第1419話「弟子入り」
地上前衛拠点シード01EX-スサノオ。塔の第四階層に広がる宇宙に浮かぶ巨大都市として発展を遂げ、今もなお“星狩り”と“砂糖精製”という二台柱によって調査開拓団全体への莫大なリソース供給源となっている。金が集まるところには人が集まり、そして商業的な活気も出てくるというわけで、少し離れていただけで町には見慣れない店が多く立ち並んでいた。
俺とレティ、そしてヨモギが連れ立って向かったのは、そんな〈エミシ〉に新たに進出した、瀟洒な喫茶店だった。瑞々しいグリーンの植物が置かれ、心安らぐ空間に重点を置いた、穏やかな雰囲気の店である。
人気商品は店主のこだわりが光る特別なケーキ。〈エミシ〉のダイソン球型栽培所で取れる上質な砂糖を用いた、上品な甘さの特徴的なショートケーキだ。
テーブル席に案内された俺たちは、各々の飲み物と共にショートケーキを注文する。すぐに届けられたそれは、新鮮なイチゴが美しい、シンプルながらも美味しそうな正統派ショートケーキだった。
「……で?」
テーブルに置かれたショートケーキを前にしながら、俺はそれに手をつけることができない。俺の隣に座った青髪の少女がじっとこちらを見つめているからだ。
「この子は誰なの?」
「はいっ! ヨモギはヨモギと言います! 師匠の弟子です!」
「……」
テーブルを挟んで対面するヨモギは早速ショートケーキにフォークを刺している。口元にクリームまで付けて、ペロリと赤い舌で舐めていた。
俺もケーキが食べたいんだが……。
「レッジ、どういうこと?」
「どうもこうも、さっき説明した通りだよ」
「つまりこの子は自称弟子で、レッジは一切関与していない、全くの赤の他人だと」
「そ、そこまで言わなくても……」
事実はそうなのだが、言い方が冷たすぎる。
この喫茶店を訪れたのは、ラクトの誘いを受けたからだ。一応ヨモギを連れて行くことも伝えておいたのだが、実際に対面したラクトは随分と面食らっていた。その後、入店してもずっとこの調子で、なぜか俺に対する尋問が続けられていた。
「要はレッジさんのフォロワーですよ。レティもレッジさんも初対面ですが」
「フォロワーねぇ……」
ホールでショートケーキを頼んでパクついているレティも、見かねて助け舟を出してくれる。
ラクトは俺が内緒で弟子と称して少女に声を掛けているのではないかと疑っているのだろう。
「安心してくれ。俺は分別のある大人だ。そのあたりの付き合い方は弁えてるつもりだ」
「それもそれなんだけど……。まあいいよ」
胸を張って答えると、ラクトもなんとか納得してくれた。彼女はショートケーキをフォークで削りながらヨモギの方へと顔を向けた。
「レッジの弟子なんて、自称とはいえよく名乗れるね。レッジの戦い方とかって、真似するの難しいって聞くけど」
「はいっ! めっちゃ難しいですね!」
彼女の興味は俺とヨモギの関係から、ヨモギのプレイスタイルへと移ったようだ。
フォロワーという文化について、俺はLettyの存在程度しか知らない。しかし風の噂によれば、俺のプレイスタイルを真似てくれている人もいると聞く。
「そういうもんか? 〈風牙流〉が使えたらそれでいけると思うが」
「あとはテントとDAFシステムと原始原生生物とマシラと白月と分割思考があれば完璧ですね」
俺を特徴づけているものを挙げてみると、レティからその六倍が返ってきた。
「むしろ〈風牙流〉はおまけみたいなものでしょ。テントとか、揃えるだけでも破産しそうな額だろうし、それを扱えるかどうかもまた別の問題でしょ?」
「も、モノさえあれば割となんとかなるんだぞ」
「どうだかねぇ」
俺のプレイスタイルは戦闘も生産も生活も、と欲張りなものだ。だからこそ、FPOの魅力を味わえると思っているし、初心者にもぜひお勧めしたい。だが、ラクトだけでなくレティやヨモギまで懐疑的だ。
