第1428話「怪しい愛好家達」
〈奇竜の霧森〉のボスエネミー、“饑渇のヴァーリテイン”は森の奥にぽっかりと開いた巨大な骨塚に棲んでいる。飽くなき食欲のままに森の獣たちを暴食し、その骸を積み上げて作られた巣だ。もし匂いが完全なリアリティを追求したものであれば、凄まじいことになっていただろう。
しかし、実際のところはバリテンという愛称で親しまれる存在だ。
「いらっしゃい、いらっしゃい! バリテンに挑むなら毒消しは必須だよ! お弁当も売ってるよ!」
「アンプルの買い忘れはないか? 包帯も上等なもんを揃えてるぜ」
ヴァーリテインが棲まう骨塚の近く。フィールドにも関わらず活気のいい声が飛び交い、鬱屈とした霧を吹き飛ばすような賑わいがそこにあった。多くのテントが建ち並び、色鮮やかな旗がはためいている。
そこは小さな村のように人々が集まり、商売に活気を出していた。
「バリテン村は相変わらずですねぇ」
「初心者は絶対通る道だし、ここで構えてたら儲かるんだろうね」
タールビーを始末した後、俺たちは次なる相手を探す前にこのバリテン村に立ち寄った。ここは“饑渇のヴァーリテイン”に挑み〈ワダツミ〉を目指す駆け出しの調査開拓員たちを支援する最後の補給しょであり、単純にバリテンチャレンジをしようとやってきた熟練者たちの茶飲み場である。
最前線での攻略に興味のないプレイヤーもそれなりに多く、プレイ時間のほとんどをこの村での駄弁り合いに費やしている者も珍しくない。そして、そういったプレイヤーは俺たちよりもよほど〈奇竜の霧森〉についてよく知っている。
「とりあえず、貪食のレヴァーレンの目撃情報を調べてこよう」
「それじゃ、ヨモギは少し作業場に行ってますね」
俺たちは『ドラゴンキラー』の特攻効果について調べるため、グラットンスネークの成長体である貪食のレヴァーレンを探すことになった。とはいえ、一応はレアエネミーに属するレヴァーレンを地道に探して回るのは面倒臭い。そこで、バリテン村のプレイヤーに協力を仰ごうとなったのだ。
ヨモギはさっきタールビーから手に入れたレアドロップを調べてみたいのか、村に到着した途端に走り出した。向かう先は作業台を貸し出している生産者向けの施設だろう。
「んふふー。レッジさん、聞き込みならレティにお任せですよ! なにせ耳がいいですからね!」
軽快に駆けていくヨモギを見送った後、レティが得意げに耳を揺らしてこちらへ振り返る。
「そうだな。じゃあ、レティはそっちの方へ行ってくれ」
「へ?」
「俺は向こうで話を聞いてみる。トーカは――」
「トーカなら刀を研ぎに出しに行ってたよ」
「自由だなぁ」
トーカはふらりと現れてはふらりと消える、神出鬼没なところがある。それもまたいいとは思うが。
とにかく、聞き込みは効率的に進めるべきだろう。
「レティ、よろしく頼む。有力な情報を期待してるからな」
「ぬぬぬ……。分かりましたよ! ラクトたちよりもすごい情報を探してきます!」
レティが元気よく飛び出し、その場には俺とラクトとアイ。後は我関せずといった顔の白月だけが残される。
「それじゃあ、ラクトは――」
「わたし! 人付き合い苦手だからさぁ!」
俺の言葉を遮るようにラクトが手を挙げる。たしかに彼女はあまり見知らぬプレイヤーに話しかけるタイプでもないか。
「なるほど」
「だ、だから一緒に――」
「じゃあアイ。よろしく頼む」
「任せてください!」
「へぁっ!? ちょっ、違っ」
ラクトもアイと一緒ならなんとかなるだろう。機体も性別も同じだしな。
「ちょっ、アイ!? わ、わたしはレッジと」
「レッジさんに任されましたので。……せ、せめて抜け駆けは許さないから……っ!」
「アイ!?」
妙に張り切った様子のアイに引きずられるようにして、ラクトも村の奥へと消えていく。結局、俺と白月だけがそこに残る。
「さて……」
レティたちに任せきりというわけにもいかない。俺は白月を連れて、あらかじめ目星を付けていた場所へと向かう。
バリテン村の愛称で呼ばれるこのテント群は、自然発生的に生まれたフィールド拠点だ。戦場建築士によって建てられた、しっかりとした建物も多少はあるが、やはり基本は身軽に移動ができるテントばかりだ。
初めの頃は使い所のないスキルと呼ばれていた〈野営〉スキルも、随分と普及したものだ。
どこか親心にも似た感慨を覚えつつ、向かう先に見えてきたのは周囲から突出するショッキングピンクのド派手なテントだ。六本のポールを使っている大型のテントで、サーカスなんかの興行に使えそうなデザインをしている。
「これがあるから、レティたちには付いてきて欲しくなかったんだよなぁ」
賑やかな村の中でも、ひときわ異彩を放つ大きなテント。俺は少しげんなりとした気持ちになりつつも、己を鼓舞して天幕をくぐる。
