第1437話「蛇バトル」
「おおー、よちよちよち。かわいいでちゅねぇ〜〜〜♡ ガラガラだよ〜ガラガラガラ〜♪ ほーら、あ、食べちゃダメだよ。こうやって遊んで――あっ、ぶっ壊れちゃったねえ〜♡ 力持ちだねぇ〜♡」
「行くぞマックス! 俺と一緒に筋トレして、最強のヴァーリテインを目指そう! ああっ、待て、まずは腹筋からおっふ♡ し、締め付けるなっ!」
「あー! 困ります! 困りますドラグーン! それはまだ食べちゃダメあああーーーっ! 困ります! ドラグーン困りますドラグーン!!!」
FPO日誌を更新し、数日後の〈奇竜の霧森〉。様子を見にやって来た俺たちの目に飛び込んできたのは、数日前とは見違えるほどに賑わう森の光景だった。あちこちの木々に首輪で縛り付けられたグラットンスネークが居て、彼らを調査開拓員たちが思い思いの方法で育成(?)している。
ガラガラやお手玉といった玩具で遊ばせようとして破壊される者、一緒に筋トレをしようとして胸骨を圧迫される者、とりあえず何か食べられている者。三者三様のアプローチを試しているようだが、グラットンスネーク側は基本的に食欲のままに暴れ回っている。
「すごいことになってるな」
「誰のせいだと思ってるんだよ」
思わず呟くと、隣に立つ禿頭の大男――スネークがじろりと睨む。今回こうやって連れてこられたのも、この男に来いと言われたからだ。〈丸呑み倶楽部〉の会長としては、この状況をどう受け止めたものか苦悩しているらしい。
「乱獲してるわけじゃないんだろう? だったら放置でいいんじゃないか?」
「注目が集まったことでレヴァーレンの取り合いが発生してるんだ。そのせいでいっそグラットンスネークの段階から育てようという流れになって、この惨状だ」
「惨状って」
自然発生する貪食のレヴァーレンは、フィールド全域で同時に3体まで。それがフィールドの負荷許容限界なのか、俺たちの目に見える範囲なのかは分からないが、とにかくそういう制限がある。
ジョナサンの一件以降、俺たちと同様にレヴァーレンを鍛えようとする調査開拓員が現れたものの、三匹というキャパシティの少なさは如何ともし難い。そんなわけで、なければ育てればいいじゃないの方針は割合すぐに発想されたと言う。
実際のところは見ての通り、育てようと思ってもなかなか難しいみたいだが。
「単純に餌を与え続ければいいってもんでもないらしい。その場合は太りすぎて動けなくなって餓死してしまう」
「難儀な生態だなぁ」
グラットンスネークは一生を通じて飽くなき食欲の衝動に突き動かされる。同族すら食う獰猛さを持ち、常に何かを食べながら次に食べるものを探している。だからこそ、グラットンスネークの時点ではフィールド上に常に数千匹はいるとされている彼らが、レヴァーレンでは三匹、ヴァーリテインに至ってはただ一匹になるほどの熾烈な生存競争が発生するのだ。
逆に言えば、その生存競争に勝たなければグラットンスネークはレヴァーレンに成長できない。ただ餌を与えられるだけでは、肉体の研磨が行われないため、次の段階へと進めないのではないか、というのが検証班の見解のようだった。
というわけで、今度は餌を与えつつ肉体的にも鍛えようということになったのだが……。これもまた難しい。
「対人戦と対エネミー戦の勝手が違うように、グラットンスネークもフィールドでエネミー同士争うのと調査開拓員とスパーリングするのは違うらしくてな」
スネークが木の幹に飼い主を叩きつけているグラットンスネークを一瞥しながら言う。
調査開拓員とばかり戦うグラットンスネークは、調査開拓員特化の戦闘能力しか養われない。それではやはり、レヴァーレンにはなれないらしい。
「じゃあ、グラットンスネーク同士で戦わせたらいいんじゃないか?」
