第1418話「知らぬ弟子」

 師匠。学問、芸術または武芸などを教える人。先生。

 突然俺たちに襲いかかってきた犬耳の少女はいま、指先までピンと伸びた綺麗な土下座で半分水浸しになりながらそう言った。


「あー、えっと。人違い――」

「人違いじゃないです! 師匠はヨモギの師匠なのですから!」

「うーん」


 弟子を取った覚えはないのだが、彼女はキラキラと目を輝かせてはっきりと断言している。そこまで言い切られると、なんだか知らないうちに弟子を取っていた気がしてくるような。


「ぬぁあああああああっ! なんなんですか貴女は! レティぶっ飛ばしておいて、こっちには謝罪なしですか!」


 そのまま押し負けそうになっていたその時、遠くに吹き飛んで塩湖に頭から落ちていたレティが猛然と駆け戻ってきた。怒り心頭といった様子で今にも少女をハンマーで叩き潰しそうだ。


「ひょえっ!? す、すみませんレティさん。思わぬところで師匠を見つけてしまい、つい興奮してしまって」

「興奮って……。レッジさん、師匠ってどういうことですか?」


 矛先が俺に向かった。すかさず両手を挙げてやましいことは何もないと主張する。


「俺も皆目見当がつかん。多分この、ええとヨモギさん? が言ってるだけだ」

「はい、ヨモギと申しますっ!」


 ぴょこんと揺れる垂れた耳は、やはり明るい茶髪もあいまってゴールデンレトリバーのような大型犬のそれを連想させる。なんというか……機体そのものもがっちりしているし、更に太ももや腰、二の腕なんかをキツくベルトで締め付けているようで、濃緑色の外套を纏っているとはいえ、正直目のやり場に困る。

 ヨモギと名乗ったその少女は、手に槍を持っている。俺のものと同じくらいの、短槍にカテゴライズされるような長さだ。更にベルトにはアンプルが装填されており、すぐに取り出せるようになっていた。

 極め付けは先ほどのレティを吹き飛ばした技だ。


「ヨモギさんは〈風牙流〉を使ってるんだな」

「はい!」


 元気の良い返事がすぐに返ってきた。彼女が使っていたのは、槍と解体ナイフを使って風を生み出し扱う流派、〈風牙流〉四の技『疾風牙』だ。

 〈白鹿庵〉や知り合いの攻略組などは何故か当たり前のように流派の開祖になっているが、別にそれだけが全てではない。むしろそれ以外――既存の流派の中から好きなものを選んで入門するのが基本だ。

 実際、〈風牙流〉は槍と解体ナイフという戦闘職なら楽な条件なので、俺以外の門徒も多いらしいとは聞いていた。しかし実際に見るのは初めてだ。


「つまりヨモギさんはレッジさんが開祖の〈風牙流〉を使っているから、師匠と呼んでいると?」

「それもあります!」


 腕を組んで唇を尖らせるレティに、ヨモギははっきりと頷く。なんとも快い返事じゃないか。いい子だな。


「でも、それだけじゃないです。ヨモギは師匠の戦いの全てに感動し、感激したのですっ! だから師匠みたいにあらゆる手段を使って徹底的に敵を追い詰め、喉笛を掻き切るように殺す戦い方を極めたいと思っていますっ!」

「おい、俺ってそんな悪辣なやつだったか?」

「そこはまあとにかく、要はレッジさんのフォロワーですか」

「おーい」


 随分と散々な言いようなのに、何故かレティがスルーする。俺はただの一般プレイヤーなのに……。

 フォロワーということは、プレイスタイルとしてはレティに対するLettyのようなものだ。ヨモギは機体からして違うし、武器も短槍ではあるものの俺のものよりも太く重たそうなので、色々と改良されているようだが。

 そういったプレイヤーが出てくるのは、考えていたよりも案外嬉しいものだ。自分のプレイスタイルが認められたような気がする。


「ヨモギにFPOの楽しさを教えてくれたのは師匠なんです! だから、一言お礼だけでも言いたくて!」

「そりゃあ嬉しいが……。とはいえ、わざわざ襲い掛からなくても良かっただろ」

「あぅ。す、すみません……」


 ようやく自分の行動を省みたのか、ヨモギはしゅんと肩を落とす。そんな彼女の反応を見て、レティも少しは溜飲を下げたようだった。


「しかし、さっきの戦いぶりは凄かったな。レティが防戦一方とは」

「なっ!? あ、あれはちょっと驚いただけで……」

「ありがとうございます!」


 思い出すのは先ほどの急襲だ。確かに上空からの飛来というトリッキーな導入でレティの意表を突いたとはいえ、その後の槍捌きもなかなかのものだった。テクニックのエフェクトを利用するなど、対エネミー向けの戦い方ではない。


