第1432話「晴天の霹靂」
管理者の業務は多岐にわたる。そもそも都市管理のためにわざわざ開拓司令船〈アマテラス〉から投じられるシードに中枢演算装置〈タカマガハラ〉という非常に大規模なコンピュータが含まれていると言うことは、それを前提とした業務量で設計されているという事実に他ならない。
それは地上前衛拠点スサノオであっても、海洋資源採集拠点ワダツミであっても大差はない。
その日も、海洋資源採集拠点シード01-ワダツミの管理者であり、中枢演算装置〈タカマガハラ〉の外部活動機体であるワダツミは管理者業務に邁進していた。
『ウェルカム! 〈シスターズ〉へようこそ、調査開拓員各位! ご注文をプリーズ!』
「ワダツミちゃんの特製塩バター海鮮焼きそばに愛情マシマシで!」
『OK! 少々お待ちくださいねー!』
〈ワダツミ〉の街中にある小ぶりな喫茶店。そこは管理者が調査開拓員との交流を深めることを目的に開設された〈シスターズ〉という店だった。ワダツミも管理者として、シフトの時間には可愛いフリルのメイド服を着て接客に当たっている。
各都市に一軒は〈シスターズ〉の支店が置かれており、彼女自身も他の店で働くことはある。しかし、身内贔屓というわけではないが、やはり〈ワダツミ〉店での業務の方が身に力が入るのは仕方のないことだった。
〈ワダツミ〉店限定メニューの特製塩バター海鮮焼きそばの調理を、店に勤務するメイドロイドに指示しながら、ワダツミはお冷をお盆に乗せてテーブルへ運ぶ。この程度なら自動運搬ロボットに任せてもいいのだが、そもそもの目的である調査開拓員との交流を蔑ろにするわけにはいかない。
『Wow! ペケポンさん、今日も来てくれたんですね!』
テーブルに着いたのは、ワダツミもよく知る常連客の一人だ。ワダツミ推しを公言している調査開拓員であり、普段は海をメインフィールドとして活動しながら、彼女がシフトに入ったタイミングでは欠かさず訪店してくれている。
「ワダツミちゃんの顔見ないと、1日が始まらないんだよ。あ、これ、昨日釣った酒鮫なんだけど、そっちで使ってくれない?」
『
インベントリから出てきたのは、総重量100kgを優に超える鮫だ。アルコール臭を放つ赤ら顔で、特殊な内臓器官で珍酒を醸造するという特徴を持つ。ワダツミは常連客からの差し入れをありがたく受け取り、感謝を伝える。
「そういえば、ワダツミちゃん。最近〈奇竜の霧森〉が噂になってるんだけど、知ってる?」
『what’s?』
管理者機体の性能にものを言わせて巨大鮫を運ぼうとするワダツミに、ペケポンが何気ない様子で声をかける。〈奇竜の霧森〉は〈ワダツミ〉近郊に位置するフィールドということもあり、彼女も管理者として注視している。しかし、そのような噂レベルの話はまだ把握できていないことの方が多い。実際、彼女は心当たりがなく首を傾げて振り返る。
「なんでも妙に強い“貪食のレヴァーレン”が現れたとかでね。もう10人くらいが返り討ちに遭ってるんだ。おかげで、そろそろ討伐隊が組まれるって話だよ」
『hmm……。レヴァーレンはむしろ保護されているエネミーのはずですが』
「そうなんだよな。――これは本当に噂なんだけど」
レヴァーレンは現在の調査開拓団の戦力平均からすれば、弱い部類にはいる。だからこそ、積極的な乱獲はせずに保護していこうという気運も高まっているのが現状だと、ワダツミはそう把握していた。
眉を寄せる管理者の耳元に、ペケポンはそっと口を寄せて囁く。
「なんでも、おっさんがレヴァーレンを鍛えてたって話なんだ」
『おっさん……。もしかして、レッジさんのことですか?』
「ああ。ワダツミちゃんならおっさんとも連絡取れるだろ? だから、ちょっと調べてもいいんじゃないかと思ってね」
『
キラリと目を光らせるワダツミ。それを見てペケポンも喜ぶ。推しが喜ぶことが我が喜びという、健全なファンの鑑であった。
『感謝の印に、焼きそば大盛りにしておきますね!』
「え゛っ」
