第1426話「攻撃力格差」

 〈奇竜の霧森〉は現時点においても多少は歯応えのあるエネミーが多く、特にボスである“饑渇のヴァーリテイン”は武器の試し切りやアーツの試射によく使われている。〈ウェイド〉や〈ワダツミ〉といった、大きな都市からのアクセスが良好なことも、好まれる要因の一つだろう。

 そんな霧森は鬱蒼と木々が茂った暗い森林で、名前の通り常に濃霧が滞留している。視覚はお世辞にも良いとは言えないが、俺たちにとってはもはや庭のようなものだ。


「行くぞっ! 『ドラゴンキラー』ッ!」

『ジュアアアアアアッ!?』


 暗い茂みの影に向かって槍を突き込む。そこに潜んでいた黒い蛇――グラットンスネークが断末魔を上げて絶命する。

 ログを確認してみると、287ダメージとなかなかの記録だ。


「うーん、イマイチ特攻が効いてる感じはしないね」

「私の基礎攻撃力なら、素殴りでも700くらいは安定して出せますし……」

「本職のアタッカーと比べないでくれよ」


 意気揚々と振り返るも、そこにはフィギュアスケートの審査員のように神妙な面持ちのラクトたち。アイも俺のログを見た後、「ちょっと違うんだよな」と言いたげな顔で首を傾げている。


「腕力に一切BBを振ってない一般エンジョイプレイヤーなら、こんなもんじゃないのか?」

「こんなもんだから不思議なんですよ」


 少し泣きそうな気持ちになりながら反論すると、レティがブンブンとハンマーを振り回しながら言う。事前に共有している俺の基礎ステータスと、Wikiに掲載されているグラットンスネークのステータスをダメージ計算の方程式に代入すれば、戦わずとも大体のダメージは予想できる。

 結果として、その予想はさほど当たっていない。


「つまり、グラットンスネークには『ドラゴンキラー』の竜種特攻が効いてないってことか」


 ダメージ計算式の中には、補正値が不明な『ドラゴンキラー』の竜種特攻効果は含まれていない。つまり、俺が『ドラゴンキラー』を使わずに単純に槍を突き込んだだけでも、300弱程度のダメージは入るということ。逆に言えば、『ドラゴンキラー』を使ったのにその効果が発揮されていないことになる。


「師匠、ヨモギもやってみていいですか?」

「もちろん。サンプルは多い方がいい」


 ヨモギは本気で戦うならセルフドーピングも多用して軒並みステータスを補強するが、流石に〈奇竜の霧森〉なら片手間でも倒せるだけの力がある。彼女は周囲を見渡しながらスンスンと鼻を動かし、グラットンスネークが潜む場所を探す。

 タイプ-ライカンスロープは身体能力に優れる。基本的な走力などもそうだが、モデルによってそれぞれに感覚器も特化している。レティのようなモデル-ラビットなら跳躍力と聴覚に優れるように、モデル-ハウンドのヨモギは持久的な走力と嗅覚に優れている。

 そのおかげもあって、彼女はすぐに霧森の暗がりに潜む蛇を看破した。


「うおおおっ、『ドラゴンキラー』ッ!」


 迷いなく槍が突き込まれ、逃げる暇さえ与えず蛇の頭を貫く。

 ログに刻まれたダメージは、440。俺の287とは比べるべくもない。


「ヨモギって俺のフォロワーなんだよな……?」

「はいっ! あ、でもその、師匠よりは戦闘向けに調整してるので……」


 弟子が爆速で師匠を越えてしまった。そこに一抹の物悲しさを覚えながらも、とにかくやはりグラットンスネークに『ドラゴンキラー』の竜種特攻が効かないことは分かった。


「『クラッシュスタンプ』ッ!」

「うぉわあっ!? なんだレティ、突然に」


 ヨモギが倒したグラットンスネークを調べていると、レティが急にハンマーを地面に叩きつけた。グラグラと周辺一帯が大きく揺れて、ラクトたちが悲鳴を上げる。


「レティもどれくらいダメージ出せるか気にまりまして。1578ダメージでした」

「テクニック使ったとはいえ、文字通り桁違いだな……」


 たしか『クラッシュスタンプ』は攻撃力補正1.3倍くらいのテクニックだ。素殴りでも1200くらいのダメージが期待できると考えれば、やはり明らかにステージが違う。


「攻撃力に特化するとそこまで行くんですねぇ」

「ふふん。扱いに癖はありますが、この破壊力はロマンでしょう?」


 ヨモギも驚嘆したようでしみじみと言い、レティは誇らしげに胸を張る。


「あ、あのっ。私の支援バフがあれば、レッジさんもそれくらいの攻撃力出せると思いますから」

「うん? ああ、アイの広域支援も強いもんなぁ」


 攻略組としての矜持があるのか、アイがぶんぶんと戦旗を振り回す。彼女の〈歌唱〉スキルと〈応援〉スキル、そして戦旗を用いた広域支援バフは対象を取らないわりに非常に協力だ。パーティだけでなく近くの調査開拓員全てを補強するという、まさに軍団指揮に特化した支援である。

 アイの支援を一身に受けることができれば、俺でもレティレベルの攻撃力を手に入れられるだろう。


「そういえば、ヴァーリテインはダメチャレも流行ってますからね。装備とバフを最大限に活用して、より高いダメージスコアを目指すんです」

「レティもそう言うことやってたよな」


 アクセスがいいボスだけあって、〈奇竜の霧森〉のヴァーリテインは調査開拓団の玩具になっている節がある。レティが大気圏外まで吹っ飛ばして殿堂入りしたバリテン打ち上げチャレンジに始まり、ヨモギが大記録を打ち立てたバリテン%RTA、そしてダメージチャレンジ。

 今も定期的に調査開拓員企画ユーザーイベントとしてそういったものは開かれているようだ。


「『ドラゴンキラー』の特攻効果が使いこなせれば、もっとタイムも縮まると思うんですが」


 RTAのチャートに『ドラゴンキラー』を組み込んでいるヨモギが、悩ましげにパタパタと耳を揺らす。動画では『ドラゴンキラー』が入手難度の割にヴァーリテインへ多少のダメージ補正が入るため採用されていたが、彼女はまだテクニックの真価は発揮できていないと考えているようだった。


「グラットンスネークだと効果はなかったしな。次は貪食のレヴァーレンを探してみるか」


 グラットンスネークは過酷な生存競争に勝ち抜いて成長することで、貪食のレヴァーレンというネームドエネミーへとなり遂げる。あれは俺たちの身長を超える巨大な蛇なので、ちょっとは竜に近づいているだろう。


「そういえば、トーカはどこに行ったんだ?」

「ハチミツ集めてくるって言ってましたよ」

「はぁ?」


━━━━━

Tips

◇モデル-ハウンド

 調査開拓用機械人形、タイプ-ライカンスロープの一種。高精度嗅覚センサーと、長距離走行を想定してチューンナップを行った脚部フレームが特徴。犬のような特徴を取り入れた外観をしており、身体能力が高い。


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