第1433話「進化する魔蛇」

 〈奇竜の霧森〉に管理者専用機が飛び込んで来たのは、俺たちがバリテン村で優雅なアフタヌーンティーを楽しんでいる時のことだった。タラップが開き切る前にウェイドが飛び出してきて、ツカツカと俺たちの方へとやってくる。

 二つの回転翼を備えた大型のティルトローター機が木々を薙ぎ倒して現れたせいで、周囲のテントからも騒ぎを聞きつけた調査開拓員たちが顔を覗かせていた。


「あれ、ウェイドじゃないか。奇遇だな、こんなところで」

『何が奇遇ですか! また何かやらかしましたね!』

「俺が? 特に心当たりは……」


 ないと言えば嘘になるというか、ありすぎて困るというか。しかし迂闊に口に出してしまえば藪蛇にもなりかねない。

 俺は口をつぐみつつもテーブル上のスタンドから、木苺のパイを一切れ皿に移してウェイドに渡す。


「まあ、とりあえず座ろうか。紅茶もあるぞ」

『……。そこのチョコレートケーキもください』

「ウェイドさんも丸くなりましたねぇ」


 いそいそと俺の隣に用意した椅子に腰を下ろすウェイドを見て、レティが相好を崩す。管理者機体が物理的に太ったわけではないのだが、言わんとしていることは分かる。

 銀髪の管理者はさっそくフォークを使ってパイを大きく切り分け、元気よくパクつく。紅茶には上質な白い角砂糖を20個入れて、ニコニコだ。


『って、そうじゃないですよ! 管理者を懐柔しようなどと、悪辣な手段を取るようになりましたねレッジ!』

「いや、俺はもてなしただけなんだが……」


 結局、彼女はしっかりパイ二切れとチョコケーキ三ホールを食べ切って、紅茶も堪能した後で我に返る。ナプキンで口元を拭きながら、ウェイドは急襲の理由を口にした。


『〈奇竜の霧森〉のレアエネミー、“貪食のレヴァーレン”に心当たりは?』

「ジョナサンのことか?」

『そういえば、調査開拓員レベルではそのような愛称で呼ばれているようですね。とにかく、その個体に何か変なことしませんでしたか?』

「変なことねぇ……。特に思いつかないが」


 俺が記憶を探って首を傾げると、胡乱な顔をしたレティとラクトと目があった。


「どう考えてもアレでしょ」

「レッジさんってナチュラルに自分の所業に無自覚ですよね」

「ええ……。いや、でもアレは俺が主導したわけじゃ」

『心当たりがあるなら素直に吐きなさい』


 その方が身のためですよ、とウェイドが脅してくる。

 ……というか、今日の彼女はなぜかうっすら日に焼けていて、肩に日焼けの跡まで残っているのだが、何があったのだろうか。


「俺じゃなくて、トーカがな。ジョナサンを鍛えてるんだ」

『トーカさんが? ジョナサンって、原生生物を? 鍛える?』


 お前は何を言っているんだと言わんばかりの目。俺だって、変わったことを言っている自覚はある。しかし事実なのだからしかたない。

 先日の実験で、『ドラゴンキラー』の効果が実証されたと共に、トーカが持ってきたタールビーの巣をレヴァーレンに食べさせることで身体能力を増強させられることが分かった。