「そう考えられて、あれができた」
彼が案内してくれたのは森の奥にぽっかりと切り開かれた広場。そこに木組みのステージが置かれていた。頑丈な柵に囲まれて、櫓が二つ置かれている。
「いけえ!!! やれっ、右だ! 右――うわあああっ!?」
「よっし! いいぞペペロンチーノ2世! そのままタックル――そっちじゃねええええっ!」
ずいぶんと賑わっている様子のそこでは、二匹のグラットンスネークが争っている。それぞれの櫓に立つ調査開拓員が飼い主なのだろう。懸命に声をかけているようだが、正直、ステージ内の蛇たちは全く意に介していない。ただ自分と相手だけの世界でお互いに噛み合っている。
「……これなら捕獲した方がいいんじゃないか」
「そうだよなぁ」
相棒が言うことを聞いてくれない、そもそも主従関係が成り立っていない。正直に言ってしまえば、随分と悲惨な光景だった。そもそも、こういうバトルがやりたければ、グラットンスネークを〈調教〉スキルで手懐けてペットにした方がよほどいいだろう。
スネークも薄々気づいているようで、なんとも言えない表情で肩をすくめる。
一言で言ってしまえば、彼らは迷走していた。
「もっと言えば、レヴァーレンを謎の巨人に進化させる方法もまだ分かってない。再現すらできてないのが現状だ。お前だけじゃなく、トーカちゃんやヨモギちゃんのとこにも人が殺到してるんじゃないか?」
「そうらしいな。俺たちも条件がよく分かってないのは一緒なんだが」
「それでも成功させたのは事実だからな。手がかりのヒントだけでも見つけたいってのが解析班の熱望なんだろ」
FPO日誌の方も普段からありがたいことにコメントはたくさん寄せられているが、今回はそれに輪をかけて検証班らしきプレイヤーからのコメントが多かった。内容としてはレヴァーレンの修行の内容をもっと詳細に、できれば映像か画像付きで、という要望が多かった。しかし、俺もこんな展開になるとは思っていなかったから、記録らしい記録もほとんど撮っていないのだ。
「――とまあ、ここまでが現状だ」
「それで、俺に何をさせたいんだ?」
今回こうして連れてこられたのは、ただ森の異変を見せつけるためだけ、というわけでもないだろう。スネークにも何かしらの意図があるはず。彼自身それを隠すこともなく、素直に頷く。
「我が〈丸呑み倶楽部〉にも検証班のプレイヤーがいてな。そいつがどうしてもお前と話したいと言ってるんだ」
「なるほど。まあ、話すくらいならいいけどな」
どうやらこの辺りで待ち合わせしていたのだろう。スネークが人を探すように周囲を見渡す。
「勝者、GS003!」
「うおおおおおおっ!」
「ぺ、ペペロンチーノ2世ッッッ!」
ちょうどその頃、ステージの方では勝敗が付いたらしい。客の歓声と一人の慟哭が森に響き渡る。
「あんなことしても、グラットンスネークは喜ばないだろうになぁ」
「うん? そりゃどういう――」
思わず溢れた言葉にスネークが反応する。だが、彼の声に被せるように、下方から若い声が聞こえた。
「それ、どういうことですか!」
「うおっと!?」
予想外の方向からの聞き慣れぬ声に驚き仰け反る。目を下に向けると、そこにはタイプ-フェアリーの、まだあどけなさを残す少年が立っていた。好奇心に満ちた輝く青い瞳をこちらに向けて、ぐいぐいと迫ってくる。
「おお、クラピア。来たな」
誰だと尋ねる前にスネークが彼の名を呼ぶ。
どうやら、彼が〈丸呑み倶楽部〉の解析者のようだった。
━━━━━
Tips
◇ガラガラ
振ると音がなるおもちゃ。幼体の原生生物のストレス値を軽減させる。
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