第1429話「ピリピリ毒薬」

 地図とバリテン酒を手に入れて、〈丸呑み倶楽部〉のテントを後にする。待ち合わせに向かえば、しょんぼりと落ち込んだ様子のレティたちが待っていた。


「よう、遅くなった」

「レッジさん。すみません、何の成果も得られませんでした……」

「ごめんね。わたしとアイも同じく」


 どうやらレティたちの聞き込みは不発に終わったらしい。まあ実際、レアエネミーの目撃情報というのはそう簡単に教えてもらえるわけでもない。貪食のレヴァーレンは広大なフィールドに三体しか存在しないということもあり、余計に人の口は固くなる。


「問題ない。二匹の巣の場所を教えてもらったんだ」

「ええっ!? ほ、本当ですか!?」

「二匹って、よく教えてもらえましたね」


 俺が地図データを共有すると、レティたちが目を丸くする。どこで情報を入手したのか聞いてきたが、その辺ははぐらかす。あのテントはレティたちには刺激が強すぎる。


「とりあえず、この場所に向かおう。トーカ――はいるな。ヨモギはまだか?」

「師匠! ヨモギはここですよ!」

「うおわっ!?」


 周囲を見渡してヨモギの名前を読んだ瞬間、背後から元気な声が返ってくる。驚いて振り返ると、垂れた犬耳をパタパタと揺らす少女が至近距離に立っていた。

 作業場でやりたいことも終わったようで、微かに刺激的な薬品臭が香ってくる。


「むむ、またレッジさんにくっつきすぎじゃないですか?」

「そうですか? これくらい師弟なら普通ですよね?」

「いや、俺は分からないが……」


 ともあれ、首尾よく全員揃ったわけだ。

 バリテン村で物資の補給する必要もなさそうだったため、俺たちは早速森の奥へと繰り出す。


━━━━━


「見つけました。あれですね」


 木々が生い茂り、濃霧が満ちた暗い森の中を進むことしばらく。木に登って枝に身を預けたレティが前方を指差す。彼女の首筋から伸びた長いケーブルが木の根本で俺の持ってきたディスプレイと繋がれ、そこに視界が映し出されていた。

 タイプ-ライカンスロープの視力の良さを利用して、レティが森の中を看破する。そうして見つけ出されたのが、巨大な倒木の陰に作られたレヴァーレンの巣だった。

 スネークがジョナサンという名で呼んでいる個体の巣のようで、周囲には細かく噛み砕かれた骨が散らばっている。あれで顎の力が弱いって言ってたのか?


「どうやら、地図は本物だったようですね」


 無事にレヴァーレンの巣を見つけたことで、アイが思わずといった様子で漏らす。慌てて俺に謝ってきたが、その気持ちも分かる。手に入れた情報が正しいとは限らないし、嘘に踊らされることの方が多いだろう。


「それで、どうします? 輪切りですか?」

「斬り方で悩まないんだよ、トーカ」


 早速ちゃきりと鯉口を切るトーカを慌てて抑える。

 このまま巣に乗り込んでレヴァーレンに対して『ドラゴンキラー』のテストをしてもいいのだが、その前にいくつか準備をしておきたい。

 俺はレティに巣の監視を続けてもらいながら、木のそばにテントを建てる。


「これは……隠密テントですか?」

「偽装用だな。回復効果は薄いが、敵が注目してもここに隠れれば見失う」

「めちゃくちゃぶっ飛んでるねぇ」


 用意したのは濃緑色の迷彩が施された小さなテント。ここに逃げ込めばたとえレアエネミーでも追跡はできない。科学的な認識阻害だけでなく、呪術的な偽装まで施した特注品だ。


「これを用意するということは、レヴァーレンを倒さないということですか」

「さすがアイだな。その通りだ」

「えへへ」


 最大手攻略組の副団長は伊達じゃない。彼女の鋭い指摘に俺は頷く。

 レヴァーレンを倒すのは正直俺でも苦労はしないだろうが、テクニックの検証のために倒すのも忍びない。そもそもレアエネミーであるレヴァーレンは、グラットンスネークが成長した姿という説明にあるとおり、一度倒すと再び現れるまでかなりの時間がかかるのだ。

 そんなわけで、切り掛かりはするが倒すまではせず、という状態を目指すつもりでいた。

 せっかくスネークが巣の位置を教えてくれたわけだしな。


「なんか、さらっとエグいことやってないですか?」

「まあ、出現条件の厳しいエネミーなんかを調査する際はよくやられてますから……」


 レティがアイに何やら囁いている。

 生かさず殺さず痛めつけると言えば外聞が悪いが、無駄な殺生をせずに情報を集められるのだから、むしろ人道的だろう。


「レヴァーレンは基本的に何か食べたら急速回復できるしな。そのための食糧は罠で適当に集めるとしよう」


 グラットンスネークもレヴァーレンもヴァーリテインも、重傷を負っても肉を食べればみるみる回復するという強い能力を持っていた。それも、狩猟せず検証だけに止めようと思った理由のひとつだ。

 適当に森の中に罠を仕掛けておけば、すぐに鹿やら猪やらが掛かるだろう。白月に気をつけるように言っておこう。


「レティ、レヴァーレンの様子はどうだ?」

「寝てるみたいですね。身動きしてる音はほとんど聞こえませんよ」

「よし。じゃあまずは動きを封じるか」


 検証の進め方としては、まずレヴァーレンの動きを封じる。これは俺が罠を使って行う。その上で『ドラゴンキラー』を使う。とはいえ、勢い余ってとどめをさしてしまうかもしれない。そのため、俺たちは意図的に攻撃力を下げることにした。


「ヨモギ、準備してくれてるか?」

「はい! 渾身の出来ですよ!」


 ちょうど〈調剤師〉のロールを持つヨモギが作業場に行っていたので、ついでに準備を頼んでいたのだ。彼女が取り出したのは、緑色の薬液が封入されたアンプル。一見すると、なんら変わりはないが。


「うっ」


 首に突き刺し、内容物を注入すると、全身の血管がピリピリと痺れ、倦怠感が襲う。ログを見れば、立て続けに無数のデバフがかかっていた。

 薬を作れるならば、当然毒も作れる。ヨモギに頼んでいたのは、意図的に攻撃力低下のデバフを付与できる毒アンプルだった。


「はぁ、はぁ。このピリピリ感は素晴らしい出来だと自負してますよ! あはっ、目がチカチカするぅ♡」

「レッジさん、本当にこれ大丈夫なやつですか?」

「あそこまでメチャクチャになる感じはしないから、大丈夫だろ」


 なぜかヨモギも一緒に注射し、彼女は口を開けて荒い吐息を繰り返している。レティが心配そうにこちらを見るが、自我を失うほど強い毒ではない。


「それじゃあ、トーカ。頼む」

「分かりました」


 巣の奥からレヴァーレンを呼び寄せるのは、トーカに任せる。

 彼女はインベントリから、小ぶりな銅鑼を取り出すと、勢いよくそれを叩いた。


━━━━━

Tips

◇ウィーキングアンプル

 意図的に機体性能を低下させることを目的に開発されたアンプル。弱化させた毒が含まれており、倦怠感、悪寒、痺れ、散瞳などの症状が発症する。

 一定時間、攻撃力が50%低下する。


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