第1423話「薬漬けの狂犬」

 トーカが愛刀を構える。低く前傾した姿勢は彼女の基本、抜刀の形だ。対するヨモギは不遜に胸を張り、腰のベルトからアンプルを引き抜く。

 俺は対人戦の界隈にあまり明るくないが、トーカが強いらしいという噂は聞いている。なんでも、数多の挑戦者を拒むことなく実力で下し、王者の名を欲しいままにしているとか。

 対するヨモギも対人戦に慣れ親しんでいるようだが、彼女こそ戦績は不明だ。

 ともあれ、突如として闘技場の王者が乱入してきたとあって客席はおおいに沸いている。


「なんだか大事になっちまったなぁ」

「何をボケッとしてるんですか! レッジさんがあの迷惑プレイヤーをばっさり拒否してたらこうはならなかったんですよ」

「そうは言っても。本人も別に悪い奴ではないと思うんだ」


 レティはずいぶんとご立腹の様子だが、ヨモギは即アカウント制限がかかるような悪質なプレイヤーではないはずだ。特に根拠はないが、強いていうなら悪質と判断するだけの理由もない。


「あ、あのレッジさん? その、そろそろ下ろしていただけると……」

「おお、すまんすまん」


 ぼんやりして忘れるところだった。俺は小脇に抱えていたアイとラクトを床に下ろす。いつもの調子で受け止めてしまったが、騎士団の副団長に対して失礼だったかもしれない。

 謝ると、アイは顔を真っ赤にしてベンチに座り込んだ。


「それよりも始まるよ」


 ラクトの一言でリング上へ意識を戻す。

 そこでは、まさに今、両者が動き出していた。


「彩花流、肆之型、一式抜刀ノ型――『花椿』」

「『セルフドーピング』」


 両者同時。

 トーカが紅刃を抜き、神速の斬撃でヨモギの首元を狙う。彼女は軽装戦士だ。全身をベルトで固定しているとはいえ、大太刀“妖冥華”を前にすれば防御力は紙に等しい。そしてトーカの抜刀術は極限まで洗練されている。ただ〈剣術〉スキルのレベルが高く、テクニックの熟練度がカンストしているだけではない。澱みない“発声”と滑らかな“型”。またそれだけでもない。足の運び、腕の揺らし方、胸の傾け方。全身を活用し、一刀を繰り出す。

 故に必中。

 一撃によって数多の敵を斬り伏せて来た、彼女の基本にして奥義。

 だが――。


ガキンッ


 火花が散る。音が響く。

 それに何よりもトーカが眉を上げた。


「首が硬いですね」

「ふふっ。その程度のナマクラじゃ通りませんよ」


 トーカの刃が、モミジの首筋に刃を立てている。だが、鋭く研ぎ澄まされたそれは、スキンを破るに留まり、その奥へと切り進めていない。

 モミジは直立不動。刀を振り抜いたトーカだけが、体勢を大きく崩している。


「な、なんですと!?」


 レティが驚愕の声をあげる。

 彼女にとっても、トーカの抜刀術は一撃必殺の体現だ。だからこそ、それが阻まれたという事実に理解が追いついていない。


「なるほど、〈換装〉スキルか」


 俺は少し考え、おそらく答えに辿り着く。

 ヨモギがこちらに榛色の目を向けて笑った。


「正解です、師匠♡」


 ラクトたちが解説を求める。


「彼女は俺を参考にスキルビルドをしているらしいじゃないか。しかし、背中から腕は生えてないし、足が八本になってもいない」

「それは普通でしょ」

「そうなるのはレッジさんだけでは?」

「とりあえず聞いてくれ」


 確かにヨモギは異形への変形機能を有していない。しかし、〈換装〉スキルは持っている。それをどこに使ったのかといえば、スキンの下、機体の材質だろう。

 俺は先ほどの試合で彼女に槍を当てなかったことを少し悔やむ。そうすれば、ヨモギの秘密も分かったはずだった。


「たぶん、フレームを高耐久合金に変えてるんだろう。考えてみれば、副腕とか変形機能よりも一般的な換装だな」


 〈換装〉は機体そのものを弄るためのスキルだ。俺のように腕を生やしたり足を増やしたりするのは少数で、ロケットパンチを付けてみたり機体の素材を変えてみたりといった使い方の方が多い。例えば、軽量な金属をフレームに使えば機動力が高まるし、人工筋肉を増設すれば攻撃力が高まる。逆に前者は防御が疎かになり、後者は動きが鈍くなるというデメリットもあるが。

 とはいえ、フレームをトーカの抜刀術に耐えるほどの高耐久金属に変えるとなると、かなりのコストが掛かるはず。更に重量も上がり、仮に全身を総取り替えするならば、まともに動けなくなるだろう。