「対人戦も得意なのか?」

「はいっ! よく〈アマツマラ地下闘技場〉で戦ってます!」

「なるほど。レティはあんまり対人してませんからね」


 俺を師匠と仰いでくれているものの、ヨモギはヨモギで独自のプレイを楽しんでいるらしい。対人は俺もあまり手を出していない分野だが、最近はそこに特化した技なども編み出されているのか。


「RTAもそういうプレイの一環か」

「ひょえっ!?」


 まんまるな目。ヨモギが大きな声を上げ、レティが驚いていた。

 なぜ、と問われた気がして答える。


「槍捌きがヴァーリテイン討伐の時のそれに似てた。あとは着地の瞬間の身のこなしと歩き方かな。割と特徴が出てると思うぞ」

「あ、わ……その……ありがとうございます」


 ヨモギは別のアカウントでも作って、“あ”という名前でRTAをしていた。そう感じたのは、動作の端々に個性が出るというVRゲーム特有のものからだ。

 俺が理由をいくつかあげると、ヨモギはそれまでの快活さをなくして、もにょもにょと口の中で小さく声を漏らした。


「FPOのプレイ動画を色々見てたら、俺っぽい動きのプレイヤーがいたから気になってたんだ。他の動画を見てると、俺を真似しつつ独自の動きも取り入れていることが分かって面白かったよ」

「あへへ……。観てくれてたんですね」

「随分しおらしくなりましたね」

「あぅう」


 一変して恥ずかしそうに俯くヨモギを見て、レティが口元を緩める。そこにも強く出られないようで、ヨモギは更に小さく身を縮めてしまった。


「あっちは性別も変えてたはずなんですけど」

「確かに機体の性別は違ったけどな。そういう人も珍しいほどじゃないから」


 FPOではキャラと実際の性別は同じというプレイヤーがほとんどだが、異性を選ぶこともできる。フルダイブVRという環境故、異性を選ぶと体を動かしにくくなることもあるが、そのあたりは慣れでどうにかなることも多い。

 そもそもヨモギの場合は、おそらくRTAの時は男性型の若干だが攻撃力と所持重量に補正がかかる点で選んでいるのだろう。かなり微々たる差ではあるが、シビアに切り詰めるRTAではタイムを分ける要因にもなり得る。


「今更恥ずかしがって、変な人ですねぇ。……とりあえず、どこか町に行きませんか」


 立ち話もなんですし、とレティは歩き出す。源石入手という目的も達した以上、塩湖の真ん中で話し続ける理由もない。逆にボスエネミーの占有行為となる可能性もあった。

 手を差し伸べるレティを見て、ヨモギはきょとんとする。


「別に吹っ飛ばされた程度でやり返したりしませんよ。謝罪も頂きましたからね」

「――ッ! ありがとうございます!」

「もうちょっと声のボリュームは落としてくれた方がいいですけど!」


 飛び跳ねるように立ち上がったヨモギは、すっかり元気になってレティの手を握る。

 ちょうどその時、ラクトからメッセージが飛んでくる。内容は今どこで何をしているのか、というものだった。


『レッジ:レティとボス狩りしてた。今から戻る』

『ラクト:了解。わたしも〈エミシ〉にいるから、そこで合流しよ』

『ラクト:美味しいケーキのお店見つけたし』

『レッジ:お、いいな。ちょっと一人連れてくがいいか?』

『ラクト:別にいいよ』


 俺はヨモギと共に、〈エミシ〉へと足を向けた。


『ラクト:ちなみに誰? 女の子?』

『ラクト:別に誰でもいいんだけど、一応』


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Tips

◇機体の男女差について

 各種機体は同型でも男性型と女性型が存在します。男性型は重量が重く、攻撃力と積載重量が高くなっています。女性型は軽量で、防御力が高くなっています。


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