遮光布によって外部の光は全て閉ざされ、テントの中は小さな燭台の僅かな光だけが揺れている。落ち着いた音楽が低音を響かせるなか、あちこちのテーブルに男たちが寄りかかって酒を飲んでいる。
「バリテンの尻尾酒、やっぱり肝をちょっと入れたほうが美味いな」
「薬草酒の配合ちょっと変えてみたいんだ。これだと致死率が高すぎるか?」
「あーーーやっぱグラスネちゃんカワユスねぇ♡」
相変わらずの退廃的な雰囲気に足が鉛のように重くなる。今すぐ踵を返して帰りたいところだが、悲しいかなここが一番有力な情報が集まる場所なのだ。
「お、レッジじゃないか。どうしたんだ、珍しいな」
「――スネーク。久しぶりだな」
とぼとぼと歩いていると、テントの中央にある円型のカウンターの奥から名前を呼ばれる。顔を上げると、そこには変態がいた。
「おいおい、そんなつれない名前で呼ぶなよ。俺の名前はラブラブだいちゅき愛してるぜハニー♡@爬虫類命(激強モエモエ魂の蛇ザムライ)だぞ」
「分かってるよ、スネーク」
カウンターに立つのは身長2mに迫る巨体のタイプ-ゴーレム。全身に蛇の鱗をぴっちりと身に付け、雄々しい筋肉が彫り深く浮き出している。輝く禿頭には毒牙を鋭く見せつける黒蛇の刺青もあり、片目にはとぐろを巻いた蛇がピンクのハートを抱いているマークを施した眼帯を付けている。
キラキラとラメの光る紫の口紅を塗った口元がニヤリと笑い、蛇の毒牙を模して尖らせた犬歯が覗く。
彼の名前――調査開拓員としての本名は自分で語った通り。とはいえ、ほぼ全ての知り合いはただスネークとだけ呼んでいる。何を隠そう、彼がこのバリテン村の最初のテントを建てた張本人であり、ヴァーリテインに食べられたいという奇特な欲望を隠しもしない変人である。
「また新作を持ってきてくれたのか? 前のはピリピリして良かったぁ」
「残念だが、毒は持ってきてないんだ」
俺がこの変態――もとい蛇を心から愛する男と知り合ったのは、俺が原始原生生物から精製した毒を売りに出したのがきっかけだった。彼は〈調理〉スキルを使い独自にハブ酒ならぬバリテン酒を製造しているのだが、そこのエッセンスとして俺の作った毒を買い求めてきた。
それ以降、新しい毒ができるとちょくちょく彼にも渡しているのだ。
「毒のセールス以外で来てくれるなんて、嬉しいじゃないか。じゃあ、早速丸呑みにされにいこう」
「待て待て! お前の趣味に付き合うつもりでもない!」
「な、違うのか……」
大男がしょんぼりとしても可愛くない。
この男、レヴァーレンやヴァーリテインといった大型の蛇に頭から丸呑みにされることにも興奮を覚えるという厄介な性癖を持っている。ことあるごとに俺にも勧めてくるのが、流石に勘弁願いたい。
スネークがまた妙なことを言う前に、俺は早速本題に入る。
「実はちょっと検証したいことがあってな。レヴァーレンをいくつか狩りたいんだ」
「ほう? それは良いことだぁ。レヴァーレンに丸呑みにされるとな、あいつらの食道がグネグネと動いて嚥下している時の感触が癖になるんだ。肋が多少折れるが、そのゴリゴリっていう音もまた甘美な響きでな――」
「いくつかレヴァーレンの巣を教えてくれないか。代金は毒の試供品を出そう」
「むっ。――いいだろう。ちょっと待っていろ」
スネークは毒という言葉に眉を揺らし、カウンターの下に身を屈める。そこから取り出して広げたのは、〈奇竜の霧森〉の詳細な地図だ。
そこには、この〈丸呑み倶楽部〉の同好の士たちが集めた蛇系原生生物の分布が記されている。貪食のレヴァーレンなどはレアエネミーということもあり、その巣が記録されているため、そこに行けば高確率で出会えるのだ。
「ここのジョナサンは細かく噛み砕くのが好きみたいだが、顎の力があまり強くない。防御力が270もあれば、かなり耐えられる。こっちのソフィーは逆に丸呑みが好きなようで、全身の圧迫感が――」
「そういうのは聞いてないんだ。すまんな」
「むぅ。レッジにもいつか丸呑みの素晴らしさを分かってもらいたいものだ」
心底残念そうにするスネークを適当にあしらう。申し訳ないが、さすがに彼らの趣味に付き合う余裕はない。
地図を手に入れ、スネークに礼を言う。ついでに〈丸呑み倶楽部〉名物のバリテン酒を一瓶買って、俺はそそくさとテントの外へと脱出するのだった。
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Tips
◇〈丸呑み倶楽部〉
全国に拠点を持つ、フィールド支援組織。非バンド組織であり、多数の同好の士によって緩やかな結束がある。
〈奇竜の霧森〉をはじめ、爬虫類系、特に蛇型の原生生物が生息するフィールドに拠点があります。興味のある方はぜひお気軽に。バリテン酒の試飲もあります。
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