第1447話「目覚めし白腕」

 レティとクチナシを船に残し、ワカメの蠢く海へと飛び出す。際限なく生長を続けるワカメは、まるで意思を持っているかのように長い茎をこちらに差し向ける。誰が親かと慮る様子さえない。完全に野生に戻ってしまったのか、俺であろうと関係なしだ。

 うねるワカメの表面はヌルヌルとした粘液に覆われていて滑りやすい。〈歩行〉スキルのレベルによる補正がなければ、つるりと滑って落ちていたことだろう。


「せええええいっ!」


 槍をワカメに突き刺し、勢いよく駆け登る。

 雷鳴が轟き、驟雨吹き荒ぶ大荒れの嵐だ。頬を打つ雨だれも痛い。

 目の前から真っ直ぐに迫るワカメの束にナイフを掲げる。


「風牙流、一の技――『群狼』ッ!」


 放つ。風。

 突風が嵐を押し除けてワカメを千切る。産まれた風穴に身を捩じ込むようにして先へ進む。向かう先には、更に無数のワカメが立ちはだかっている。


「三の技、『コダマ』ッ!」


 間髪入れぬ二連撃。木っ端のごとくワカメが千切れ、風に飛んでいく。

 見送る暇もなく、茎を踏み、飛び越え、駆け登る。


「うおぉおっとっ!?」


 いかに〈歩行〉スキルのレベルが高くとも、動き回るワカメのヌルヌルとした表面で、しっかりと踏み締められるわけでもない。時には靴底が滑り、バランスを崩す。ワカメはまるでそれを見計らったかのように、油断なく鋭い追撃を加えてくる。


「風牙流、五の技、『ツムジカゼ』ッ!」


 それを蹴散らし、走る。

 左から龍の尾のようなワカメの太い茎。槍で弾き、ナイフで切り裂く。解体ナイフは切れ味がいい。すっぱりとワカメの茎を断ち切り、吹き飛ばす。だが際限なく生長を続ける原始の遺伝子は、瞬く間に傷口から新たな細胞分裂を始める。


『グォオオオッ!』

「とぉうあっ!? まだ生きてるやつもいるよな、そりゃ!」


 ワカメの陰から飛び出してきたのは巨大な触腕。俺を抱き込もうとしてきたそれをナイフで切り、蹴り飛ばす。目の前に現れたのは無感情な目をした巨大なイカ――大銛烏賊だ。ワカメに胴体を雁字搦めにされながらも、獰猛に暴れ回っている。

 ワカメは乱暴に海の水を飲み干して生長し、その体に水中の原生生物たちを絡め取っている。ほとんどはその強烈な締め付けに耐えきれずに圧死しているようだが、大銛烏賊のような大物はまだ生きながらえている。

 なんだかんだ言いつつ、ワカメは俺が蒔いた種だ。当然、それが危害を加えた原生生物のヘイトは俺に集まる。ついでにワカメも半分制御を失っているので、俺に対してダメージを与えてくる。


「四面楚歌とはこのことか!」


 大銛烏賊を蹴るようにして駆け上り、空中へ。追いかけてきたワカメをイカにぶつける。

 お互いに争っている間に、少しでも先へ進む。目指すはワカメの中心。そこにコアがある。


『ガアアッ!』


 純白の体躯は、ワカメにまみれていてもよく目立つ。点々と存在する大銛烏賊や特銛烏賊は、嵐のなかでちょうどいい目標になった。

 HPが残りわずかなものは、できる限りトドメを刺しながら進む。ワカメを止めたら、それらを回収して解体しなければならない。


「よいせっと。あともう少しだな」


 烏賊の眉間に槍を突き立て、透明感のあった白い体が少し濁るのを見届けて飛び退く。直後にワカメが叩きつけられ、飛沫が飛んできた。


『レッジさん、大丈夫ですか!?』

「なんとかな。もうすぐ止められそうだ!」

『それは良かったんですが――』


 心配したのかレティがTELをかけてくる。ワカメの上を走りながら応じると、彼女は何やら呻くように言う。


「どうかしたのか?」

『おそらく、この辺りの環境負荷がかなり高まっています。早くしないと、〈猛獣侵攻スタンピード〉が起きちゃいますよ!』


 原生生物を短期間に大量に乱獲する。地形に激甚なダメージを与える。そういった環境そのものに多大な負荷をかける行為を続けると、自然の修正力とでも言うべき力が働く。どこからか大量の、強大な原生生物が大量発生し、調子に乗った調査開拓団を飲み込むのだ。

 今では管理者たちによるモニタリングでだいたいの〈猛獣侵攻〉は事前に発生を予見できるようになっているが、流石に原始原生生物を暴れさせたのは不味かった。

 はやくワカメを止めなければ、ただでさえ混沌としている緑の海が更に大変なことになる。


「うおおおっ、待ってろあともう少しで――」


 幾重にも立ちはだかるワカメを乗り越え、いよいよワカメの中心へと迫る。槍を握る手にも自然と力がこもる。その時。


『レエエエエエエエエエッジ!!!!!! 今、どこで何してるんですか!』

「おわっ、ウェイド!? ちょっ、わっ!?」


 突如脳内に直接遠慮なく容赦なく響き渡る怒声。それがウェイドのものと気付いたのと、管理者故のコール音すらない強制通信であることを知ったのはほぼ同時だった。しかし、その一瞬の動揺が命取りだ。

 肩が跳ね、槍先が鈍る。瞬間、心臓部を狙われていることを知ったワカメのカウンターが迫る。空中に飛び出していた俺は、それを避けられない。


「グワーーーーーーーーーッ!!!!!」

『あ、あれ? レッジ、大丈夫ですか? あの、お取り込み中、でしたか?』


 珍しく怯えた様子のウェイドの声。雲を突き抜けるような勢いで吹き飛びながら、久々に聞いた彼女のか弱い声に思わず笑う。


「……とりあえず、あとは任せた」

『あとって何ですか!? ちょっ、意識落ちてませんか!? レッジ? レッジ!!?』


 薄らぐ意識とぼやける視界の中、俺は見た。

 原始のワカメの核を喰らう巨大な丸い口。極太の触腕が無数の茎を束ねて千切り、ヒレが叩きつける。海中の奥底から現れた――自然の修正力の権化。純白に光り輝く、巨大な烏賊。


『全調査開拓員に告ぐ。第一開拓領域〈オノコロ島〉第六開拓領域〈剣魚の碧海〉暴嵐海域にて重大な〈猛獣侵攻スタンピード〉が発生。管理者により、これを激甚災害と指定。迅速な事態鎮静化に向けた作戦――〈特殊開拓指令;暴嵐に輝く白光〉を開始する』


━━━━━

Tips

◇詳細不明存在

 〈剣魚の碧海〉暴嵐海域にて発生した重大な〈猛獣侵攻スタンピード〉にて出現を確認された、超巨大生命体。通信監視衛生群ツクヨミによる広域偵察によると、最低でも体長2000mを超える。八本の長大な触腕と思われる器官を持ち、それを合わせた全長は3000mを超えると推測される。

 その他の情報については全て不明。迅速な調査が求められる。

“ポァアアアアアアアッ!!?!“――指揮官T-1


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る