第1427話「黒油蜂の襲撃」

 フィールド上に存在するのは原生生物だけではない。むしろ、それ以上に豊かな自然がその恵みを分け与えてくれる。採掘ポイントでは金属を精錬できる鉄鉱石が、野生の植物の中には薬用や食用、染料などに使えるものが、もちろん、木々も伐採すれば木材として利用できる。

 とはいえ、それらを手に入れるためには〈採掘〉〈採集〉〈伐採〉っといった採集系スキルが必要になる。トーカはそのようなものを持っていなかったはずだが……。


「この辺か?」

「みたいですね。まったく、どこまで行ってるのか――うひゃわっ!?」


 マップに表示された彼女の現在地を頼りに霧森の奥へと茂みを掻き分けていると、突如レティが悲鳴を上げて飛び上がる。即座にアイやラクトたちが攻撃の姿勢に入るなか、暗い霧の奥から激しい羽音が飛び込んできた。


「タールビーウォリアーですっ!」

「デカい蜂だな!?」


 現れたのは鮮やかな黄色と黒の縞模様を体表に描く巨大蜂。その大きさは人の頭二つぶんを優に超える。特徴的なのは力強く空気を叩く四枚の翅と、尻の先端から飛び出した太い針。その針の先端からは、黒くドロドロとした液体が漏れ出している。


「落ち着いてください! タールビー系はこちらから攻撃しなければ反撃も――ぎょわーーっ!?」


 レティが言い終わる前に彼女の言葉は否定される。タールビーウォリアーは激しい怒りを露わにして、彼女の頭に黒い粘液を盛大にぶっかけた。


「ひええ、ベトベトします!?」

「レティさん、危ない!」

「ひょわあっ!?」


 猛攻は止まらない。

 粘液で動きが鈍くなったレティに向かって、巨大蜂がガチガチと立派な顎を鳴らす。その衝撃で、小さな火花が飛ぶ。そして――。


「も、もええええっ!?」

「レティ!」


 レティに付着した粘液――どろりとしたタールに火が付く。

 これが〈奇竜の霧森〉に生息するタールビー、黒油蜂の特殊な能力だ。彼らは取り込んだ有機物を体内で分解し、粘性と可燃性のあるタールへと変換する。外敵と戦う際にはそれをふりかけて発火させ、焼殺するのだ。


「って、感心してる場合じゃないな。レティ、どこかに水場は――」

「ないですよ! そもそもこれ、アチッ、水の中でも燃え続けますチチチッ!?」


 ぼうぼうと勢いよく燃えながらてんやわんやの混乱を見せるレティ。その時、突如彼女の体が分厚い氷に包まれ、一瞬で消火された。


「つめめめめっ!?」

「とりあえず消火したよ。アーツって便利だね?」

「水ぶっかけてくれるだけでも良くないですか!?」

「水じゃダメってレティが言ったんじゃん」


 アーツを解き放ったラクトによって、レティが一命を取り留める。

 しかし、その間にも次々と霧の中からタールビーの群れが飛び出してくる。彼らは俺たちに対し、明確な敵意を見せていた。

 レティの言っていたことは間違っていない。タールビーは平時は木の虚などに作った巣を守り暮らしている。巣に近づけば警告音を出すが、すぐに離れれば問題はない。こうして問答無用の攻撃を仕掛けるなど、それこそ巣を破壊するような――。


「あっ、まさか!?」


 ある予測に至ったその時。


「――彩花流、漆之型、『菖蒲斬り』ッ!」

『ビァアアアアッ!?』


 森の奥から斬撃が飛ぶ。それは瞬く間に群れる蜂を切り刻む。羽をもがれた蜂たちはボトボトと地面に落ち、力なく声を上げて絶命する。

 湿った腐葉土を踏み締めて、斬撃の主が現れる。


「ふぅ。危なかったですね」

「レティの髪の毛焦げてるんですけど!?」


 間一髪、と額を拭うトーカ。綺麗な着物の端にタールがべっとりと付いている。

 彼女は不満の声を上げるレティをさらりとスルーし、小脇に抱えていた大きく黒々とした丸い物体を掲げて見せる。


「どうです、レッジさん。タールビーの巣が手に入ったんですよ」

「ハチミツ探すって言ってたが、タールビーだったんだな……」


 満足そうな顔をするトーカを見て得心がいく。

 霧森には普通の蜂の巣もあるが、そちらは〈採集〉スキルを使わなければ手に入れることができない。しかし、タールビーの巣は周囲のタールビーを全滅させると現れるタールビークイーンを倒すことで獲得できる。


