第1445話「波を割る快船」

 SCSをぶん取ったクチナシによって、クルーザーは波間を割るように走る。俺は次々と送られてくるワダツミとウェイドからのメッセージに、アンチスコーププログラムを送ってウィンドウを閉じ、目の前のことに集中した。


『レッジ、どこに向かえばいい?』

「酒のツマミになりそうな魚が泳いでるところ……と言いたいところだが、俺ももう〈釣り〉スキルは持ってないしな」


 以前は取っていた〈釣り〉スキルも、他のスキルに圧迫されて泣く泣く手放してしまった。当然、レティも持っていないため、そもそもぶっつけ本番で海に出たはいいものの、魚を釣る手段がない。


「ヴァーリテインを満足させる大きさが必要だからな。となると……」

「イカ釣りがいいでしょうね」


 レティも俺が当てにしているものを察したらしい。

 〈剣魚の碧海〉の遠洋には、巨大なイカが大量に生息しているエリアがある。海越えの際には手強い障害として立ち塞がったものだが、今ならさほど苦労することもないだろう。

 クチナシにポイントを教えると、海図と重ねて経路を割り出す。とはいえ、ほとんど障害らしい障害もない大海原だ。ほぼ最短距離を突っ切る形で、船はさらに速度を上げた。


「ヒューッ! 海を走ると気持ちいいですねぇ」

『ほんとはもっと速く走れる。やっぱり本体で来た方が良かった?』

「いや、流石にそれは大変だろ」


 船の性能はエンジンやらプロペラやらといったパーツに左右されるが、SCSの能力によっても大きく変わる。エンジン出力の微調整やらルートの選定やらは、全てSCSが行っているからだ。

 その点、クチナシはSCSの中でも非常に高性能な部類に入る。初めて運転する小船も完璧に乗りこなし、カタログスペック以上の速度を安定して発揮させている。それでも本人は満足できていないようで、本体――調査開拓用装甲巡洋艦クチナシであればもっと速度が出せると訴えている。


「〈ナキサワメ〉から〈ワダツミ〉まで海路で移動するとなると、かなり時間もかかりますからね。そもそも嵐が酷すぎてそこを乗り越えるだけでも大変ですよ」

『嵐くらい、へっちゃらだもん』


 麦わら帽子が飛ばないようにつばを握りながら、ワダツミは唇を尖らせる。船の気持ちはさすがに全て分かる気がしないが、彼女はこのクルーザーにライバル意識を抱いているらしい。


「クチナシは頼りにしてるよ。今回も来てくれて助かった」

『うふふ』


 彼女の肩を叩く。突然現れた時は驚いたが、やはり彼女が運転する船なら安心感もある。


「レッジさん、そろそろ海獣のエリアに入りますよ」

「よし、気を付けつつ一気に駆け抜けるぞ」


 ワダツミ近海とは言えない程度の距離までやってくると、水深もかなり深くなる。広大な海中を悠々と泳ぐのは、大型の海棲生物だ。

 クチナシが船に搭載されたセンサーを用いて周囲を警戒する。


『レッジ、大きい影が近づいてくる』

「レティ、頼む!」

「任せてください!」


 ハンマーが掲げられたその時、目の前の水が大きく隆起する。大量の海水を押し除けて急浮上してきたのは、巨大なトドだ。大きく太い二本の牙を見せつけ、四対八本の鰭を広げて飛び上がる。

 それが勢いよく船へ食らいついてきたところを、レティのハンマーが迎え撃つ。


「うぉおおおおおおおおっ! 『フルスイング』ッ!」

『グォオオオオオオオオオオッ!!!』



 真正面からの一撃。トドの鼻っ柱を折り砕くような激烈な一打。それは巨獣の顔面にめり込み、衝撃は尾鰭の先端まで勢いよく貫く。

 だが、それで終わらない。


「『フルブースト』『パワーチャージ・解放』ッ!」


 トドの体重とレティの打撃力が拮抗する。その瞬間にレティは立て続けにテクニックを発動させる。一時的に筋力を増強させ、さらに事前に溜めていた力を解放する。生み出された破壊力は乗数倍となってトドに叩き込まれる。


「てりゃああああああああいっ!」

『グモォオオァアアアアアアアアッ!?』


 レティの激しい声が、トドの数百トン規模の巨体を弾き飛ばす。

 悲鳴を上げながら大空へ飛び出すトド。


「クチナシ、落下地点へ!」

『あいあいさー!』


 即座にクチナシは弾道計算の応用で、トドの落下地点を推定。そこに向けて船を移動させる。船首に片足をのせたレティは、すでに準備を整えていた。

 空高く飛び上がり、翼を持たぬ故に落ちるしかないトド。その落下地点に合わせ、ハンマーを構える。


「咬砕流、八の技――『撲チ鳴ラス心臓』ッ!」


 両者の速度が合わさって、瞬間的な相対速度が爆増する。それを全て、余すことなくダメージへと変えて、渾身の一撃。

 心臓を叩く力強い拍動の如き一打。

 心臓を止める、とどめの一撃。


「せいやぁっ、はぁあああああっ!」

『ゴボォアアアアッ!?』


 大質量と大質量。両者が激突した瞬間激しい圧力が周囲に広がる。船はクチナシによってなんとか体勢を保つが、海が一瞬凹む。その衝撃は、トドの全身の骨を木っ端微塵に砕いた。


「一丁あがりです!」


 ずおおおおおっ、と水飛沫を上げながら海に落ちていくトドを背後に、レティが清々しい笑顔で親指を立てる。トドも脂肪の塊だ。すぐに浮き上がってくることだろう。


「このあたりの原生生物なら余裕そうだな」

「当然ですね。ちょっと物足りないくらいです」


 さすがに〈剣魚の碧海〉の原生生物も、レティには遅れを取ってしまう。俺は彼女の衰えぬ強さに感心しつつ、ぷかぷかと浮かび上がってきたトドの腹に飛び乗って解体を始めた。


「ヴァーリテインはトドも食べるかね」

「なんでも食べるでしょう。むしろ食べないものあるんですかね」

「それもそうか。っと、こんなもんだな」


 トドを解体し、船倉に積み込む。船旅の利点は、インベントリに余裕がなくとも船に積み込んでおける点にある。冷蔵設備なんかも充実しているから、品質もそんなに落ちないしな。


「よし、クチナシ。出発してくれ」

『あいあいさー!』


 彼女のマイブームなのか、クチナシは元気よく声をあげて船を進める。

 やがて向かう先に黒雲が立ちこめ、霧めいた湿った風が吹いてくる。


「ここから先は海も荒れる。クチナシ、気を付けて進んでくれ」

『まかせて』


 あの嵐の下に、俺たちが求めるイカがいるのだ。


━━━━━

Tips

◇轟然のシスパイル

 〈剣魚の碧海〉に生息する巨大なトドに似た原生生物。食欲旺盛で、動くものはなんでも食べる。食べた後に無害か有害かを判別する。

 その強靭な肺活量から凄まじい大声を発し、周囲を威嚇する。

“轟くトドってわけだな”――レッジ


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