第1430話「ドーピング」
銅鑼の音が鳴り響き、周囲に潜んでいた原生生物たちが恐慌状態となって逃げていく。『威圧』では周囲の原生生物を無差別に煽ってしまうが、これは一定以下の強さの原生生物に対しては威嚇効果を発揮する。
そのため、効率よく強敵だけと戦えるわけだ。
倒木の巣の手前にはワイヤートラップが仕掛けられている。レヴァーレンが出てきた瞬間、その動きを拘束してしまうものだ。
「来るぞ……っ」
倒木の影から、地面を這う音がする。
身構える俺たちの方へ巨体が近づいてくる。
そして――。
『シャアアアアアッ!』
森の大蛇が現れる。金眼を爛々と光らせ、高く持ち上げた頭がこちらを睨みつける。全身を漆黒の剛毛で覆い、その腹に無数の細い脚を生やす異形の蛇だ。
威嚇の咆哮を上げるとともに、口の端からボロボロと食べかけのものがこぼれ落ちる。だが、それに頓着することなく俺たちに向かって襲いかかる。
「いやしかし、この辺のエネミーは動きが素直でいいな」
「本当ですねぇ」
『ギャアアアアアアッ!?』
少し前までは決死の覚悟で挑んでいた相手に対し、今ではそんな感想しか出てこない。愚直に飛び出してきた大蛇はそのままワイヤートラップに引っかかり、飛び出してきた無数の鉄線によって雁字搦めに動きを封じられてしまう。
レアエネミーとはいえ、第一開拓領域程度ならこんなものだ。〈塩蜥蜴の干潟〉のエネミーならこうはいかない。
「師匠、今です!」
「おうっ!」
ヨモギの声を受け、槍を構える。
狙うのはわざと急所を外した体の側面。毒薬によってステータスを大幅に下げた状態で、槍技を繰り出す。
「『ドラゴンキラー』ッ!」
124ダメージ。
服毒して急所を外したとはいえ、流石に防御力自体がグラットンスネークより高いようだ。しかし、事前の計算通りのダメージに近い。
「やっぱり竜種特攻効果は入ってなさそう?」
「そうだな。……じゃあ、今度は考え方を変えてみる」
ラクトの言葉に頷きつつ、俺は意識を集中させる。
『ドラゴンキラー』がユカユカに通用した時、俺は奴を竜と同じではないかと考えた。長い尻尾に、鱗のある体表。蜥蜴ってそもそも竜みたいなもんだろ、という偏見。実際、巨大な蜥蜴は龍のようだった。
つまり、重要なのは意識。より正確に言うならば認識。
以前、シフォンが言っていた。風水師にとって重要なのは見立てる力だと。黄色は金運が上がるというが、実際に真っ黄色な品を用意できるわけでもない。黄土色、オレンジ色、蜂蜜色、ブロンド、金色。無数のグラデーションの中にある色の中からそれを“黄色”であると見立てる力。それが強ければ強いほど、風水師の力も高まるという。
また、各地に点在する白神獣の古祠。あれも最初は見ることさえできず、無意識のまま無視していた。しかし見えるようになった瞬間、“視える”ようになった。
「お前は竜だ」
自己暗示をかけるように。もしくはレヴァーレン自身を説得するように。
その長くしなやかな体躯。強靭な脚。鋭利な爪。力強い顎。爛々と光る目。漲る敵意。溜め込む性質。凄まじい生命力。驚くほどの渇望。圧倒的強者足らんとする熱情。噴き上がる怒り。揺るがぬ自信。
彼の身を構成する全てを再定義し、紐付ける。
「竜であるならば、刺し殺す」
立ちはだかるのは竜。
生命の頂点に君臨するもの。王者として生まれ出しもの。
故に――。
「『ドラゴンキラー』ッ!」
竜殺しの槍がその鱗を貫く。
「ぐっ、うぉおおおっ!?」
竜が絶叫。天を仰ぎ、身を硬直させている。俺もまた凄まじい衝撃に驚いていた。
あまりにも感覚が違いすぎる。