キッチンの方から自動配膳ロボットがやってくる。その背中には寿司桶のような巨大な皿。そこに出来立ての特製塩バター海鮮焼きそば(大盛り)が載っている。見た目は非常に美味しそうだが、問題はその量だ。鮫を取り出してスッキリしたインベントリが、再び重量ギリギリになる可能性があった。
『愛情たっぷり注ぎます! Love♡Love♡キューン!』
ファンとは。
推しの喜びが我が喜びである者のこと。
推しからもらった料理を残すことなど、言語道断であった。
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管理者の業務は多岐にわたる。そもそも都市管理のために以下略。
地上前衛拠点シード02-スサノオの管理者ウェイドは、植物型原始原生生物管理研究所内のサンルームにフォールディングチェアを広げ、サングラスでアイカメラを保護しつつ、機体の紫外線除去スキンの実証実験とカフェテリアの新開発商品であるブルーサワーオニオンドリンクの試飲をしている最中だった。
『はー、まったく。レッジがしばらく大人しいとこれだけ余暇――じゃなくて本来の業務に専念できるとは。ふむ、このドリンクも少し刺激は強いですがなかなかいけますね。あとは甘みをもう少し足した方が良いでしょうが……』
優雅な日光浴の最中のようにも見えるが、それはあくまで外見上の話。今もウェイドの本体たる〈タカマガハラ〉は稼働しており、都市経済やインフラといった業務を支えている。
ウェイドがパチンと指を鳴らすと、リボンで飾り付けされた近衛NPC〈護剣衆〉の一機がテクテクとやって来て、焼きたてのバターたっぷりクッキーを差し出す。ウェイドはそちらの品質確認業務も行いつつ、じんわりと熱を帯びる機体に思わず口元を緩めていた。
その時だった。
『ウェイドーーーーーーーーーッッ!』
『ほぎゃーーーっ!? な、なんっ、ワダツミ!? なんですか突然!?』
突如として頭の中に直接呼びかける声が響く。驚きチェアから飛び上がるウェイドが周囲を見渡すが、〈護剣衆〉がひとり静かに立っているだけで、あとは優雅な南国風の音楽がサンルームに流れている。
ウェイドは“体内”へと意識を移し、声の主が〈ワダツミ〉にいるワダツミのものであることを確認した。
管理者は専用回線を用いて、リアルタイムに通話を行うことができるのだ。
『休憩中のところ申し訳ないですが』
『べっ、べべべ別に休憩とかしてませんけど!?』
『……。〈奇竜の霧森〉で要注意事項が確認されました。つきましては、ウェイドにも確認を行ってもらいたく、連絡します』
『要注意確認事項? 〈奇竜の霧森〉はワダツミの管轄でしょう。私は新製品の確認に忙しいので――』
『調査開拓員レッジの関与が疑われています。ぜひ、よろしくお願いします』
『ほぁああああああっ!?』
調査開拓員レッジ。調査開拓団の要注意人物。最近なりを潜めていたはずの彼が、なぜ、どうして、突然〈奇竜の霧森〉に? 一瞬にして弛んだ空気は霧散し、緊張が走る。音楽に合わせてフラダンスのように体を揺らしていた〈護剣衆〉がレッジの名前だけで装備を展開する。
ウェイドをそれを慌てて抑えながら、ワダツミが共有してきた情報を確認する。
『は、なっ。原生生物の強化鍛錬!? あの人はまた、何をやってるんですか!?』
サンルームに管理者の悲鳴が響く。
ウェイドは急いで水着を脱ぎ、いつものワンピースに着替える。全身がうっすらと日焼けし、肩に日焼けの跡が覗くのも構わず、彼女は急いで管理者専用機体を要請するのだった。
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Tips
◇特製塩バター海鮮焼きそば
シード02-ワダツミの〈シスターズ〉で限定販売されている特製焼きそば。管理者ワダツミがその商品開発段階から関わっており、自慢の新鮮な海鮮をふんだんに用いた特別な一品に仕上がっている。
最後に管理者の愛情を忘れずに。
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