
――問題は、非常用停止装置として機能するワカメの“コア”に当たる部分が、こいつの中心にあるということだ。
「クチナシ、今から引き返すことってできる?」
『海の藻屑になってもいいのなら?』
「おーけー。大体分かった」
「レッジさん!?」
うーむ。どうしたものか。
背後を見ればほとんど海水は干上がって、猛烈な嵐の下で巨大なワカメがうねっている。もはやワカメの海だ。いくら〈剣魚の碧海〉が広いとはいえ、このまま放置していたら環境負荷も爆上がりするし、どう考えてもワダツミかミズハノメあたりにバレて、ウェイドに通報されるよなぁ。
ウェイドに知られるのはマズい。今度こそ原始原生生物の種を根こそぎ没収されるかもしれない。
「よし、ちょっとアレのコア叩いてくる」
「レッジさん!?」
なに、海とは違ってワカメは固体だから、上を歩けるだろう。なんか表面がぬるぬるしているが、〈歩行〉スキルのレベルが高ければなんとでもなるはずだ。
「ま、待ってくださいよ! それならレティも一緒に!」
「レティはクチナシと船を守ってくれ。これがなかったら、ワカメを止めても意味がない」
「うぬぅ」
それに、地味にレティは〈歩行〉スキルを持っていない。移動の速さは〈跳躍〉スキルを水平に近い急角度で使用して実現しているのだ。それでは、ヌルヌルとした動く足場には対応しづらいだろう。
「分かりました。絶対戻ってきてくださいよ!」
「おう、任せろ」
レティに後を託し、クチナシに船を任せる。
『気をつけてね!』
「なに、すぐに戻ってくるさ」
船縁から身を投げる。うねる濃緑のワカメの茎に槍を突き立て、位置を固定しながら足をかけ、一気に駆け上る。
「うおおおおおおおおっ!」
雷鳴が轟く嵐の下、ワカメの荒波に真っ向から挑む。
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Tips
◇“増殖する日干しの波衣”ver2
原始原生生物“増殖する日干しの波衣”の品種改良品。際限なく増殖を続けるため、海に落とした場合に甚大な被害を与えるという問題点を解決するため、八割ほど生長したところで細胞が増殖を停止し崩壊する自己崩壊遺伝子を組み込んだ。
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