さっきと同じ『ドラゴンキラー』だったはずだ。にも関わらず、二度目のそれはレヴァーレンの身を抉り、丸い風穴を開けた。凄まじい威力が竜を滅さんと渦巻いている。
はっとしてログを見る。そこに表示されていたダメージ量は。
「2300!?」
ステータスを抑え、急所を外した。条件は一度目と同じだ。
だが結果として十倍以上の威力が出ている。
「レッジさん、罠が!」
「やべっ」
アイの声で我にかえる。予想以上のダメージが拘束中だった罠にも影響を与え、ワイヤーが千切れていた。肉を抉られたレヴァーレンが怒り狂ってもがき、罠が壊される。
慌てて後退すると、入れ替わるようにトーカが飛び出す。彼女が手に持っていたのは、黒々とした塊。タールビーの巣だ。
「トーカ、何をするつもりですか!?」
「タールビーのハチミツは栄養満点! というわけで、せいっ!」
蜂の巣が軽やかに投げられ、弧を描きながらレヴァーレンの口へ飛び込む。怒りに我を忘れたレヴァーレンは反射的にそれを噛み砕き、欠片ごと飲み込む。
「ヨモギさんのドーピングを見て、気付いたのですよ! エネミーもそういうのできるのでは? と!」
「つ、つまり……?」
「超強化レヴァーレンの登場です!」
『グォワアアアアアアアアッ!』
タールビーのハチミツを巣ごと喰らったレヴァーレンは、二回り以上も体格を成長させていた。俺の作った傷もあっという間に塞がり、剛毛が覆い隠している。
あまりにも急激な変化に驚愕が周囲に広がる。
「ちょっ、トーカ!? 何やってるんですか!?」
「竜を倒すというなら、強ければ強い方がいいでしょう。さあ、戦いましょう!」
トーカが意気揚々と飛び出す。走りながらの抜刀術。
放たれた一閃がレヴァーレンの首に迫る。だが。
ガキンッ!
「なぁあっ!? トーカの刀が、弾かれた!」
ラクトが目を丸くして叫ぶ。
最前線ですら通用するトーカの抜刀術を、レヴァーレンが受け止めたのだ。剛毛を叩いた刃は火花を散らし、しかし一本さえ切ることができていない。
「おお、これはなかなか……」
エネミーを弱体化させることはままある。支援機術による妨害術式などはその筆頭だし、俺が使った毒アンプルも本来ならエネミーに投与するのが正道だ。
一方で、わざわざエネミーを強化する馬鹿はいない。そんなことをしても特にならない。強いエネミーならいくらでもいるのだから。
「トーカ!」
「ふはっ、ふははっ!? 楽しくなってきましたね!」
――ここにいる一人の少女を除けば。
トーカは心底嬉しそうに笑い声をあげ、次々と繰り出されるレヴァーレンの攻撃を紙一重で潜り抜ける。草履を履いた脚で軽やかに地面を駆け、巨木を蹴って飛び上がる。
繰り出された斬撃。
だが、レヴァーレンはそれを意に介さない。
「第一調査開拓領域のレアエネミーでこの強さ! しかもただ栄養に富んだハチミツを食べただけ! これは――夢が広がりますねぇっ!」
「ああもう、誰かあの戦闘狂を止めてください!」
高笑いするトーカ。レティが悲鳴を上げるが、誰もあの暴走機関車を止める術を持たない。
「竜種特攻の検証のはずだったんだけどなぁ」
俺はずいぶんと様相の変わってしまった戦場に首を傾げながら、ひとまず槍を構えて駆け出した。
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Tips
◇タールビーハニー
タールビーが集めたハチミツ。非常に栄養価が高く美味。滋養強壮によく、生命力を高める効果がある。
回復用アンプルの原料となる。
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