第1442話「ボロ蒸留機」

 ヨモギの純粋毒を使うことで、赤霧のハミバミから安定して赤酔結晶を手に入れられるようになった。そんなわけで、俺はしばらくレティとヨモギにも手伝ってもらいつつ、ハミバミ狩りを続けた。


「レッジさん、こんなにたくさん集めて何にするんですか?」

「全部売ればそれだけでひと財産築けそうなレベルですね、師匠!」


 テントを使えば、わざわざ〈ワダツミ〉に戻って物資の補充をする必要もない。俺はレティの腕力に頼って、ざっと2000個ほどの赤酔結晶を掻き集めた。俺もヨモギも腕力はほぼなきに等しいため、荷物持ちを任せてしまっているのは心苦しいが、彼女はむしろ率先して運んでくれている。

 とはいえ結晶の使途については気になるようで、リュックの肩紐を握ってこちらを窺う。


「赤酔結晶は水につけるだけで強力な酒が作れる。それがまた独特の風味があって、合う人にはとことん合うらしいが……」


 クリムゾンクリスタルという名前の酒は、かなり度数が高く味にも独特のクセとも言えるものがある。人を選ぶが、選ばれた人には深くまで突き刺さる。結晶自体の入手困難さもあいまって、愛好家からは高値で取引されている。


「ヨモギ、純粋毒は蒸留やら分離やらを繰り返したって言ってたよな」

「はいっ。師匠のために頑張りましたよ!」

「ちょっとレッジさん、まさか……」


 レティは俺のここまでの言葉だけで何か予感したらしい。瞳に疑いの色が滲む。


「酒は百薬の長ってな。この赤酔結晶を使って、めちゃくちゃ濃い酒を作れないか?」

「お酒ですか。やったことないですけど……〈調理〉スキルの領分なのでは?」


 ヨモギの疑問も最もだ。〈調理〉スキルは食品アイテムの製作を担当している。その中には食べ物以外にも、飲み物も含まれている。ジュースやコーヒーなどと並んで、酒もそのスキルで作られることがほとんどだろう。

 しかし、〈調剤〉スキルもまた人の口に入り、人体に影響を与える物を作るという意味では非常に似通っている。実際、薬草酒などには〈調剤〉スキルのレベルが完成品の品質に影響することもあると聞く。

 そんな話をヨモギにすると、彼女も大きく頷いた。


「なるほど! そういうことなら、頑張ってみます!」

「うぬぬぬ……。れ、レティだってお酒くらい」

「酒の密造は犯罪だぞ。ここはヨモギに任せた方がいい」


 ヨモギに対抗意識を燃やすレティをなんとかなだめる。彼女にはハミバミ探しで十分助かっているのだから、ここは適材適所で進めたい。


「できるだけ濃いお酒を作ればいいんですか?」

「そうだな。それでいて味も良いと嬉しい。ただのアルコールだったら結晶のままでいいわけだし」

「むむむ。難しいですが、頑張ります!」


 一応聞いてみると、ヨモギは飲酒可能なリアル年齢ではあるらしい。


「むふん、ヨモギの方がお姉さんなんですよ!」

「ふぎぎぎぎっ」


 なぜかレティが煽られていたが。まあ、FPO内で酒を飲んで酔っ払う分には法律の影響も受けないからな。レティもここでなら大樽を数十個積み上げるレベルで呑める口だ。


「それで、そんなに濃いお酒を作ってどうするんです? もしかして、誰かに盛ったり……!」

「まあ似たようなもんだ」


 冗談半分だったのだろう。言った側であるレティが耳を立てて驚く。


「れれれ、レッジさん!? 嘘ですよね! あっ、た、確かにレティはお酒に強いですけどぉ」

「なんでレティに盛るんだよ。いくら飲めるからと言っても、あんまり飲まない方がいいのには変わりないんだ」

「ぬぅ」


 クネクネと身を揺らしながら頬を抑えていたレティの言葉を軽く打ち返す。そんな、年端もいかない少女に飲酒を強要するような悪い大人になったつもりはない。


「じゃあエイミーですか、ネヴァですか!」

「なんで二人が出てくるんだ?」

「だって、大人の女性といえばその二人ですし」


 どうやらレティの中では二人が大人の女性の筆頭となっているらしい。たぶん、実年齢で言えばラクトも同じくらいのはずだが。たぶんタイプ-ゴーレムの大柄な体格に引かれているのだろう。


