第1425話「宛先不明」

「うぅぅぅぅぅ、悔しいです! 師匠ぉ!」

「ええい、何が師匠ですか! トーカに負けたんですから尻尾巻いてとっとと帰ってくださいよ!」


 全身の血液が沸騰して爆発四散というなかなかハードな死因で敗北を喫したヨモギは、〈アマツマラ地下闘技場〉のアップデートセンターで蘇生された途端に涙目で駆け戻ってきた。

 そのまま俺の方へと飛び込んでこようとした彼女だが、それをすかさずレティが阻む。


「チッ、邪魔しないでくださいよ! ヨモギは師匠と手取り足取りくんずほぐれつの鍛錬をするんですから!」

「一回本性表したら遠慮なくなりましたね!? そんなこと言われて許すわけないでしょう!」


 目を吊り上げて叫ぶレティにヨモギも負けじと言葉を返す。


「なんやかんや、二人とも仲良くなったか?」

「レッジは一回眼科行ったほうがいいんじゃない?」


 これが雨降って地固まるというやつか、と頷いていると、隣のラクトとアイが微妙な目でこちらを見てきた。


「筋は悪くないと思いますよ。対人戦の基本的な動きはできていますし、何度か戦えば勝率も上がるでしょう。無論、私は負けるつもりはありませんが」


 リングから悠々と降りてきたトーカも、ヨモギの素養を評価する。今回は彼女の勝利だったが、二度同じ手が通用するわけはないだろう。


「師匠! ヨモギに毒薬を使ったテクニックを教えてください!」

「その前にレティと戦いなさい! ぺしゃんこにしてやりますよ!」

「元からペシャンコな人が何言ってるんですか(笑)」

「はぁあああああああっ!?」


 レティとヨモギはぐるぐるとリングの周りを回って追いかけっこだ。楽しそうな光景である。

 そんな和やかな様子を見ていて、俺ははっとそもそも闘技場ここへやってきた理由を思い出す。


「そういえば、元々は『ドラゴンキラー』の使い方を教えるって話だった」

「そうですよ! 師匠の素晴らしい槍捌き、ヨモギ感激しました! あの必殺の華麗な一撃をぜひ教えてください!」

「と言われてもなぁ。俺もなんで効果が出たのかよく分からないんだよ」


 レティの猛攻を避けながらこちらにキラキラとした目を向けるヨモギだが、俺も詳しいことは結局理解できていない。なぜ“白鎧のユカユカ”に竜種特攻の『ドラゴンキラー』が効いたのか。


「私はほとんど何も事情を把握していないのですが、何があったんですか?」

「そもそも、あのヨモギさんとレッジさんはどんな関係なんでしょうか」


 トーカとアイも思い出したように尋ねる。そういえば、二人にはヨモギのことも説明していなかったな。


「彼女とは〈塩蜥蜴の干潟〉で会ったんだが――」


 俺とレティでユカユカの討伐を行ったこと。その際に思いつきで使った『ドラゴンキラー』が意外なほど効力を発揮したこと。それをヨモギが偶然見ていて、こちらへ飛び出して来たこと。

 彼女と出会った時のことを簡単に伝えると、二人はふむふむと頷いて考え込んだ。


「それ、本当にヨモギさんは偶然なんですか?」

「『ドラゴンキラー』以外にも効果対象が不明瞭なテクニックはあったはずです。それらをまず当たってみましょうか」


 同時に顔を上げた二人の言葉は、いささか方向性が異なっていた。


「ヨモギについては偶然だろ。たぶん?」

「そうですかねぇ……」


 疑わしげに目を細めるトーカ。しかし、わざわざヨモギが俺に付き纏っていたとも考えにくい。今までそういったこともなかったしな。

 それで、本題はアイの方だ。


「『ドラゴンキラー』以外にも竜種特攻があるのか?」

「いえ、竜種特攻属性が付いた攻撃というのは、私の知る限りでは『ドラゴンキラー』だけです。ですが、似たようなものだと〈剣術〉スキルのテクニックに『鬼斬』とかがありますよ」

