第1417話「急襲の犬娘!」

 〈塩蜥蜴の干潟〉のボス、“白鎧のユカユカ”を爆発四散させ呆然とすることしばし。解体しようにもモノがほとんど残っておらず、ドロップ品という意味では戦果はなきに等しい。一応、本来の目的である源石だけは入手できたので、これは八尺瓊勾玉の強化に使うことになるが。

 ちなみに、〈塩蜥蜴の干潟〉の先、第三開拓領域〈イヨノフタナ海域〉の第三域はまだ見つかっていない。いや、未発見というよりは立ち入り禁止。より正確かつメタ的に言うならば未実装といったところか。


「この先は広大な海になってて、いまだに陸地は見つかってないんだったか」

「そうですね。塩湖の向こうにもしばらく干潟が続いて、その先は急に水深が深くなって波も高くなって。荒波を越えようとする人も多いんですが、新フィールドに到達した話はまだ聞いていません」


 これまではボスエネミーを倒せば次のフィールドへの通行権が手に入った。今回もそれに違いはないはずだが、そもそものフィールドが見つかっていない。〈エウルブギュギュアの献花台〉で遊んでおけ、という運営からの明言なきメッセージだというのが、攻略組の間での薄い理解だった。

 とにかく源石は手に入ったし、先に進むこともできない。


「帰るか」

「ですね」


 やる事がなくなった。

 俺は近くで佇んでいた白月を呼び寄せ、レティと共に帰路に就く。


「ユニさんも源石で強化できたりするんですかね」

「八尺瓊勾玉を積んでるわけじゃないんだろ?」

『得体の知れない生体部品を取り付けようとするんじゃないわよ』


 興味津々といった様子でユニの赤いメタリックボディを眺めるレティ。ユニの言葉で思わずなるほどと頷く。そういえば源石は生物由来にも関わらず、機械である調査開拓人形の強化に使われている。


「第零期先行調査開拓団は有機外装が基本だったんだろ?」

『有機外装と原生生物は全然違うでしょ。私だって、エウルブ=ギュギュアの有機外装があれば……』


 エウルブ=ギュギュア、現オトヒメの有機外装は巨大なクラゲだった。第六階層の水槽に浮かんでいたそれは、すでに回収されたのか、もしくは管理者の手に渡ったのか。今は第六階層自体に入れなくなっているためよく分からない。

 統括制御システムであるユニも、第零期組の産物だけあって有機外装を動かすことはできるらしい。当然、許可されていないが。


『ところでレッジ、さっきの攻撃凄かったわね。私の手下に加えてやってもいいわよ』

「うん? ああ、『ドラゴンキラー』のことか」


 機械のカニがニヤニヤ笑っているような気配を感じつつ、俺はさっきの不思議を思い出す。“竜種”に特攻がかかるという実用性のないテクニックだったはずの『ドラゴンキラー』を興味本位で使ったら、なぜか“白鎧のユカユカ”に効果があったのだ。いや、ありすぎたというべきか。


「あれはびっくりしましたよ」


 レティもそっちが本題だとばかりに口を開く。


「今回は何をやったんですか?」

「今回ばっかりは特に何もやってないんだが」


 なぜか俺がやらかしていること前提で話を進めるレティに、一瞬目を細める。


「強いて言うなら――」

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 口を開きかけたその時、突如上空から激しい吶喊の大声が近づいてきた。


『ぴょえっ!?』

「レッジさん、危ない!」


 ユニが悲鳴をあげ、レティがハンマーを構える。広い空の向こうから小さな粒のような影が猛烈な勢いで落ちてくる。ぐんぐんと接近するそれは、やがて輪郭を鮮明にした。


「プレイヤー!?」


 自由落下以上の速度で落ちてきたのは、調査開拓員だった。タイプ-ライカンスロープ、モデル-ハウンド。瞬間的に抱いた印象は、ゴールデンレトリバー。淡い栗色の髪を風に乱しながら、こちらを睨め付けるようにして迫る。軽鎧に身を包んだ少女。


「『薬剤拡散』“瞬間凍結剤”」

「うぉおっ!?」


 その少女が何かを投げつけてくる。小さなアンプルだ。しかしそれは空中で砕け、内容物が霧のように広く振り撒かれる。直後、俺とレティが立つ地面――浅く水の張った塩湖が一瞬にして凍結した。