「ヨモギは師匠の戦い方を中心に参考にしてます! 他は、ドローンとか意味がわかんないので!」
「そ、そんな……」
真正面から意味が分からないと言われると流石に凹む。頭の中にもう一人の自分を作って、そっちに作業を任せるだけなんだが……。
「なるほどね。レッジの戦い方かぁ」
「なかなか強いですよ。レティも吹っ飛ばされましたし。――あ、チョコレートケーキもあるんですね!」
「レティが吹っ飛ばされた?」
マイペースに注文をするレティを見て、ラクトが目を見張る。彼女の卓越した戦闘センスは、ラクトも十分に知るところだ。だからこそ驚きが勝る。
「ヨモギさん、闘技場にも通ってるみたいで。対人戦が得意なんですよ」
「なんでレティが得意げなの……」
ふぅん、とラクトはヨモギを見る。当の本人はオレンジジュースを飲み干し、ぷはっと気持ちのいい声をあげていた。
「そもそも、今までは弟子と言いつつもレッジに会おうとはしなかったんだよね? どうしてわざわざ出てきたの?」
「ええっと、それはですね……」
ヨモギはフォークを置く。
「師匠と偶然会えたというのも大きいんですけど、それよりも――。師匠が使ってた技が素晴らしくて、居ても立ってもいられなくて」
「技? 何か使ったか?」
心当たりのない理由に首を傾げる。
するとヨモギは勢いよくテーブルから身を乗り出して顔を近づけてきた。
「使ってましたよ!」
「うひゃっ!?」
思わず俺の隣に座っていたラクトが悲鳴を上げる。レティはホールのチョコケーキの載った皿を持ち上げて、避難させていた。
ヨモギは興奮した様子でふんふんと鼻息を荒くして、目を輝かせる。
「ユカユカを貫いたあの槍! あの威力はどう考えても『ドラゴンキラー』のそれではないはず! いったい、どんな魔法を使ったのか気になります!」
「うおおっ!?」
どうやら、ヨモギは俺とレティのユカユカ戦を見ていたらしい。そして、俺が繰り出した『ドラゴンキラー』の威力の高さに驚き、飛び出してきたと。そういえば、彼女のRTA記録動画で『ドラゴンキラー』が使われていたのだ。
「ちょ、ちょっと近づきすぎじゃない!?」
「あ、すみませんっ」
ラクトがヨモギをぐいと押し返す。落ち着きを取り戻したヨモギだが、興味は失われていないようで熱心な目をこちらに向け続けている。
とはいえ、どう説明したものか……。
俺もいまいち条件は分かっていないのだ。あれが龍だと思ったから、と言っても信じてもらえるか疑わしい。
俺が首を捻っていると、ヨモギがテーブルに手をついて頭を下げた。
「お願いします! 師匠、ヨモギにその技を教えてください!」
「そ、そう言われてもなぁ」
レティとラクト、だけでなく店内の客からの視線も集まる。落ち着いた雰囲気の店で、ヨモギの声は元気が有り余っている。
「と、とりあえず外に出ないか?」
「っ! ありがとうございます!」
「いや、教えると言ったわけじゃ……」
「だ、ダメなんですか……?」
「そうじゃなくてだな」
ヨモギの表情がクルクルと変わる。少女を涙目にさせている姿は、ちょっと外聞が悪い。俺はひとまず彼女の手を取って、店内の視線から逃げるように外へ出た。
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Tips
◇カフェ〈グリーンガーデン〉
シード01EX-スサノオ、第三商業区域にあるカフェ。丁寧に手入れされたたくさんの植物が心を和ませる、雰囲気の良い店内で、店主こだわりのケーキを楽しめる。
▶︎店主からのメッセージ
おかげさまでガイドブック〈イザナミ新味〉に掲載頂きました。こちらで紹介されましたように、事前の予約でウェディングケーキのような大きなケーキもご用意できます。詳細はお気軽にご相談ください。
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