第1444話「呼ばれた船」

 〈ワダツミ〉の港湾区画から海に乗り出すには、当然だが船が必要だ。漁師のような生活をしている調査開拓員ならば自前の船を持っているはずだが、俺たち〈白鹿庵〉は蒼氷船の存在もあり、自家用船を持っていない。


「というわけで、船をレンタルしたいんだが」


 やって来たのは港湾区画にある船舶管理事務所。ここで金を払えば、色々な船をレンタルすることができる。カウンターに詰めていた上級NPCに要件を伝えると、彼は早速端末を操作して、貸し出せる船のリストを――。


『しょ、少々お待ちください』


 すぐに用事は終わるかと思ったのだが、何やら様子がおかしい。NPCの青年は困惑した様子で何度か端末を叩き、首を捻る。更には〈ワダツミ〉の中枢演算装置にまで何か確認を取ったのち、こわごわと口を開いた。


『あのぉ。調査開拓員レッジさんには〈ワダツミ〉船籍の船をお貸しできないことになっております』

「え?」


 彼の言葉に目を丸くする。船舶管理事務所の船は、基本的に誰でもいつでも金さえ払えば借りられるはずだ。そこに制限が掛かると言う話は今まで一度も聞いたことがない。それはおそらく、向こうとしてもそうなのだろう。前代未聞の出来事に、彼も落ち着きなく目をパチパチとさせている。

 待合室の方にいるレティを見ると、何やら雑誌を読んでいる。詳しく話を聞く時間はあるだろう。


「管理者、〈クサナギ〉はなんと?」


 事務所はいわゆる公共施設。その管理は中枢演算装置〈クサナギ〉が行っている。ワダツミに直接話を聞ければいいのだが、あいにく彼女の姿は見えない。


『レッジさんにはすでに所有船舶があるため、そちらを使うようにという指示です』

「所有船舶?」


 更に首を捻る。

 俺は船など持っていないはずだが。

 というか、そもそも船を自前で持っていたとしても船舶管理事務所で別の船を借りることはできるはずだ。排水量数千トン規模の大艦船を持っている人物も、たまには動力のない木舟に揺られたいと思うことがある。


『より詳しくは、これは〈クサナギ〉からの指示というよりは、船からの主張のようでして』

「船からの主張……?」


 それはどういうことだ、と尋ねる前に、突然事務所の奥の扉が開いた。STUFF ONLYと書かれたドアの向こうから現れたのは、見覚えのある麦わら帽子を頭に乗せた少女だ。


「クチナシ!? どうしてここに……」

『ん。お船に乗りたいなら、私が必要』

「〈ナキサワメ〉にいるはずじゃ……」

『コンシェルジュシステムだけこっちに転送してきた』


 得意げに鼻を鳴らす少女。どうから彼女が、俺が船を借りるのを妨害していたらしい。

 調査開拓用装甲巡洋艦クチナシ。彼女はその第十七番艦を管理するコンシェルジュシステムだ。元々は広大な〈怪魚の海溝〉を渡るため、その後は〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層の宇宙を進む宇宙船として活躍した。今はまた船舶としての改装を済ませ、〈ナキサワメ〉のドックで休んでいたはずだ。


『最近全然来ないから、何してるのかと思ってた。浮気者』

「浮気て」


 〈怪魚の海溝〉で船を乗り回すなら、たしかにクチナシ-17を使っていただろう。しかしここは、〈ナキサワメ〉から遠く離れた〈ワダツミ〉の海だ。わざわざクチナシ型を持ってくるのも大変だ。

 そう思って説明するも、クチナシは納得のいかないような顔だ。


『大丈夫。標準SCSが搭載されてる船なら、私が運転できる』


 何が大丈夫なのかも分からないが、彼女の言いたいことは理解できた。

 どうやら自分以外の船に乗るのは許しがたく、それならば船自体を自分が運転しようという発想に至ったらしい。クチナシの本体はSCSだ。つまりデータであり、管理者と同じように遠隔地の補助機体に転送することで瞬間的な移動も可能となる。

 クチナシは俺が船を借りようとしているのを察知して、わざわざこちらまで来たらしい。


「なんか、サラッと船舶管理事務所のシステムに介入してないか?」

『レッジを見つけるため。改竄なんかはできない』


 そりゃ、書き換えの権限を与えるわけにもいかないだろう。クチナシもSCSだが、そもそも参照権限を持っていること自体驚きなのだ。……うん? あれ?


