第1438話「良き隣人と」

 クラピアと名乗った少年は、〈丸呑み倶楽部〉に所属する解析者だ。とはいえ〈丸呑み倶楽部〉は非バンド組織と呼ばれる緩いプレイヤー間の集まりで、解析者も自称すればその日からなれる程度のものである。

 だが目の前に現れたタイプ-フェアリーの少年は、すぐに素性に納得させるだけのインパクトを与えてきた。


「直近の論文は『グラットンスネークに与える食物の成長に与える影響の観察』で被引用数が75です。近著には『森の蛇の生態』の第五巻、『〈丸呑み倶楽部〉会報』の定期コラムなどがあります。趣味はグラットンスネークに指を齧らせることで、少しずつ自分が削ぎ落とされていくスリルが堪らないですね」

「お、おう……」


 どこまでも真面目な顔で、クラピアは一息に言い切った。つまるところ、彼も生粋の変人ということだ。

 分厚いガラスの嵌ったゴーグルを額に押し上げ、青い瞳でこちらを見上げている。


「レッジさん、お噂は予々。お会いできて光栄です」

「どんな噂か気になるが……。とにかく初めまして」


 挨拶もそこそこにクラピアは身を乗り出すようにして迫る。交わした手をぎゅっと握ったまま、全く離れない。


「レヴァーレンの進化、とても興味深く拝見しました! あの鍛錬には不明な点も多く、僕も色々と試行錯誤しているんですが、なかなか再現には至らなくて。そこでさっきのレッジさんの発言です! 『あんなことしても、グラットンスネークは喜ばないだろうに』とはいったいどう言うことですか!?」

「うお、おお……。とりあえずちょっと落ち着こうか」


 マシンガンのように捲し立てられると、答えられることも答えられない。

 スネークが気を利かせて、クラピアの両脇に腕を差し込んで引き剥がしてくれた。「離せハゲ!」「研究のためのリサーチを邪魔するな!」「蛇に踏まれて死ね!」とクラピアもジタバタともがくが、タイプ-フェアリーとタイプ-ゴーレムの体格差は如何ともし難い。というかスネークも「蛇に踏まれて死ぬなら本望だ」と引けを取らない変態だ。

 クラピアはスネークに担がれ、俺たちは場所を移す。というか、ここは〈奇竜の霧森〉というフィールドなので、俺がテントを広げてゆっくり話せる場所を整えた。


「これがレッジさんのテントですか。なるほど、聞きしに勝る変態っぷりですね!」

「〈丸呑み倶楽部〉に言われるとは思ってなかったよ」


 接客用のテントは言うほど変態でもないだろうに。

 とりあえず適当に飲み物と茶菓子を出し、二人をもてなす。テーブルの上が落ち着いたタイミングで、改めて話に戻った。


「さてと。グラットンスネークが喜ぶか否かって話だったな」

「そうです! グラットンスネークの感情表現というのはどこを見ればわかるようになるんでしょうか!」

「さあ、俺にも分からん」


 大量の砂糖を紅茶に溶かしていたクラピアが、身を乗り出して迫る。俺が首を横に振ると、きょとんとしていた。


「え、えっと……どういうことですか?」

「なんと言えばいいのか。グラットンスネークと接してたら、なんか喜んでるなぁとか、怒ってるなぁ、とか分かるだろ。そこから訓練の内容を修正していって――」

「その感情の理解ができないんですよ! さっきの試行錯誤迷走っぷりは見ましたよね?」

「ああ、まあ。なんか大変そうだなとは思ったが」


 会ってからずっとテンションの高いクラピアに少々距離を取りつつ。

 てっきり彼らは検証班だからこそ、一律の扱い方でどのように検体が変化するのかを確かめようとしているのかと思っていた。しかし、実際のところは違うらしい。


「なあ、レッジ。お前はグラットンスネークが何を考えてるのか分かるのか?」

「んなわけないだろ。相手は蛇だぞ」

「……っ!」


 スネークの問いに即答すると、彼のスキンヘッドに血管が浮かぶ。いや、煽ったわけではなく。実際、グラットンスネークの感情の機微など分かるはずがない。犬猫ならまだしも、相手は爬虫類だ。表情筋なんてものもない。


「それでもまあ、尻尾振ったり体を揺らしたり、頭を動かしたり。何かしら動いてるわけだろ。それを見てれば単純な喜怒哀楽くらいはなんとなく伝わってくるもんだろ」

「…………なるほどな」


 俺の弁明に、スネークとクラピアは真剣な表情で考え込む。そんなに難しい話ではないと思うんだが。種族を問わず嫌ならば嫌そうにするし、嬉しいなら嬉しそうにするものだ。

 俺の考えを聞いたスネークが、おもむろに口を開く。


「レッジは、NPCとの交流を図るのも上手いよな」

「そうか? まあ、そうかもな」


 管理者たちとこれだけ密接になっているのを鑑みると、そこを否定するわけにもいかない。だが俺以外にもNPCとの友好を深めているプレイヤーはごまんと居るはずだ。


「おそらくはそこだろう。俺は、というかほとんどのプレイヤーはNPCを心のどこかではNPCと思ってる。しかし、レッジはNPCもPCも分け隔てなく接する。更に言えば、エネミーにもその態度は崩れないんだろう」

「はぁ? ちょっとスネーク、何を言って――」

「何言ってるんだよ、スネーク。そんなの当たり前だろ」


 腰を浮かせたクラピアが、俺を見て固まる。何か変なことを言っただろうか。

 俺たち調査開拓員。ウェイドたち管理者。カミルのようなNPC。そしてグラットンスネークのようなエネミー。そこになんの違いもない。惑星イザナミという舞台に立つ、プレイヤーの一人だ。

 であるならば。俺はウェイドに敬意を持って接するし、カミルに恩を感じている。グラットンスネークは、興味深い存在だろう。


「……異常だ」


 クラピアが小さく呟く。

 まあ、その程度で発憤するほど余裕がないわけではない。


「というか、やっぱりスネークたちは違うんだな」


 俺がNPCに対して感じるようなことを、他のプレイヤーはあまり感じない。その事実は薄々伝わっていた。レアティーズのようなNPCとスケルトンの下級NPCを同列に扱うことは、やはり珍しいことなのだろう。

 ましてや、NPCとエネミーでは。

 理屈は分かるが、やはり納得はし難い。


「グラットンスネークを鍛えたいなら、その気持ちを理解するのが第一歩だろ」

「簡単に言いますね」

「簡単なことだ。思いやりの心があればいい」

「道徳の授業ですか?」

「似たようなものだ」


 ウェイド、カミル、グラットンスネーク。イザナギ、ミート、レティ。

 そこに何か違いはあるのか。引くべき線は存在するか。

 全ては結局、そう言う話だ。


「騙されたと思ってやってみればいいさ。騙してるかもしれないぞ」

「……無数の検証から真実を掘り出すのが僕たちの仕事ですからね。やってみせますよ」


 青い瞳の青年が、ムキになったようにこちらを見上げる。別に無理難題を押し付けているわけではないのだが。ともあれ、これが彼の閉塞を打開するヒントになれればいい。


「隣人と程よく付き合うだけでいいんだぞ」

「それが一番難しいんだ」


 コーヒーを飲みつつ言うと、スネークが軽く肩をすくめて笑って見せた。


━━━━━

Tips

◇エネミー

 惑星イザナミに生息する原生生物。調査開拓団に対して敵対的、もしくは利用価値のある存在。調査開拓員による討伐、捕獲、調査、資源獲得の対象となる。


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