第1435話「認識を改めて」

 首なしの巨人となったジョナサンに、トーカが果敢に切り掛かる。大太刀・妖冥華を鞘から引き抜き、空中から自由落下しながらの抜刀術。


「『迅雷切破』ッ!」


 一条の雷火となって飛び込んだトーカ。彼女が狙うべき首がジョナサンにはない。しかし彼女は臆することなく、ジョナサンの目と大きな口があるすぐ下、腰に向かって刃を叩きつける。

 しかし――。


「くぅっ……ッ!」


 鈍い音がして彼女の斬撃は弾かれる。ただでさえ強靭な剛毛に覆われているレヴァーレンは、斬撃属性に対して高い耐性を持つ。通常であれば刺突属性か打撃属性を用いるのが基本であるところ、更にトーカは空中という踏ん張りの効かない状況も合わさり、太刀筋が鈍っている。

 刃が弾かれ怯んだトーカに、容赦なく反撃が迫る。ジョナサンの体から飛び出す無数の腕が伸縮し、彼女へと襲いかかるのだ。


「『強制萌芽』ッ! “バブルコーン”ッ!」」


 空中で無防備に身を晒していたトーカ。彼女が黒い腕に捕まる寸前、俺が投げた種が空中で勢いよく開き、トーカと腕の双方を吹き飛ばす。

 急激に成長し、巨大なポップコーンとなって弾ける植物の種瓶だ。バターをかけたり醤油をかけたりして食べるとなかなか美味しいのだが、本来はこうして敵味方に強制ノックバックをかけて緊急回避的に使用するのを目的に開発した。


「『散らばる氷床』ッ!」


 ポップコーンに吹き飛ばされたトーカの元に、薄い氷の板が現れる。突然にも関わらずトーカは軽やかに身を翻してその床を踏み、高く飛び上がる。そうして、管理者専用機から顔を覗かせているラクトに向かって笑いかけた。


「助かりました、ラクト!」

「あんまり無茶したらだめだよ!」


 トーカはラクトの忠告を聞いたかどうか疑わしい。それでもラクトが散らした氷床を足がかりに空中を駆け上り、ジョナサンのもとへと舞い戻る。


「レッジさんが『ドラゴンキラー』で切った時、竜種特攻が発動したのは対象が竜種であると強く認識した時。――ならばっ!」


 彼女が納刀し、身を屈める。

 ジョナサンの腕が殺到する。


「『アクティブリヴェンジ』」


 力を溜めているトーカは無防備だ。しかし、ジョナサンの腕が彼女を掴もうと迫った直後、その腕が手首から滑らかに切断される。トーカは刀の柄を握ったままの姿勢から変わっていないというのに。


「なんだあれは?」

「溜め攻撃の準備中、オートで攻撃をいなししながら、溜め状態を維持しつつ相手に50%のダメージを与えるテクニックですよ」

「そんな便利なものがあったのか」

「判定のたびにLPがごっそり削れるので、集中攻撃を喰らうと即死する危険性もありますけどね」


 ともあれ。トーカはジョナサンの猛攻を退けながらたっぷりと力を溜める。

 そして、鞘に込められた爆発力を、一息に解き放つ。


「――『爆燦火』ッ!」


 初めて目にする、新たな抜刀技だった。

 おそらくは溜め時間に応じて威力を上げる、シンプルなものなのだろう。それだけに結果は絶大だ。

 首なき者の首を獲る。その事だけを考え、認識を強めたトーカの斬撃が、ジョナサンの腰へと迫った。また同じ結果だろうとジョナサンが油断して、その斬撃を受け止めようとする。

 そして――。


「その首、頂戴いたすっ!」

『ウガァアアアアアアアアアアアアアッ!?』


 首を狩る。

 トーカの一刀はジョナサンの腰に食い込み、骨盤と腰椎を砕く。筋繊維を断ち切り、内臓を破裂させる。

 胸にある目が驚愕に染まり、巨人の絶叫が耳朶を打つ。


「やはり首ですね! 顔を支える部位となれば、たとえ腰だろうと首なんですよ!」


 トーカが勝ち誇った声を上げる。ジョナサンは横幅の半分以上まで刀が食い込み、深く抉れた傷口から血を大量に吐き出している。

 明らかにこれまでとは威力が違う。トーカがあれの腰を首と認めた瞬間に、威力が爆発的に跳ね上がったのは明白だった。


「ふははははははっ! やはりレッジさんの分析は鋭く正確でしたね!」


 まだ完全に〝首〟を狩ったわけではないが、トーカは歓声を突き上げる。


「特攻系テクニック、もしくは特定対象に威力を集中させるバフは、それが対象そのものであるか否かを問わない。重要なのは、使用者がどう認識しているか!」


 トーカが妖冥華に力を込める。

 〝首〟が切れたことで、彼女は逆説的に腰が首であるという確信を深めた。その認識がさらに特攻効果を発現させる。強いフィードバックを受けながら、大太刀は鋭さをリアルタイムに増していく。


「これは革命ですよ、レッジさん! 認識を覆す大革命です!」


 紅刃がジョナサンを切り進む。

 もはや彼女は、腰が首であることを疑ってさえいなかった。


「以前に見つかった、アイカメラを通さずに世界を見る方法。あれもまた画期的なものでした。――あれを第一次認識革命と呼ぶならば」


 大太刀が、巨人を斬る。


「信じることが、認識につながる。認識がその存在を規定する。これは第二次認識革命とでもいうべき快挙です!」

『グワァアアアアアアアアアアッ!!!!』


 ジョナサンの絶叫を背後に、トーカが熱く語る。

 プロビデンス計画に際して、俺はアイカメラの補正機能を通さずにRAWデータとしての視界があることを暴いた。それによって多くの隠しオブジェクトなどが見つけられたわけだが……。

 トーカはそれを第一次として、今回を第二の改革に位置づけたようだ。

 認識によって対象を規定する。俺が竜と思えばそれは竜であり、トーカが首と認めればそこは首となるように。これが柔軟に利用できた場合には、あらゆるものに干渉することができてしまう。


「さすがレッジさん! 私などまだまだ追いつけない高みにいらっしゃいます!」

「……いや、トーカほどじゃないと思うんだが」


 レヴァーレンを竜だと思うのは、まだアリだろう。

 腰を首と思うのはどうなんだ。

 とはいえ目をキラキラと輝かせるトーカにそう突きつけるわけにもいかず、俺は困惑したまま、ゆっくりと倒れる巨人を見届ける他なかった。


━━━━━

Tips

◇『アクティブリヴェンジ』

 渾身の力を溜める間、極限の集中力で周囲からの攻撃を自動的に阻む。発動中に受けた攻撃で溜め状態が解除されなくなる。LP消費量は増加し、被弾によるLP減少も大きくなる。


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