第1424話「槍で腹切る」

 ヨモギの槍がトーカを貫く。下腹に深々と突き刺さり、背中から穂先が飛び出している。明らかな貫通だ。

 一撃必殺を基本とするトーカは、その戦闘スタイル上装備は必要最低限に抑えられている。袴と着物では、防御力はほぼ皆無といっていいだろう。故に下腹部の貫通は問答無用で弱点判定となり、ダメージにも凄まじい倍率がかかる。


「ふんっ。チャンピオンもこの程度ですか」


 ヨモギが勝ち誇る。

 詰め寄せた客席は静かだ。


「……レッジさん。あの子、もしかして」

「そうだなぁ」


 レティが戸惑いの声を上げる。俺はポリポリと頬を掻きながら頷いた。

 たしかにヨモギの一撃は完璧に決まった。トーカには確実に攻撃が届いている。並のプレイヤーであれば、それだけで決着はついただろう。

 しかし、彼女はチャンピオンだ。この闘技場において海千山千の猛者を拒むことなく打ちのめし、頂点に立っている。その実力は、伊達ではない。


「――この程度ですか」

「……っ!?」


 トーカの手が、自分の腹に突き刺さった槍を握る。

 青い血を垂れ流しながら動く彼女に、ヨモギは驚きを露わにしながら槍を引き抜こうとする。しかし、トーカの手がしっかりと槍を掴み、離さない。


「この程度で勝ちを確信するのは素人ですよ。レッジさんなら間髪入れず3回心臓を突き潰して、八尺瓊勾玉を破壊した上で猛毒を流し掛けます」

「え、いや……流石にそこまでは……」


 何故か確信を持った様子でトーカが言うが、俺もそこまで極悪非道ではない。まあ、八尺瓊勾玉を完全に破壊するくらいはするかもしれんが。


「甘いですね、甘々です。相手のLPを把握する手段は持っていて当然でしょう」


 トーカのLPは九割以上が消し飛んでいる。実際、一度は全て枯渇した。しかし、彼女は九死に一生を得た。いわゆる食いしばり。致命傷を一度だけ耐えるアクセサリーの効果だ。

 だからこそ、対人戦においては何度も確実にとどめを刺す必要があるという。食いしばりによって生き残った者を、完全に殺すために。


「そんな、馬鹿な……。『トリプルラッシュ』は多段攻撃です。食いしばりがあったって」


 ヨモギが最後に放った攻撃は『トリプルラッシュ』。目にも止まらぬ三連撃を繰り出し、確実に息の根を止める多段ヒット攻撃だ。彼女とて対人戦の鉄則を知らないわけではない。

 唯一言えるのは、トーカが上手だったことだ。


「『トリプルラッシュ』は2秒間で3回の攻撃です。つまり、2秒耐えればいい」


 その時、不思議なことが起こる。

 トーカのLPが一気に半分以上まで回復したのだ。ヨモギがたじろぐ。


「『セップクリバイバル』!?」


 それは〈剣術〉スキルと〈手当〉スキルの複合テクニック。起死回生の一手だった。

 LPが40%以下の場合に使用可能なテクニックであり、自分の腹を切ることによって致命傷を受け、10秒後にLPが60%回復する。


「そんな、まさか……。あなたは自傷行為をしていないじゃないですか!」


 ヨモギが疑問を投げる。

 そう、トーカは『セップクリバイバル』を使用しながらも、自刃していない。通常であればそのテクニックによる回復効果は出ていないはずだ。


「対人戦の先輩として、いいことを教えてあげましょう」


 ずぶり、と血まみれの槍を引き抜きながらトーカが笑う。

 彼女は痛覚設定とか弄っていないはずだが、全く表情を動かさない。


「剣士相手に多段ヒット攻撃で横着してトドメを刺すのは良くないですよ。食いしん坊で生き残る可能性があるので」

「く、食いしん坊?」


 俺もレティも聞いたことのない言葉だ。

 何かの通称であることはなんとなく分かるが。


「食いしばり、辛抱、無刀取り、切腹のコンボです。食いしばり系アクセサリーで初撃を耐えつつ、辛抱で無敵時間を確保。その間に無刀取りによって相手の武器を一時的に奪取、切腹を発動して多段ヒットの後段を自傷ダメージにカウントすることで回復するテクニックです」

「え、は、え?」


 ヨモギは理解が追いつかないらしい。

 まず、“死地の輝き”のような致命傷を一度だけ回避できるアクセサリーなどを用いて多段ヒット攻撃の一撃目を耐える。その際、あえて自分の体で敵の武器を受ける。次に『辛抱』という〈戦闘技能〉スキルと〈耐性〉スキルの複合テクニックを用いて、LP1の状態で数秒耐える状況を作る。その間はLP消費がなくなるため、どのようなテクニックでも使い放題のボーナスタイムだ。

 辛抱の効果中に使うのは『無刀取り』だ。〈戦闘技能〉と〈剣術〉の複合テクニックであり、相手の武器を強奪することができる。その際の判定は、対象となる武器を強く把持していること。つまり、腹に貫通させていれば、十分に奪取対象となるわけだ。

 これによりヨモギの槍は一時的にトーカに所有権が移る。その状態で『セップクリバイバル』を発動すれば――。


「ヨモギの武器で切腹したと言うことですか!」

「わざと腹を晒していたら、あなたが勝手に切腹してくれただけですよ」


 トーカはそう言って笑うが、聞けば聞くほど驚くべき芸当だ。

 そもそも、この数秒の間に三つのテクニックを立て続けに発動させるには、“型”と“発声”の精度が求められる。


「――さて。ところでヨモギさん。副作用は大丈夫ですか?」

「え、あっ」


 ヨモギの肌にドス黒い血管が浮き上がる。暴走していたアンプルの効果はまだ続いている。彼女は副作用として常に

 止まってしまえば、全身の血管から沸騰したブルーブラッドが溢れ出す。


「まっ、そんな――」


 機体が弾ける。

 熱湯と化したブルーブラッドが周囲にぶち撒けられる。


「うわ、エグ……」


 あまりにも惨い光景にラクトが顔を顰めた。

 ヨモギ対トーカの戦いは、一歩先を読んでいたトーカの勝利だった。


━━━━━

Tips

◇『セップクリバイバル』

 〈剣術〉スキルレベル75、〈手当〉スキルレベル50の複合テクニック。

 LPが40%以下の際に使用可能。自傷行為によって致命傷を受け、10秒後にLPが60%回復する。

“死期を定め、身を委ねるは武士の誉。しかして其の時いまだ来らん”


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