「ネヴァは詳しく知らないが、多分俺より年下だろ」

「そういえばレッジさん何歳なんです?」

「さてなぁ。1000を超えてからは数えてなくて」

「エルフですか!」


 実際、年齢はよく分からん。いや、調べれば普通に分かるが、肉体的に年齢らしさとかも実感がないしな。正直あまり興味がない。年齢おじさんである。


「レティも俺くらいになると、自分の年齢が分からなくなってくるよ」

「そんな……」


 中年の悲しい現実を教えてやると、レティは顔を青ざめさせる。

 ヨモギは成人していると言っていたが、実際にはどのくらいだろう。FPOはあまり外見から中の人の年齢を推察しにくいからな。ラクトのようなタイプ-フェアリーなんかが顕著だ。


「というか、年齢とか20超えるともうあんまり気にならなくなるからなぁ」

「うぅ。現実は物悲しいものですね」

「先輩後輩みたいな上下関係が薄れるのは良いかもしれんぞ」


 などという話をしつつ。俺たちは〈ワダツミ〉近郊の住宅街にある別荘へと戻ってきた。


「それじゃあ、早速蒸留してみますね」

「おう。よろしく頼む」


 到着早々、ヨモギが蒸留設備を使って赤酔結晶からクリムゾンクリスタルの精製を始める。使うのは長いガラス管がクネクネと入り組んだ、物々しい蒸留機だ。火と水とその他諸々を調節しながら、結晶化したアルコールを溶かしていく。


「って、ちょっと待ってくださいよ! なんで当たり前のようにヨモギがウチで作業してるんですか!」


 倉庫に赤酔結晶以外のアイテムを収納しに行っていたレティが、突然大きな声を出す。


「なぜと言われても、前に設備一式を整えたからだな」

「ヨモギさん、〈白鹿庵〉のメンバーじゃないですよね!?」

「蒸留設備は俺も昔使ってたからな。その場で作れるならそっちの方がいいだろ」

「うぬぬぬ」


 尻尾を振り振り作業を始めるヨモギ。どうせ作られた酒はこちらで使うのだから、ここでやってもらった方が効率がいい。そんなことを伝えると、レティは納得したような、していないような、複雑な表情だ。


「ここは〈白鹿庵〉のガレージなのに」

「すまんな、レティ」


 悲しそうに肩を落とす彼女を見ると、少し勝手にやり過ぎたと思う。


「あー、そうだ。それじゃあ、レティの好きな部屋を一つ増設するか?」


 懐には余裕があるし、敷地にも空きはある。〈鎹組〉にはちょこちょこ農園の増設や改築を頼んでいるから、そのついでに頼んだらやってもらえるだろう。レティもフィールドに出ていることがほとんどだが、役職としてはサブリーダーだ。私室の一つくらいあってもいいかもしれない。

 そう思って提案すると、彼女がぴょこんと跳ねるようにこちらを向いた。


「いんですか!?」

「え、ああ。レティには日頃から世話になってるしな」

「ぬふふ……。わかりました。それじゃあ考えておきます!」

「おお……」


 何やら、一変して意味深調な笑みを浮かべるレティだった。俺はちょっとまずい取引をしてしまったような、そんな予感に苛まれる。


「師匠、ちょっとここのバルブ抑えてもらっていいですか?」

「それくらいならレティがやりますよ。どこですか?」

「あ、ここです。おおー! やっぱり腕力特化は力が強いですね!」

「ふふんっ! そうでしょうそうでしょう!」


 装置のあちこちから蒸気が漏れ出し、ヨモギの方も大変そうだ。元々俺が使っていた設備で、普通に古いものだからな。新しいものに変えようかとも思っていたのだが、ヨモギはなぜか「これがいい」と強く主張してきたのだ。


『アンタ、帰ってきてたなら一声掛けなさいよ』

「おお、カミル。ただいま」


 わちゃわちゃと騒いでいると、奥からカミルがやって来る。


『それで、何やってるの?』

「ちょっと酒を作ってるんだ。蛇が酔い潰れるようなやつ」

『はぁ?』


 俺の説明を聞いたカミルは、眉を上げて胡乱な顔をこちらに向けた。


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Tips

◇加熱式蒸留装置

 〈調剤〉スキルで使用する生産設備。液体を気化させ、冷却することで純度を高めたり、混合溶液を分離したりすることができる。


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