「しかし、タールビークイーンってヴァーリテインより強いとか言われてなかったか?」


 フィールドに生息する原生生物はいつでも出会えるというわけではない。中にはタールビークイーンのように一定の条件を満たさなければポップしないものもある。そして、そう言った特殊個体はえてして手強い。火炎攻撃と高速機動、無限の取り巻きを使いこなす女王蜂は、フィールドボスよりも強いと言われていた。


「まあ、言っても〈奇竜の霧森〉ですからね」

「それもそうか」


 とはいえ、トーカも単独で〈塩蜥蜴の干潟〉を散歩できる実力者だ。この程度なら問題ないのだろう。


「それで、どうして急にハチミツなんかを?」

「この後はヴァーリテインに挑むんですよね。せっかくですから、ちょっと試したいことがありまして」


 タールが何層にも塗り込まれているのか、蜂の巣というにはずっしりと重そうだ。ついでに光沢もあり、硬そうでもある。鉄球か何かと見間違えるくらいの存在感だ。

 トーカはそれを抱えてニヤリと笑う。


「師匠、タールビーって毒はドロップしないんでしょうか?」


 ヨモギが地面に転がる蜂をつんつんと突きながら首を傾げる。

 タールビーは毒液の代わりにタールを分泌する生態をしているから、毒はないはずだが。


「解体してみるか。ちょっと待ってろ」


 せっかくの原生生物をそのまま土に還すのも忍びない。俺が解体ナイフを取り出すと、ヨモギも自分の解体ナイフを手にしていた。


「ヨモギも手伝います!」

「おお。そうか、〈風牙流〉が使えるんだもんな」


 周りに解体師がいないから、少し新鮮な気持ちだ。

 尻尾を振るヨモギと共に、地面に落ちたタールビーを解体し、ドロップを回収していく。通常のドロップ回収では手に入らないようなアイテムも〈解体〉スキルを使えば手に入ることがある。

 とはいえ、大半はやはりタールのようだった。


「ヨモギは〈調剤〉スキルを軸にしてるよな。使い勝手はいいのか?」

「まあ、自己完結しているし楽と言えば楽ですね。副作用が辛いですけど、血管がピリピリする感覚が癖になるっていうか。心臓がどくどくして目が開いて、ふひっふへへっ」


 セルフドーピングの素晴らしさを語るヨモギは、どこか恐ろしい。

 どう反応するべきか困りながら蜂を捌いていると、レアアイテムがドロップした。


「おっと。……“黒油蜂の黒蠟”?」

「初めて見るアイテムですね」


 アイがやって来て首を傾げる。攻略組でも見たことないとなれば、かなりのレアモノだろう。


「蜜蠟は〈調剤〉スキルでもたまに使いますよ。師匠、良かったら少し分けてもらえませんか?」

「せっかくだし譲るよ。好きに使ってくれ」

「はわっ!? あ、ありがとうございます!」


 嬉しそうに黒々とした蜜蠟を受け取るヨモギ。そんな様子を微笑ましく見ていると、なぜかアイやラクトたちがハチミツのようなじっとりとした目をこちらに向けて来ていた。


━━━━━

Tips

◇タールビー

 〈奇竜の霧森〉に生息する大型の蜂。社会性が高く、クイーンを頂点とした分業体制を構築し、拠点となる巣を守る。巣に近づくと顎を鳴らして威嚇し、それを無視すれば熾烈な攻撃が待っている。

 特殊なタールを体内に貯蓄しており、攻撃の際にはそれを敵にふりかけ、顎を打ちつけて散らした火花で着火する。


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明日より19時ちょうどの予約投稿に切り替えます。

よろしくお願いいたします。

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