「つまり、別の場所で帳尻を合わせているということですね! トーカ、弱点を探して下さい!」

「言われずともっ!」


 レティがボクシングのセコンドばりに勢いよく声を上げる。しかし、トーカも同時にその結論に達し、すでに動き出していた。


「彩花流、壱之型、『桜吹雪』ッ!」


 繰り出したのは無数の斬撃を放つ〈彩花流〉の基本技。流麗な太刀捌きによって避ける暇のない連撃がヨモギを襲う。

 だが、ヨモギは不敵な笑みを湛えたままそれを受ける。回避すらしない姿勢に、周囲がどよめく。直後、彼女のLPが減っていないことに更なる混乱が広がった。


「そんな、トーカの攻撃が通じてない!?」

「いくらドーピングしてるといっても、自然回復じゃ追いつかないはずなのに!」


 レティたちが目を剥く。

 トーカの猛攻を真正面から受けたヨモギは、そのすべてを阻んでいた。弱点が見当たらない。トーカは弱点看破系の〈鑑定〉テクニックも所持しているはずだが、それでもなお見つからない。

 ヨモギは彼女の斬撃を素の防御力で受け止めていた。


「こ、こんなの卑怯ですよ! ドーピング検査をしなさい!」

「それは絶対引っかかるじゃん。とはいえ運営からは何にも言われてないしなぁ」


 FPOでプログラム書き換えなどのチート行為を行うためには、考えにくいが中央の管理システムそのものに働きかける必要がある。どう考えても大国のスパコンレベルの演算能力が必要だろうから、できる者は限られているだろうが。そもそもやったところで相互監視型の健全性維持システムによって即時修正と通報が行われる。

 つまり、ヨモギは正規の手段でトーカの攻撃を耐えている。


「重装でも盾を持ってるわけでもないのに……。なかなか面白いな」


 ヨモギがどのようにしてその硬さを維持しているのか、気になる。

 トーカは間断なく攻撃を繰り出しているが、次第に苦しげな表情を浮かべ始める。彼女の基本戦法は短期決戦。抜刀術の一撃必殺によって開始数秒で決着を付けるのが常であり、継戦能力は低い。

 抜刀系を含め〈彩花流〉のテクニックもLPコストが重いものが多く、また妖冥華のような特大武器もLP消費増量のデメリットがある。


「『セルフドーピング』」

「なに……?」


 トーカの猛攻に切間が見えた時、ヨモギがドーピングを重ねる。それを見て、俺は思わず眉を顰めた。

 レティたちは気付いていないようだが……。


「レッジさん、あれは」

「アイは気付いたか」


 アイがリング上から目を離さず口を開く。


「モミジは戦いが始まってから一度も動いてない。にも関わらず、ドーピングを重ねた」


 通常、ドーピングは重ねがけができない。薬効終了後の副作用を受けて、ようやく薬の掛け直しができるのだ。


「まさか……」


 ある結論に達する。その時、ヨモギが再びこちらを見た。


「師匠はやっぱりすごいです! ヨモギと同じ使い方を編み出していたなんて、感激しました!」

「――なるほど。ちょっと恥ずかしいじゃないか」


 師匠と呼ばれて浮かれていた。

 そもそもドーピングに関しては、俺よりも彼女の方が詳しいに決まっている。


「そのアンプル、副作用の方が目当てなんだな?」

「あはっ♡」


 最初に打ったアンプルの薬効は分からない。それよりも重視されていたのは、副作用の方だ。


「超動脈硬化。血管の通っている箇所の防御力が著しく上がります。代わりに動けなくなりますけど」


 ブルーブラッドは調査開拓用機械人形の全身を巡るエネルギーの管で循環している。彼女はそれを恣意的に硬化して、高い防御力を得ていた。代わりに血管が硬直したことで身動きが取れなかったらしいが、ともかくトーカの猛攻を耐えるほどの防御力を得ていたのだ。

 彼女が換装していたのは首筋のフレームじゃない。全身の血管だったのだ。

 そして、二本目のアンプル。それは一本目のアンプルの副作用を取り消すものか。


「ならば、今なら攻撃が通るということ!」


 トーカが動きだす。

 しかし、ヨモギは速かった。


「ヒートブラッド。攻撃力、敏捷性の大幅上昇。副反応は――常に


 ヨモギの頬が赤みを増す。全身の血が、文字通り沸騰していた。動き続け、冷却しなければ全身が爆発するのだろう。強い副作用は、強い薬効を生む。

 彼女は一瞬で距離を詰め、トーカを槍で貫いた。


━━━━━

Tips

◇極上糖液-エクストラ

 特殊な薬品を封入したアンプル。自身や他の調査開拓員に使用可能。

 超高糖度の液体。血管に直接注入することで、高い興奮作用を得る。

▶︎薬効

[超血糖値上昇]

 30秒間、攻撃力が大幅に上昇。寒冷地での行動阻害効果の無効化。

▶︎副作用

[超動脈硬化]

 30秒間、防御力が大幅に上昇。移動能力喪失。30秒後、LP全損。血管大幅損傷。


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