 それ以降、彼女はジョナサンを鍛えることにやり甲斐を見出したようで、ずっと彼と戦っているのだ。


『つまりレッジは関与していないということですか』

「おう。なんでもかんでも俺のせいにされちゃ困るな」

『日頃の行動を省みてから言ってください。――とはいえ、こちらも短絡的すぎましたね。浅慮をお詫びします』

「いいさ。異変があったから飛んで来てくれたんだろ」

『その原因にならないように気をつけてくれ、と言っているんです』


 はっはっは。

 ジト目を笑いで華麗に交わし、紅茶を飲み干す。クッキーもなかなか美味しかった。


「さて、じゃあ俺はそろそろ……」

『ちょっと待ちなさい』

「えっと」

『座って』


 自然に抜けようとしたのに、ウェイドはそれを許さない。椅子を示され、専用機から降りてきた警備NPCたちにも周囲を取り囲まれている。


「なんだよ。俺は関与してないぞ」

『本当ですか? トーカは〈白鹿庵〉の構成員ですし、そもそもリーダーとして一定の責任はあるのでは?』

「うちは自由な雰囲気を重んじてるからな。誰が何をやろうととやかく言わないようにしてるんだ」

『なるほど。――そういえば、件のレヴァーレンの巣の付近に偽装テントが見つかったのですが』

「何っ!? ちゃんと片付けたはずだぞ!」


 突然の宣告に思わず腰を浮かす。そして、銀髪の間から覗く青い瞳が妖しく光ったのを見て、思わず舌を巻いた。


『まんまとかかりましたね! 嘘ですよ、事前調査などしていません!』

「くっ、卑怯な!」


 ウェイドは俺を嵌めた。ブラフを使って、カマをかけたのだ。今更そのことに気づいても時既に遅し。自分から供述してしまった時点で、俺の負けだ。


『洗いざらい吐いてもらいましょうか! ええっ?』

「それが管理者のやることかよっ!」

『誰かさんのおかげで随分鍛えられましてねぇ!』


 拳を太ももに打ち付ける。項垂れる俺の肩を、ウェイドがわざとらしくポンポンと叩いた。


「……なんですか、この茶番」

「とりあえず二人とも楽しそうでなによりだよ」


 レティとラクトだけがアフタヌーンティーを続ける中、俺はウェイドにジョナサン強化計画の詳細を訥々と話し始める。

 事の発端は、やはり先日の一件だ。そこでタールビーの巣を食べて回復したレヴァーレンを見て、俺とトーカはあることを思いついた。レヴァーレンを鍛えて育てて、饑渇のヴァーリテインにする。そんなことができれば、もっと楽しいことがおこるのではないか。

 むしろ、グラットンスネークの段階から生育を始め、人為的かつ安定的にレヴァーレン、ヴァーリテインを育てることができれば。

 原生生物の家畜化そのものは珍しいことではない。〈牧牛の山麓〉に棲む牛型原生生物が代表例だが、〈飼育〉スキルを使うことでペットとはまた別の形で原生生物を育てることができる。

 とはいえ、家畜化できるのはあくまでノンアクティブ。つまり気性の穏やかな種類に限られる。生態的に凶暴なグラットンスネーク一族を管理下に置くのは難しい。俺たちがやろうとしているのはあくまでレヴァーレンの人為的なヴァーリテインへの育成だ。戦い、鍛え、エサを与え、成長を促す。

 元々はトーカのもっと歯応えのある敵と戦いたいという欲求を叶えるためのアイディアだった。いないなら、育ててしまえばいいじゃない、ということで。


『バカなんですか、あなた達は!』


 ジョナサン強化計画のあらましを聞いたウェイドが立ち上がって目を吊り上げる。


『今すぐ中止です! 該当のレヴァーレンは討伐してください!』

「ええー。もう結構育ってきたんだぞ」

『それで調査開拓員に影響が出てるって言ってるんです!』


 たしかにそれは申し訳ない。一応看板なんかも立ててはいるのだが、そもそもフィールド上のエネミーに所有権は発生し得ない。〈丸呑み倶楽部〉が巣を記録して見守るのとは訳が違う。


『あなた一人が勝手に馬鹿をやって自滅するのは別にいいです。いや、良くないですけど。ともかく、他の調査開拓員の活動を妨害する行為は認められません』

「申し訳ありません……」


 ぐうの音も出ない正論だった。俺は思わず膝をそろえて深々と頭を下げる。

 ウェイドは、分かったならさっさと始末してこい、と俺に命じる。


「ま、今回ばかりはやり過ぎましたね」

「わたしたちも止めればよかったよ」


 レティたちが慰めてくれるが、責任があるのは俺とトーカだろう。その責任をもって、ジョナサンを始末しなければならない。彼にも申し訳ないことをした。せめて苦しむことなく――。


「おおおーい! レッジ、ちょっと大変だ!」


 槍を手に腰を浮かせたその時。

 突如、村の奥から焦ったような男の声がする。振り向けば、禿頭に蛇の刺青の厳つい男がドタドタとこちらへ走りながら大きく手を振っていた。


「スネーク!? どうしたんだ」

「ジョナサンが大変なことになってるんだ! とりあえず、来てくれ!」


 今まさに話題に上がっていたレヴァーレンの名前に、俺たちは思わず顔を見合わせる。そして、逡巡している暇もなさそうだと察して、慌ただしく走り出した。


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