第1420話「駆け付ける」

 攻略組最大手と名高い大規模バンド〈大鷲の騎士団〉。その副団長ともなれば、日々の暮らしも多忙を極める。特に今はモジュールシステム黎明期ということもあり、解析班などがそちらに注力し、大量のリソースの消耗と共に莫大な情報が上げられてくる。一般の構成員には金を稼いでこいと叱咤激励しつつ、今後の活動方針についても決めていくという、多頭の暴馬を御すような負担が強いられていた。


「副だんちょ、こっちの資料見てもらっていいですか?」

「中庭で爆発起きました!」

「メイド服の訪問販売が来てるんですが」

「資料はメッセージで送っておいてください。今日中に確認します。爆発の被害を確認して設備班に連絡を。押し売りは断ってください!」


 次々と矢継ぎ早に飛んでくる要請に細かく答えながら、副団長アイは思わずログアウトボタンへ伸びかけた手を止める。

 別にゲームのバンド運営にそこまで重い責任があるわけではない。疲れたと一言残してログアウトしても、責める者はいないだろう。結局のところ、これは彼女自身がやりたいからやっていることだ。


「副団長はモジュールシステム試してみたんですか?」

「ふぅ。一応軽く手は付けましたよ」


 〈大鷲の騎士団〉の本拠地、〈翼の砦〉にある執務室。高級感のある革張りの椅子に身を沈めたアイを見て、副官のクリスティーナが雑談の話題を提供する。すぐに館付きのメイドロイドが紅茶とケーキを運んでくる。

 無理をして業務を抱え込むのは彼女の悪癖だ。クリスティーナは副官として、彼女を休ませるべきだと考えた。

 話題として選ばれたのは、今も巷を賑わせるモジュールシステム。アイも当然のこと手を出して、自分用のモジュールを刻印するまでは至っている。あいにく、実戦に投入し検証するほどの時間的余裕はまだ取れていないが。


「クリスティーナは〈突撃〉でしたっけ?」

「はい。扱いやすくて便利ですよ」


 優秀な副官であり、第一戦闘班突撃部隊の隊長を務めるクリスティーナ。伝令兵というロールを持ち、長槍を用いた突破力で前線を押し上げる切込隊長だ。そんな彼女が採用した〈突撃〉は、難解なものが多いモジュールのなかでは珍しくシンプルにまとまった代物だった。

 その効果は単純に速度に応じて貫通属性の攻撃力が高まるというもの。まさにクリスティーナのためだけにあるようなものだ。


「ち、ちなみにレッジさんがどのようなモジュールを手に入れたかとかって分かりますか?」

「レッジさんですか? ブログを見た感じだと〈嵐綾〉というモジュールを手に入れたようですが」

「ううむ……」


 アイはwikiを検索し、当該モジュールの詳細を調べる。とはいえ、基本的な情報――つまりレッジがブログで公開している以上の情報はない。嵐を呼ぶというのは、彼の扱う〈風牙流〉との親和性も高いのだろうか。

 真剣な表情で考察を深める副団長を、クリスティーナは微笑ましく見ていた。ただ愚直に剣の強さだけを追い求めて自爆を繰り返している、どこぞの団長とは大違いだ。

 アイのプレイスタイルは器用なものだ。レイピアを用いた単独戦闘も一線級ではあるものの、その真価は歌唱による支援と戦旗掲揚による広域バフにある。まさしく軍団を率いるに相応しい能力であり、どちらかといえば単騎戦闘を得意とする幹部連中に変わって、実質的な指揮官として君臨しているのはスキルビルドの都合もあった。

 だからこそ、彼女は無意識のうちに、レッジと相性のいいモジュールとはなんだろうか、という思考を巡らせている。自覚のない行動は、第三者から見るとむず痒くも微笑ましい。


「風に乗せて歌うとか。ふへっ」

「そんなに気になるなら、会いに行ったらどうですか?」

「ふえぇあっ!?」


 考察から妄想へと思考が移っていくのを察して、クリスティーナがぼそりと呟く。タイプ-フェアリー特有の笹型の耳がピクンと跳ねて、頓狂な声が執務室に響いた。


「な、なにを――。私は別にそういう意味じゃ。ていうかレッジさんも忙しいでしょうし」

「最近ログインしてませんでしたね」

「そうなんですよ……」


 軽く相槌を打っただけなのに、アイはしょんぼりとする。二週間ほど音沙汰がなかった時、如実に彼女のパフォーマンスも下がっていた。今の激務はその揺り戻しのようなところもあるのだ。


「ま、まあたまに様子を窺いにいくというのもやぶさかではないですけど。〈白鹿庵〉は騎士団の重要なぱ、パートナーでもありますからね。副団長が出向くというのも別に変なことではないでしょうし」

「焦ったいなぁ……。こほんっ。それじゃ、連絡入れましょうか」

「ままま、待って!」


 クリスティーナがメッセージを送ろうとウィンドウを開いた瞬間、アイが目を見開いてそれを止める。


「や、やっぱり忙しいかもしれないし? こっちも仕事残ってるし、また明日にでも――」

「ごちゃごちゃ言ってないでパッパとやりましょう」

「ごちゃごちゃ!?」

「メール送りました。あ、返信返ってきましたね。今、闘技場にいるみたいですよ?」

「はやっ!? ちょっ、って、闘技場?」


 仕事の早すぎる副官に慌てふためくアイだったが、その報告を受けて首を傾げる。

 闘技場というのは〈アマツマラ地下闘技場〉のこと。対人戦専用フィールドであり、〈白鹿庵〉の中ではトーカなどがよく荒らしているが、レッジは普段あまり近付かないイメージがあった。

 たしかに彼も、騎士団長にせっつかれて戦ったことはあるが……。


「ちょっ、アイ! 大変ですよ!」

「なんですか?」


 首を捻るアイ。その時クリスティーナが血相を変えて執務机に身を寄せる。


「レッジさんが、レティさんとラクトさんと一緒にいて」

「別に普通じゃないですか。どこかおかしいことでも?」

「それだけじゃなく、見知らぬタイプ-ライカンスロープの女の子と何度も戦っているみたいで」


 クリスティーナがウィンドウを可視化する。それは闘技場関連の話題を扱う掲示板のスレッドだ。勢いよくレスの流れるなかで、レッジが可愛い犬の女の子(しかも巨乳!)と槍で熾烈な争いを繰り広げている様子が実況されている。


「クリスティーナ行きますよ」

「はいっ」


 副団長の決断は迅速だった。

 彼女はクローゼットから対人戦闘用装装備プリセットを呼び出し、着用する。執務用の部屋着からドレスメイルの女騎士へと変わり、凛とした空気を纏う。クリスティーナもまたラバースーツにマントといういつもの装いで付き従う。


「あっ、副だんちょ! なんかおっさんが闘技場で暴れてるらしいっすよ!」

「副団長! 中庭で爆発が!」

「副団長ぉ! ヌメヌメローションの押し売りが!」

「爆発は設備班に連絡を。押し売りは蹴飛ばしてかまわない。私はちょっと外出します!」


 わらわらとやってくる部下たちを一蹴し、アイは飛び出す。

 向かう先はただ一つ、〈アマツマラ地下闘技場〉である。


━━━━━

Tips

◇MB-B -〈突撃〉

 モジュールデータ。八尺瓊勾玉に刻印することで特殊な効果を発揮する。

〈突撃〉

 貫け、進め、走り続けよ。我らの前に道はなく、我らの後に道がある。MP消費:1


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