「ああ、あれですか」


 アイが名前を出したテクニックに、トーカも反応する。二人とも〈剣術〉スキルを修めているだけあって、そのあたりには精通している。


「鬼に特攻のかかるテクニックですね。これまでは特攻対象が不明のロマンスキルでした」

「過去形ってことは、特攻対象が見つかったのか」


 アイが頷く。


「ゴブリンに対して効果が高いことが分かりました」

「ああ、なるほど……」


 ゴブリン。別の表記をすれば小鬼だ。確かに特攻の対象に入ってもおかしくはない。

 しかしゴブリンは〈エウルブギュギュアの献花台〉にて初めて現れたエネミーであり、現在は和解もすんで味方勢力にも数えられる。〈緊急特殊開拓指令;天憐の奏上〉が始まるはるか以前から存在していた『鬼斬』は長い間不遇の時代を過ごし、また今も微妙な立ち位置にある。


「一応、猿なんかの人型に近いエネミーには多少の効果はあるんですが」

「やっぱり見た目は重要なんだな」


 ユカユカも竜ではなさそうだが、蜥蜴を竜とリンクさせたところから効力を発揮したように思う。やはり特攻系テクニックには、使用者の認識が強く関わっているのだろうか。


「対象不明の特攻系テクなら、アーツにもちょっとあるよ。〈虚の〉っていうチップがあるんだけど、対象がよく分からない割にLPコストが二倍くらいになるから死にチップになってるんだよ」


 話を聞きつけてラクトもやって来る。意外と調べてみれば、色々なところに使い所が分からないテクニックや術式があるようだ。


「それこそ、代表例は『破壊滅殺黒龍打破』じゃない?」

「そういえばそういうのもあったなぁ」


 いわゆる黒龍シリーズと呼ばれるバグテクニックだ。既に挙動は修正されているが、以前は非破壊オブジェクトの破壊という不法に強い効力を発揮した。あれも、今ではただのロマン系テクニックのように思われているが、何かしらの特攻効果があってもおかしくない。


「弓だと『妖精射ちフェアリーショット』とか」

「恐ろしいな……」

「一応、エルフに特攻かかる可能性も挙げられてるけど」

「試せるわけがないだろ」


 現時点でエルフはオフィーリアとレアティーズの二人しかいないのだ。そんな危険な実験ができるわけもない。

 ともかく、探してみれば案外謎の特攻系テクニックは多い。


「こういうのも『鬼斬』みたいに今後使い所が出て来るのかもしれないな」


 謎特攻系の謎なところは、俺たちがまだ特攻対象を見つけられていないのか、調査開拓団が特攻対象に遭遇していないのかが分からないところだ。

 『鬼斬』の実装と、その対象となったゴブリンの出現にはかなりの幅がある。


「『ドラゴンキラー』はまだ検証が進んでいる方です。実際、ヴァーリテインには通用しますしね」

「ヴァーリテインに効くなら、グラットンスネークやらにも効くんじゃないのか?」

「それがよく分からないんです」


 攻略組のアイはそのあたりの事情に詳しい。そんな彼女が首を捻る。

 饑渇のヴァーリテインは、〈奇竜の霧森〉のボスエネミーであり、暴食蛇グラットンスネークが貪食のレヴァーレンを経て成長した姿だ。つまり、実質的に同じ種族であるレヴァーレンやグラットンスネークにも『ドラゴンキラー』は通用するはずなのだが……。


「ちょっと霧森に行ってみようか。そうしたら、俺の仮説も検証できるかもしれない」

「そうですね。机上の空論だけでは意味がありませんし」


 俺たちは疑念を確かめるため、場所を移すことにした。


━━━━━

Tips

◇『鬼斬』

 〈剣術〉スキルレベル45のテクニック。悪しき鬼を滅する退魔の剣術。鬼に対して特に高い効果を発揮する。


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