第1440話「無防備な眠りに」

 レティとヨモギを引き連れて向かった先は〈奇竜の霧森〉だ。しかし、〈丸呑み倶楽部〉のテントなどがあり、賑やかになっている中心部からは外れた場所へと向かう。木々の密度と霧が濃くなっていくなか、レティたちは元気よく歩いている。


「レッジさん、気を付けてくださいね。霧森とはいえ、レッジさんのステータスじゃ致命傷もあり得ますから」

「それを言ったらレティも同じじゃないですか?」

「レティは鍛えてるので大丈夫なんです!」


 例えヴァーリテインと遭遇してもなんとかなるとは思うのだが、レティは妙に張り切った様子で周囲を警戒してくれている。


「うひひっ。お、おほっ。このアンプルも痺れがいい感じですね。ほほっ」


 隣ではヨモギが腕にアンプルを突き立てながら恍惚とした表情を浮かべている。ドーピング状態での行動が基本だという彼女は、町から一歩外に出た瞬間からこうして薬で自身を強化していた。


「レッジさん、アレが一番の危険です。やっぱり森の奥においていきましょう」


 薬液を体内に注入して体を細かく震わせるヨモギ。そんな彼女の姿を見て、レティがあからさまに警戒心を見せる。

 実際のところ、セルフドーピングを行っている際のヨモギは、ちょっと勘違いされそうな感じはある。一応、当然のことながら法律に引っ掛かるようなことはシステムレベルでできなくなっているはずだが。


「なんですか、その変態を見るような目付きは」

「鋭いですね。正解ですよ」


 ウサギと犬のじゃれあいが続く中、俺たちの歩みも順調に進む。


「さあ、着いたぞ」

「着いたって、ここは……」


 程なくして森を抜け、俺は目的地へと到着する。レティが話を中断し、周囲を見渡す。二人とともに森の木々をかき分けてやって来たのは、オノコロ高地の上層と下層を隔てる断崖絶壁。その麓だった。


「ここをしっかり見るのも久しぶりですね」

「いつもは飛行機でひとっ飛びだからな」


 ほぼ垂直に立ちはだかる硬い岩壁。はるか高くに、俺たちが初めて入植を果たしたオノコロ高地が広がっている。初めて降りた時は大変だったが、今では立派なシャフトも整備されており、航空網も発達しているため、ほとんど障害にもなっていない。

 そんなわけで、〈ワダツミ〉からも遠いこの辺りは、今ではすっかり閑散とした場所になっていた。


「それで、こんなひとけの無いところで何をするつもりですか?」

「何、ちょっとした実験だよ。たしかこの辺りに……」


 崖伝いに少し歩けば水場が見つかる。崖に入った亀裂から水が漏れ出し、地表部に貯まっているのだ。ここは原生生物たちがよく訪れる場所であり、狩人たちの狩場でもあった。

 ここに罠を仕掛けておけば高確率で獲物が掛かるということで、俺もちょくちょく利用していた。


「まず、この水場に毒を流す」

「いきなりヤバいですね」


 これも調査開拓活動の一環なので問題はない。

 ヨモギの開発した無色毒は問題なく水の中へと混ざっていく。ここはじんわりと染み出した水がまたじんわりと染み込んでいくような水場だから、それなりの間、毒も残っているはずだ。


「それで、この後はどうするんですか?」

「そうだな」


 興が乗って来たのか、レティが前のめりになっている。俺はインベントリからアイテムを取り出しながら答えた。


「テントを建てて、寝るぞ」

「ええ……」


 露骨に肩を落とすレティ。とはいえ、今は真っ昼間だ。そもそも水場に原生生物がやって来ないと意味がない。テントを建てて、そこで眠り、時間を飛ばすのがいい。


「師匠と一緒にお昼寝というわけですね! ヨモギ、一緒のベッドがいいです!」

「はぁっ!? ちょ、何言ってるんですか!」


 ぱんっ、と勢いよく手を上げたヨモギに、レティが目を剥く。

 テントのアセットとして設置できるベッドには、任意の時間まで意識を飛ばす効果がある。それと〈罠〉スキルのマーカー類をうまく使えば、罠に獲物がかかった時に起きるというアラームを設定して睡眠を取ることができるのだ。


「どう考えても、そこはレティでしょう! サブリーダーですよ!」

「愛弟子に決まってます!」


 どっちがベッドを取るかという、よく分からない内容で言い合いを始めるレティとヨモギ。賑やかな二人を尻目に、俺は用意していた寝袋を三つ、テントに並べる。


「ほら、一人ひとつだ。好きな色を選んでいいぞ」

「あっはい」

「まあ、そうですよね」


 赤青黄色。どれでもより取り見取りというやつだ。なんなら、〈白鹿庵〉の人数分プラスで三つほど用意しているから、別の色も準備できてる。

 そう語ると、なぜか二人とも急にスンとした顔で、それぞれ寝袋を選んだ。


「それで、何を狩るんですか?」

「それは起きてのお楽しみってやつだな」


 芋虫のように寝袋へ入り、早速入眠する。VRゲームはこういった入眠がスムーズなのも特徴の一つだろう。そもそも寝ながらゲームをプレイしているようなものだからな。


「それじゃ、おやすみ」

「お、おやすみなさい」

「おやすみなさい!」


 寝袋内部で起床時間をアラームの発信と同期して入眠する。寝入る間際、ヨモギとレティが何やらモゾモゾと動いているのが見えたが、もはや抗うこともできずに俺は意識を落とした。


━━━━━


「……。ちょ、ちょっと狭いですからね、仕方ないですね」

「密着したいならそう言えばいいじゃないですか。師匠は別に拒まないと思いますよ」

「何を言っとるんですか! って、そういう貴女だって密着しすぎでは!?」

「モデル-ハウンドは体温高めなので。師匠を温めるのも愛弟子の役目ですよ!」

「そんな設定知りませんよ! ていうかレティだってライカンスロープなんですけど!」

「五月蝿いですねぇ。師匠が起きちゃうじゃないですか」

「うぎぎぎっ」


━━━━━

Tips

◇寝袋

 キャンプアセットの一つ。テント内での快適な眠りを提供するコンパクトな寝具。装備すると任意の時間まで睡眠休憩を取ることができる。睡眠中はLP回復速度が上がるが、防御力が下がる。


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