第1421話「公衆の面前で」
〈アマツマラ地下闘技場〉は天を衝く山嶺の中腹に築かれた地下資源採集拠点シード01-アマツマラの地下に位置する。調査開拓団の活動領域において唯一、調査開拓団規則による同士討ちの制限が緩和され、調査開拓員同士での戦闘が許されている場所だ。
より平易に語るならば、プレイヤー間の戦闘、
アイは騎士団保有の高速航空機で山肌を駆け上り、ものの20分で〈アマツマラ〉に到達。巨大ゴンドラに乗り込んで地下闘技場へと向かう。〈アマツマラ地下闘技場〉には一つの大闘技場と六つの中闘技場、空間拡張によって無制限に利用可能な小闘技場が存在する。〈大鷲の騎士団〉が誇る解析班の精鋭たちによる鬼のリサーチの結果、レッジたちは中闘技場の一つにいるらしいことが判明した。
「はあああああっ!」
アリーナの扉を蹴破る勢いで飛び込んだアイは、客席を巡る。大、中闘技場は観客席が開放されており、通りすがりの第三者であっても観戦が可能だ。珍しくレッジが訪れたということもあり、中アリーナを見下ろすすり鉢状の客席はほぼ埋まっている。
すり鉢の底、アリーナのリング上を見る。ロープによって仕切られた四角形の舞台の上に彼が立っていた。
「ははは、やっぱりヨモギは強いな。こっちの方が学ばせてもらってるくらいだ」
「そんなことないですよ、師匠! やっぱり師匠の技にはまだまだ届きません!」
リング上には彼と――タイプ-ライカンスロープの少女が立っていた。既に何戦かしているのか、二人ともじんわりと汗を滲ませ楽しげにしている。
「んぎっ」
アイの喉の奥から軋むような声が出た。
その少女はレッジに体を寄り添わせるようにしていた。明るい茶髪に、モデル-ハウンドの垂れ耳。そして全身のベルトによって強調されるはち切れんばかりの胸。その少女は無邪気な笑顔でレッジに頭を撫でてもらっている。
「ふ、副団長。大丈夫です。あの人はそこまで考えてないです」
「……分かってますよ」
どこか焦燥したクリスティーナが慌ててフォローする。
レッジは気安く少女の髪を撫でる。実の姪であるシフォンは特に頻繁に。あとはタイプ-フェアリーの機体も身長差的に撫でやすいのか、ラクトがよく撫でてもらっている。しかしアイは――彼女は〈白鹿庵〉所属というわけでもない。だから撫でてもらったりとか、そういうことは。
「師匠、もう一戦お願いしますっ!」
「またか? しかたないな。ヨモギの頼みなら……」
あの少女はなんだ。〈白鹿庵〉に新しいメンバーが加入したというような話は聞いていない。
リング側のベンチを見ると、レティとラクトが仏頂面で二人のやりとりを見ている。どうやら、歓迎されてやってきたわけではないらしい。
ヨモギという名前の彼女は、レッジのフォロワーであるらしい。槍を扱い、〈風牙流〉を学び、更にはアイテムも活用した戦闘を繰り広げている。その姿は確かにレッジのそれに酷似していた。体格や性別の違いはあるが、足の運びや槍捌きがよく似ているのだ。
「『セルフドーピング』ッ!」
「来たな。それが手強いんだ!」
「ふふふっ。師匠でも襲っちゃいますよっ!」
その一方で、彼女自身の特質も見えてくる。一番はアンプルを多用した戦い方だろう。アンプルというアイテムは、奇特な縛りでも課さない限りほぼ全ての調査開拓団が使っている。とはいえその大半は回復アンプルと呼ばれるLPを回復させるものや、ホットアンプル、クーラーアンプルといった環境適応用の薬効があるものばかり。
ヨモギは〈調剤〉スキルも習得しているようで、アンプルをドーピングとして使用している。自身に特殊な薬品を投与することで、攻撃力や脚力などを底上げするのだ。その力は〈支援機術〉のバフよりも即効性があり、効力も高い。
「『サウザンドラッシュ』ッ!」
「いい連撃だ!」
繰り出される槍。一本のはずが、無数にぶれた影が面となって襲いかかる。並の調査開拓員であれば抵抗もできず全身に剣山を押し付けたような跡が残るだろう。
しかし、レッジは卓越した反射神経でそれを弾く。無数に見える槍の本質が一本の高速連撃であることを見抜き、冷静に対処している。
「はぁっ!」
「フラッシュバンッ!?」
その時、ヨモギがベルトに吊っていた小さなボールを落とす。リングの床に当たった瞬間に、閃光が爆ぜる。観客席の上段に立つアイには少し驚く程度の光量だが、ヨモギと密着していたレッジは目を焼かれる。
アイテムも躊躇なく投げ、状況を好転させる。ヨモギの戦い方は柔軟だった。
だが――。
「なっ!?」
「目を塞いだ程度じゃ、まだまだだな!」
レッジの迎撃の手は止まらない。
ヨモギの顔に驚愕が浮かぶ。それを見て、アイが――ベンチのレティとラクトが得意げな顔をしていた。