「なっ、動けな――」


 レティがぐいぐいと足を抜こうとするが、氷ががっちりと足首まで固定し動けない。あくまでフィールドを固めることで間接的に俺たちの動きを拘束していた。

 この少女は誰だ。見覚えはない。口元を濃緑色のスカーフで隠している。脳裏をよぎるのはPK、プレイヤーキラー。しかしフレンドリーファイアが禁じられているFPOにおいて、対人戦は一部の施設内でしかできないはず。


「白月、『幻惑の霧』だ!」


 迷いは一瞬。それを続ける暇はないと判断。

 白月は迅速に呼び声に応え、空中に霧の壁を作った。


「ほぎゃっ!?」


 一直線に落ちてきていた少女の前に。それは彼女と激突し、進路を阻む。


「ユニ、火炎放射だ!」

『は!? え、できるじゃない私!?』


 ユニが驚愕しながら大きい爪を変形させ、そこから猛烈な炎を吐き出す。ネヴァが機体に仕込んだいくつかの武装のうちの一つだ。マニュアルを読んでおいて良かった。

 氷が溶け、俺たちは拘束から解放される。となれば、動き出すのは彼女だ。


「せりゃああああああっ!」

「う、ウワーーーーッ!?」


 ウサギの脚力を遺憾無く発揮し、レティは泥をものともせず跳躍。一瞬で少女の元へと肉薄する。


「突然レティとレッジさんのデ、お出かけに乱入するなんてマナーが悪いですね! 吹っ飛んでください!」

「なんのぉ!」


 だが、レティの鬼気迫る打撃を、少女は巧みに避ける。紙一重だ。

 更に彼女は手に短槍を握り、レティに対抗する。二人は絡み合うようにして落ちながら、お互いを地面に叩きつけようとしていた。


「『パラライズピッキング』ッ!」

「ぬぉおっ!?」


 少女の刺突。だが、それはレティへの直接攻撃を狙ったものではなかった。『パラライズピッキング』はバチバチと火花のような派手なエフェクトを発生させる。間近でそれを突きつけられたレティには、絶大な目眩しとなったのだ。

 彼女が仰け反った隙に少女は距離を取り、腰のポーチから新たなアンプルを取りだす。


「『セルフドーピング』」


 そう言いながら、彼女は取り出したアンプルの先端を自らの首に突き刺した。



「おほっ、おっ、うぉおおおおおっ!!!」


 悶え苦しむような声。その後、力が湧き上がるような歓喜。

 少女の眼光が鋭くなる。

 レティがハンマーを構え直すのを待たず、一瞬にして距離を詰めた。


「なっ、速っ」

「――風牙流」


 俺は目を見張る。

 そのモデル-ハウンドの少女は手に槍とナイフを持っていた。

 彼女が垂れた耳を震わせながら口走る言葉に聞き覚えが。その構えに見覚えがあった。

 レティもまた驚きを隠せないでいた。


「四の技」

「レティ、上に逃げろッ!」


 間に合わない。


「――『疾風牙』」

「きゃああああっ!?」


 剛風一陣。

 槍が勢いよくレティの下腹に突きつけられた。

 その衝撃は凄まじく、彼女は悲鳴を上げながら吹き飛ぶ。パーティ情報から確認できる彼女のLPにダメージは入っていない。しかし、『疾風牙』はノックバック性能の高いテクニックだ。

 広大で平坦な塩湖。遮るものの何もないフィールドで斜め上方に吹き飛ばされたレティは、緩やかな放物線を描きながら遠く離れた水面に飛沫を上げて落ちた。


「お前は……一体なんなんだ」


 槍を構えながら、その大型犬に似た雰囲気の少女を見る。突然の強襲に、仲間を吹き飛ばされて、流石に礼儀を払う余裕はない。

 くるりとこちらへ振り返った少女はそんな俺を見て――。


「申し訳ありません! 師匠!」


 躊躇なく勢いよく綺麗な土下座を決めた。


━━━━━

Tips

◇ドーピングアンプル

 複数の薬剤を組み合わせ、一時的に調査開拓用機械人形の出力を大幅に増強するアンプル。配合する薬剤の比率によって、強化されるステータスは変化するが、強化量と負担および副作用、反動は比例する。


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