第1439話「無色透明な毒」

「へぇ。それで今、検証班が森に集結してるんですね。レッジさんも行けばいいのに」

「俺は検証班じゃないからな。クラピアに情報は渡したんだから、あとは向こうが勝手にやるだろ」


 俺が流した情報を元に、クラピアたちはグラットンスネークの育成検証を見直した。エネミーの気持ちを理解するということがなかなか難しいようで、いまだに大きな進展はなさそうだが、ここから先は俺が教えられることでもない。

 〈ワダツミ〉の別荘に戻った俺は、庭先で育てているサボテン――普通のサボテンの世話をしながら、レティの言葉を受け流す。


「トーカもまた闘技場に入り浸ってるみたいですし、みんな自由ですねぇ」

「人に強制されても面白くないだろ。俺たちは俺たちのやりたいようにやるだけさ」


 領域拡張プロトコルの進捗を目指すなら、〈塩蜥蜴の干潟〉の先を目指すのが先決だろう。ブログの方にはレヴァーレン育成や首なし巨人に関する情報提供の要望も山のように寄せられている。

 とはいえ、今の所はそれよりも農園の植物の手入れを優先したい。


「そうですよ。レティだってご飯食べるの好きですけど、食べろって言われるのは嫌でしょう」

「それはそうですけど……。なんで平然といるんですか、ヨモギさん」

「愛弟子ですから!」

「あんまり自分のこと愛弟子って言わないですよ!」


 サボテンの世話をしている間、レティはいつの間にか庭に入ってきていたヨモギと仲良くなっている。彼女もユカユカの一件以降、ちょくちょくとガレージまでやって来るようになったのだ。今では進入権限も与えているので、普通に敷地内に入って来れるようになっている。


「レッジさん! なんでこんな部外者に許可与えてるんですか!」

「いやぁ、トーカと仲が良さそうだったしな。レティも友達になっただろ?」

「レッジさんは蛇の気持ちの前に人の気持ちが分かるようになった方がいいと思いますが!」


 ぶんぶんとハンマーを振り回すレティに、ヨモギもニコニコとして軽やか避ける。対人戦が得意なヨモギは、レティの間合いを完璧に把握して、ギリギリの回避を続けていた。


「ヨモギには農園も手伝ってもらってるからな。俺がいない時でも入って来れるようにしといた方が色々便利なんだよ」

「農園!? ヨモギが死んじゃいますよ!」

「大丈夫ですよー」


 別荘の隣に立つ農園は最新鋭の耐爆構造で構築された頑丈な温室だ。中にはそれなりに取り扱いが難しいものも多く、俺とカミル以外は基本的に立ち入り禁止となっている。

 しかし、ヨモギは毒と薬のエキスパートだ。高い〈調剤〉スキルも持っているということで、毒草、薬草の類の扱いに関する相談役として招いた。


「レティと違って雑じゃないので」

「誰が雑ですか!」


 実際、彼女の実力はかなり高い。少し扱いを間違えれば爆発するような植物も、注意事項さえしっかり伝えておけば危なげなく扱うのだ。


「うぅぅぅ。レティだって、レッジさんの相棒なんですけど!」

「ヨモギは愛弟子ですけどね。ま、な、で、し♡」

「うぎぎぎぎっ」


 ぴょんぴょんと庭を駆け回るレティたち。今日は天気も良く、波も穏やか。素晴らしく平和な日だ。


「あ、そうだ」

「ほぎゃっ!?」


 楽しそうに追いかけっこをしていたその時、突然ヨモギが立ち止まり、レティがその背中に鼻先をぶつける。うさぎは急には止まれないらしい。

 ともあれヨモギは気にした様子もなく、尻尾をゆるく振りながら、何やらインベントリを弄る。


「新しい毒ができたので、ちょっと見てもらえませんか?」

「おお。そりゃ楽しみだ」

「何を物騒な会話してるんですか……」


 ヨモギが取り出したのは小瓶に詰まった無色透明の液体。彼女が〈調剤〉スキルを使って開発した、新しい毒だ。それこそうちの農園で育った毒草の成分が使われているはずだ。


「見た目はただの水ですね。とろみとかもなさそうですし」

「それどころか、匂いも刺激もありませんよ。飲んでもまず気づきませんし、意識レベルが一定以下にならないと効力が出ないので、深い眠りについた後で死にます」

「めちゃめちゃ物騒ですね!?」


 自慢げに語るヨモギの言葉に、レティが耳をピンと立てる。俺が彼女に頼んでいたのは、純粋な毒だ。その定義自体は彼女に任せたのだが、まさかこんなものが出て来るとは。

 ヨモギから小瓶を受け取り、光に透かしてみる。


「なるほど。本当に水みたいだな」

「濃縮と希釈をめちゃめちゃ繰り返しました。おかげでかなりの自信作に仕上がりましたよ」


 ぽよん、と胸を揺らしながらヨモギが笑う。


「そんなもの、いったいどうする気ですか? 完全に暗殺用の毒ですけど」

「そんな物騒なことはしないさ」


 何か目的があってヨモギに毒の作成を依頼したわけではない。むしろ出来上がったものを見て、どのように使えるか考えるのを楽しむためだ。

 たしかに無色透明無味無臭、さらに刺激もなく、眠るまで効力も発揮されないともなれば、暗殺用となるだろう。食事に混ぜれば簡単に人を殺せる。まあ、調査開拓用機械人形を人と言っていいか、という疑問はあるが。


「生物にも機械にも効く毒なのか?」

「一応、機械にもある程度は。ただ基本は生物用ですね」


 調査開拓員のような機械にも効く機械毒と、生物に効く生物毒という二種類が存在する。大抵は――機械人形が人間をよく模していることもあって――両者に影響を与える毒の方が多いが、どちらに効きやすいかという程度の差はある。

 ヨモギが作ってきた無色毒は生物向けにカスタマイズされているらしい。

 毒の使い道といえば狩りや調査開拓活動になるため、当然と言えば当然だ。


「うん。これはちょっと使えそうだな」

「本当ですか! やったぁ!」


 ぴょこんとウサギのように飛び跳ねて喜ぶヨモギ。彼女に毒の代金を渡し、どこか不満げな様子のレティの方へ顔を向ける。


「な、なんですか。まさかこの毒を煽れと……」

「そんなわけあるか。ちょっと付き合ってくれ」

「ひょえっ!? も、ももも、もちろんですよ!」


 無色毒の使い道を考えたので、早速それを検証したい。俺はレティとヨモギを連れて、出かける準備を始めた。


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Tips

◇ピュアポイズン-β299

 “純粋”を求めた毒物。無数の毒性物質を緻密に混合した合成毒。外見は無色透明。無味、無臭、無刺激。粘性も水と同等で、ほとんど水のようにしか認識されない。

 服毒者の意識レベルが一定以下に落ちた際に効果が発揮される。そのため、眠ったのちに自覚なく死に至る。


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