「あー、クチナシさん。その、船舶管理事務所のシステムに介入するときに、なにか鍵とか使ったか? もしくは管理者に話を通したとか」

『レッジが残してくれたハッキングツールを使った。おかげで誰にもバレずにゆっくりとレンタルシステムを閲覧できた』

「……ははっ」


 俺のせいじゃないか。

 クチナシのSCSは元々高規格のモジュール集合体として実装されていたが、俺がそこに追加のプラグインを突っ込んだ。中にはちょっと、ウェイドたちにバレると面倒なものもあった。ちょうどいい隠し場所くらいにしか思っていなかったのだが、どうやらクチナシはそのうちのひとつを使っていたらしい。俺が“スコープ”と呼んでいる、システム監視ツール。秘匿通信を傍受し、その内容を解析、ついでに傍受の痕跡を偽装する一連の動きを自動処理するプログラムだ。

 〈ナキサワメ〉のドックで暇を持て余していたクチナシは、それを使って船舶管理事務所のシステムをハックしていた、と。


「レッジさん、よく分かりませんけど、なんか大変なことしてます?」

「うおっ!? そ、そんなことは……」


 いつの間にか背後にレティが立っていた。どうやら騒ぎを聞きつけたらしい。なぜ目の前にクチナシが立っているのか、詳しい説明をしろと目で語っている。

 カウンターの受付君も困った顔だ。ざわざわと事務所内のプレイヤーも異変に気づき始めた。


「クチナシ、標準SCSの付いてる船なら運転できるんだな?」

『うん。レッジの作ったダミーモジュール型――』

「あああ、全部言わなくて良いから! えっと、標準SCS搭載の船舶リストを出してくれ」


 慌ててクチナシの口を塞ぎつつ、受付に注文を出す。すぐにリストが選定され、俺は一番上に表示されていた船をノールックで選ぶ。


「これ、これ貸してくれ!」

『かしこまりました。それでは、規約の確認を――』

「大丈夫だから!」


 船の係留位置と起動キーだけ教えてもらい、逃げるように事務所を飛び出す。俺に抱えられたクチナシは、何が楽しいのか笑顔で麦わら帽子を抑えている。


「ちょっと、レッジさん! 詳しい話を聞かせてください!」

「とりあえず船に乗ってからだ!」


 遠くの方からサイレンが近づいてくる。

 いくら“スコープ”を使ったとはいえ、その後でクチナシは事務所のNPCに介入している。流石にこれは、いくら偽装していても〈クサナギ〉が気付く。


『Stooooop!!! レッジさん、待ちなさい!』

「すまん、ワダツミ!」


 ゾロゾロと警備NPCを引き連れてやってくるワダツミを拝みながら桟橋から船に飛び乗る。


「クチナシ、出航だ!」

『あいあいさー。SCS書き換え中だよ』

「うおおおおっ。早くしてくれ!」


 桟橋をワダツミたちが駆ける。クチナシが船に搭載された標準SCSにアクセスし、その制御権を奪取する。エンジンが唸りをあげ、プロペラが超高速で回転。船首が大きく浮き上がる。


「レティ!」

「えいっ!」


 レティが船首に向かってジャンプ。転覆しそうなところを間一髪でバランスを取り戻し、小船は勢いよく海を駆ける。水面を跳ねるようにして、港湾区画を飛び出した。


『レッジさーーーーんっ!! ウェイドを呼びますよっ!』


 桟橋のギリギリまで追いかけてきたワダツミが、拳を振り上げる。俺は両手を合わせて、深々と謝罪した。


「……とりあえず、謝罪用のアンチスコーププログラム作っとこうか」


 広がる海を眼前に、俺はウィンドウを開き、船縁に腰掛けてキーボードを叩き始めた。


━━━━━

Tips

◇SCS-クチナシ-17による船舶管理事務所管理システムハッキング事案

 SCS-クチナシ-17に搭載されていたシステム通信傍受プログラムにより、船舶管理事務所管理システムがハッキングされていた。SCS-クチナシ-17によるシステムへの直接的介入まで事態が発覚しなかったものの、長期間にわたって通信内容は露見していた可能性が高い。これを受けてシード01-ワダツミ中枢演算装置〈クサナギ〉は、再発防止策としてアンチスコーププログラムの開発を計画中。


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