「レッジさんは五感が封じられた状態でもボスとやり合う人ですよ。その程度の目眩しは効きません!」
「副団長、楽しそうですね」
アイの言葉は正しく、レッジは目を閉じているにも関わらず冴え渡った手腕で攻撃を迎えている。
しかも、顕著なのは両者の表情だ。レッジは瞼を閉じてなお口元に魅力的な微笑を浮かべ、淡々と槍を震っている。対してあのヨモギとかいう女は明らかに焦っている。まるで、タイムリミットが迫っているかのようだ。
「ドーピングアンプル。非常に高い効力を発揮しているようですが……。そうなると怖いですね?」
アイが口角を上げる。
その直後だった。
「がっ、くっ……!」
ヨモギが苦悶の表情を浮かべて膝を折る。レッジは何もしていない。ただ熾烈な攻撃を耐え忍んでいただけだ。にも関わらず、攻守が逆転した。
〈調剤〉スキルによって使用可能となる、自身へのドーピング。その効力は薬液に依存するが、概して非常に高い。爆発的なステータス上昇を得られる。しかしその実態はステータスの前借りだ。
薬効の持続時間が終われば待っているのは、過酷な副作用である。
「くっ、このっ!」
「腕部BB三割減、脚部BB半減ってところか。防御力も落ちてそうだな。ついでにLPも継続減少と」
ヨモギの槍を払いながら、レッジはヨモギの現状を推測する。〈鑑定〉スキルではなく、目視からの推察とは。やはり彼は騎士団の解析班にも匹敵する実力がある。
彼の分析は正確だった。ヨモギの動きは如実に鈍り、防戦一方のままリング端まで追い詰められている。
「いけーーーっ! 刺せっ! 刺せ!」
「やっちまえ!」
「とどめじゃー!」
客席から激しい野次が飛ぶ。なんならレティやラクト、ついでにアイまで拳を掲げていた。
しかし――。
「さて、ヨモギ」
「なっ、レッジさん!?」
レッジは槍を下ろしてヨモギの元へと歩み寄る。ヨモギさえも困惑の顔だ。
「ドーピングアンプルは強力だが、反動が大きい。だから薬効が切れるまで耐久されたら、一気に形成逆転だ」
悠長に語るレッジを、アイが、レティが、ラクトが、観客たちが注目していた。
まさか、とアイは息を呑む。
あのヨモギという少女はレッジのことを師匠と言っていた。一応調べたところ、そういう関係があるわけではなく、彼女が弟子を僭称しているだけらしい。しかし、レッジはそれに乗せられ、彼女にレクチャーをしているのでは?
「わ、私だってレッジさんに色々教えてもらいたいのに……」
「副団長?」
「なんでもない!」
公衆の面前で講習が続く。
「俺も昔、色々試してな。最初は薬効が切れる前に別のアンプルを刺せばいいかとも思ったが、どうやら無理らしい」
アンプルを重ねて副作用を回避することは不可能ではないが難しい。大抵は再使用可能時間が間に合わないし、別のドーピングを行うと即時に悪影響が出てしまう。
その程度のことはヨモギも承知の上だろう。
「だから、こう考えたんだ。薬効ではなくて副作用、というか副反応の方で戦うべきだろうと」
「へ?」
ヨモギの小さな声が、中闘技場の総意だった。
何言ってんだコイツ、と。
「これ、毒なんだがな。まあ毒と言ってもいろんな種類がある。だから――」
レッジが取り出したのは小さなガラス瓶。そこにはドロリと粘ついた濃い紫の液体が入っている。レッジはそれを躊躇なく飲み干した。
「たとえば、“常に超高速で走り続けてしまう”なんていう奇行を誘発する毒なんかもあるんだ」
「ひゃあっ!?」
レッジが走り出す。リングに張られたロープを使い、縦横無尽に跳ね返りながら。
その動きは常軌を逸していた。彼の脚部BB極振りでも〈歩行〉スキルの高さでも説明がつかないほど、アイですら目で追うのが難しいほどの超高速。隣に立つ副官――速度特化の伝令兵であるクリスティーナの目を剥いている。
「なんですか、あの速度は。新幹線にでもなったんですか!?」
「レッジさんの第二形態ですね」
高笑いしながら走り回るレッジ。彼は槍を構える。
「『チャージランス』」
それは基本的なテクニックだった。
クリスティーナも多用する、突撃系の槍術。自身の移動速度と移動距離に応じて貫通力と刺突属性攻撃力を高める技。〈伝令兵〉系のロールテクニックにツリーが派生していく、その初期にあるものだ。
その一撃が――。
「せいっ!」
ヨモギの頬を掠めた。
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Tips
◇『チャージランス』
槍を構え助走を付けて繰り出す突撃。助走距離と速度に応じて、貫通力、刺突属性攻撃力が上昇する。
“野を駆けて繰り出すは、何よりも鋭く、何もかも貫く一槍。”
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