第1434話「無頭の巨人現る」

 スネークの声を受けて、俺たちは急いで件のレヴァーレン、ジョナサンの元へと向かう。時間が惜しいということで、ウェイドが管理者専用機に乗せてくれたため、機内でスネークから詳しい話を聞き出すことになる。


「実際に見てもらうのが一番早いんだが……。簡単に言うと、ジョナサンが進化した」

「進化?」


 突拍子もない言葉だ。俺もレティ、ウェイドも首を傾げている。

 そもそも進化というのは、某有名ゲームの影響もあって勘違いされているというところまでが周知の通りだが、生物が世代を重ねるなかで形質を徐々に変化させていくことだ。ジョナサンが子を産んで、その子に何かしらの変異があったとすれば、まあ苦しいが進化と言えなくもないが。


「言葉の綾だよ。とにかく、ジョナサンの様子がおかしいんだ」

『そろそろ目的の座標付近ですよ』


 もどかしそうなスネークは、やはり見てもらった方がいいと説明を諦める。管理者専用機は素晴らしい敏捷性で森を飛び越え、巨大な倒木が目印のジョナサンの棲家へと急接近した。

 機体の窓から下を見下ろす。一見すると何ら変化のない森のようだが――。


『オデ……ハ……ッタ……ク……ノ……』

「うん?」


 何か、専用機のけたたましいローター音に紛れて、声のようなものが聞こえたような。


「レッジさん、何か聞こえましたよ!」

「レティもか」


 タイプ-ライカンスロープ、モデル-ラビットの耳もそれを拾っていた。

 レティが赤い髪を振り乱し、困惑顔で窓に張り付く。

 その時、


『オデ、ノ、メシィィィイイイイッ!』

「ほわーーーーっ!?」


 バリバリと倒木が砕ける。もうもうと土埃が舞い上がる中から巨大な影が隆起する。小山のような巨体を揺るがし、それは空に向かって憤怒の声を突き上げた。

 現れたのは黒々とした巨躯。筋骨の隆々とした肉体をモサモサと茂る黒い剛毛で覆っている。爛々と輝く目、大きな口にびっしりと並ぶノコギリのような牙。長い尾が巨木を薙ぎ払い、無数の腕が周囲に伸びる。


『メシ、メシ、メシィィィイイッ! ハラ、ヘッタ……オデ、ハラ、ヘッタ!』


 細長く伸縮する腕が無造作に森の中へ突っ込まれ、木陰に隠れていた小獣を鷲掴む。それは溶鉱炉に鉄鉱石を流し込むように、次々と肉を喰らう。

 黒色の体躯に剛毛、光る両眼、無数の腕、飽くなき食欲。それら全ての要素が、貪食のレヴァーレンに一致していた。にも関わらず、俺たちはそれがジョナサンであるとは認められなかった。


「な、な、なんですかあれは!?」


 レティが悲鳴を上げる。

 その声に気づいた――というよりは専用機のローター音を聞きつけたのだろう。の顔がこちらに向く。

 黒々とした肉体は蛇の細長さを捨て、分厚く幅広になっている。巨岩のような威圧を放つ人型だ。長い尾と全身の剛毛、そのが異彩を放つ。

 頭のない巨人。胸に目を、下腹に口を持つ異形の巨人。

 ジョナサンの巣から現れたのは、そんな怪物だった。


「だから進化と言っただろ! あれは変態とかそういう次元じゃない!」


 スネークが、それ見たことかと吠える。彼の懊悩は正しかった。口頭で説明されただけで、あのビジュアルにはどうやったって繋がらない。実際に目の当たりにしなければ、信じることもできない。

 それはこちらに目を向けていた。敵意を孕んだ目だ。それは口を弓のように曲げていた。獲物を見つけた愉悦の笑みだ。

 それは言葉を解している。それは俺たちを見ている。それは腹を空かせている。


「ウェイド、距離を取れ!」

『っ!』


 咄嗟に、反射的に、思考を経ずに叫ぶ。ウェイドの操作で専用機が大きくバランスを崩し、ほぼ直角まで傾きながら急激な離脱を図る。重力さえ巻き込んだ、ほとんど墜落に近い緊急回避。

 その結果、


『クイモノ、クイモノォオオオオッ!』

「あっぶ……っ!?」



 窓の至近を黒い爪が掠める。その風圧を受けただけで機内に強い衝撃が伝わった。

 ジョナサン(仮)は俺たちを捕食しようと腕を伸ばしてきた。それだけでこれほどの被害だ。あちこちでダメージが発生したのか、コックピットではアラームが何重にも鳴り響いている。


『レッジあなた、何したんですか!』

「何って、ただ鍛錬してただけだよ。というかスパーリングは基本的にトーカの役目だった!」

『それだけで蛇が巨人になりますか!』

「知らないんだよ、本当に!」


 激昂するウェイドに、俺も無実を主張する。こればっかりは俺は何も知らない。ただテントを立てていただけなのだ。


「原因を争ってる暇はないんじゃないですか。あれがバリテン村に向かったら被害も甚大ですよ」


 レティの一声で、俺とウェイドも口を噤む。

 今するべきはジョナサン(仮)の調査だ。というか、今の時点でかなり敵意を露わにしているから、討伐命令が出てもおかしくない。


「うおおおおおっ! レッジさん、アレを倒すなら、私に任せてくださいっ!」

「うおっ!? トーカ!? ていうかなんで翼に!?」


 窓の外から声がして、外を覗くとトーカが専用機の翼に張り付いていた。予想外のところから予想外の人物が登場し、機内は騒然となる。


「何やら大変なことになっているという噂を聞いて、地下闘技場から飛んできました。そうしたら音速機が空中分解したので落下していたら、偶然ここに」

「何がどうなってるんだよ全く!」


 トーカの説明を聞いてもよく分からないが、とりあえず彼女は文字通り飛んできたらしい。なんとも、とりあえず死ななくて良かったとしか言えない。


「あれがジョナサンならば、我々の育て方に責任があるということ。私が対処するのが筋でしょう」

「そりゃそうかもしれないが……」


 ジョナサン(仮)は今も猛追を仕掛けてきている。次々とやってくる黒い腕を、専用機に搭載されたミサイルやらレーザーやらでなんとか対処している状況だ。それも当然だが長くはもたない。

 トーカ一人では少し荷が重いだろう。


「トーカ、正気ですか!」


 レティも彼女のことを心配してか、窓を叩いて叫ぶ。


「よく見てください。あれは首がないんですよ!」

「え、そっち?」


 ラクトがぱちくりと瞬く。

 まあ、確かにあの巨人は首がなくて胴体に顔のパーツがくっついているが……。


「問題ありません!」


 トーカは高速飛行を続ける専用機の翼にしがみ付いたまま堂々と頷く。


「胴に顔があるということは、腰が首ということですから!」

「え、そういうこと?」


 再びラクトが首を傾げる。

 ツッコミは二人に届かない。


「バックアップは頼みましたよ! 私に続いてください!」


 トーカは俺たちの返事を待たず、機翼から飛び出す。


「ウェイド、扉を開けてくれ!」

『ちょっ、高すぎますよ!』

「かまわんっ!」


 トーカ一人に任せるわけにもいかない。

 俺はウェイドに無理を言って専用機から身を投げ、トーカの後を追いかけた。


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Tips

◇ステップディア

 広く森林部に分布する原生生物。鹿に似た外見をしており、その肉は食用にされる。角は雌雄共に短く、木々の乱立する森の中を機敏に駆ける。


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