第1412話「狐火の爆発」
『ぬゎーーーーにやっとるんですかレッジィィイイイイイ!!!!!』
けたたましく突き上げるサイレン音の警備NPCを率いてやってきたのは、ここにいないはずの管理者ウェイドだった。どうやら偶然〈オトヒメ〉を視察か何かで訪れていたらしい。
瞬く間に爆心地の焦土を多脚の警備NPCたちが包囲して、俺と涙目のシフォンは素直に両手をあげて降伏の意を示した。
「はえあ、へあ……。ごめんなさいい……」
『ちょっと静かにしていたと思ったらまた――って、あれ? シフォンさん?』
肩をいからせ、生太刀を担いで姿を現したウェイドは、俺の側ではえんはえんと泣いているシフォンを見て首を傾げる。俺は両手をあげたまま肩を竦める。
今回ばかりは俺は悪くない。なぜなら、地上街郊外の丘を吹き飛ばして焦土へ変えたのは、他ならぬシフォンなのだから。
『そんな……嘘ですよね……』
ウェイドはまるで腹心の部下に裏切られたかのような絶望の表情でシフォンを覗く。だが悲しいことに事実は動かせない。
「ごめんなさい、ウェイドさん。軽い気持ちで、ちょっと試すだけだと思って……」
『とりあえず、何か事情があったのでしょう。落ち着いてください。まだ貴女が悪いと決まったわけではありませんからね。紅茶飲みますか? 砂糖は30個くらいで?』
「なんか、俺の時と対応が違わないか?」
よしよしとシフォンの背中を撫でて宥める管理者を見て、どこか納得がいかない。背中に背負った生太刀も行き場を失ってかわいそうだ。
ウェイドがパチンと指を鳴らすと、警備NPCたちは潮が引くように撤退していく。代わりとばかりに彼女は俺の方を見て、口を開いた。
『テント建ててもらっていいですか? 現場検証をしつつ事情聴取も行いますので』
「自分の尋問室を自分で用意するのか……」
ま、それくらいは別にいいだろう。
ウェイドの指示のもと、爆心地の隣にテントを建ててシフォンをそこに案内する。紅茶とカフェオレとコーヒーを淹れて、紅茶には“ピュアホワイト”の角砂糖を30個入れる。
「ほら、稲荷寿司。T-1の評価がいいやつ用意してたんだ」
「あう。もぐもぐ」
イクラを載せた稲荷寿司を差し出すと、シフォンも少し落ち着いて食べ始める。
各々に飲み物が回ったところで俺から口を開く。
「とりあえず、なんでウェイドが出てきたんだ?」
『貴方が久しぶりに活動を始めたかと思ったら、奇妙な爆発を起こしたからですよ』
甘ったるそうな紅茶を涼しい顔で飲みながら、ウェイドは至極当然とばかりに語る。俺を含め、何人かの調査開拓員は調査開拓団や領域拡張プロトコルへの影響が大きいため、
「しかし、今回は俺は悪くないぞ?」
『とりあえず近くにいた時点で重要参考人には違いありません。結局、何があったのです?』
ウェイドはウィンドウを開いて何かの資料を参照しながら尋ねてくる。植物研究所から原始原生生物が流出していないか調べているらしい。残念ながら、最近はそちらには手をつけられていない。
「原因は簡単だよ。シフォンが刻印したモジュールが予想外の威力を発揮した」
『モジュール? なるほど、カルマ値ですか』
さすがは管理者というべきか、ウェイドはその一言だけで状況をある程度察したようだった。優秀な管理者は話していて楽でいい。
シフォンがフィールドを抉るほどの爆発を引き起こし、天空街を掠めるほどの火柱を立ち上げた理由。それは高いカルマ値から引き起こされた魔法の暴走だった。
『モジュールシステム、および魔法に関しては私だけではどうにもなりませんね。オトヒメも呼びましょう』
全く新しい理論体系からなる魔法はウェイドの専門外だ。彼女の要請を受けて、町からオトヒメが駆けつける。
『やっほー!^^ なんかすごいことなったみたいだネ!』
「素晴らしいといえば素晴らしいかもな。魔法の可能性が垣間見えたよ」
やってきたオトヒメは、怒るでもなくむしろシフォンの魔法を褒めていた。彼女としてもこれほどの威力が出たのは予想外だろうが、ある程度好意的に捉えているようだ。
『我様も詳しいオハナシ聞きたいナ♡ シフォンチャン! 色々教えてもらってもいいカナ?(←なんちゃってワラ』
毎回思うが、オトヒメの発話の情報量の多さはなんなんだろう。第零期先行調査開拓団は謎の多い面々ばかりだ。
オトヒメがやってくるまでに更に落ち着きを取り戻したシフォンも、グイグイと寄ってくる管理者に記憶を辿って語り始める。
「その、わたしもモジュールを使ってみようという話になって、おじちゃ――レッジさんと一緒に断片データを集めて加工してて……」
『ウンウン。我様も断片データの変換したし、そのあたりは把握してるヨ♡ ただ、レアティーズやオフィーリアが加工したぶんまではまだ把握できてないんだよネ(◞‸◟)』
「最終的に刻印してもらったのは〈狐火〉っていうモジュールです」
胸元を広げ、八尺瓊勾玉を露わにするシフォン。青い宝玉には狐火を表す紋章がしっかりと刻まれている。覗き込んだウェイドは「ほーん」と言うくらいのイマイチ分かってなさそうな顔だが、専門家であるオトヒメは真面目な顔でじっくりとそれを見つめていた。
『ナルホド。これ単体はそこまで強力な魔法じゃなさそうダネ』
シフォンが組み上げたモジュール〈狐火〉は、そこまでダイナミックな効果をもつものではない。
狐火はMPを1消費するごとにひとつ、浮遊する火の玉を周囲に展開する。それらは自動的に敵性存在にぶつかり、小さな爆発を起こして攻撃する。自動迎撃装置のようなものだ。
『レッジのログを確認しました。最初は問題なく火球を生み出していたようですね』
俺の首筋に遠慮なくケーブルを突き刺してデータを吸い出していたウェイドが、一通りの検証を終えて首を傾げる。
彼女の言う通り、最初の頃は順調だった。シフォンが生み出す狐火は多少大きいようだったが、カルマ値の高さを考えるとおかしくはなかった。
とにかく、MP消費1だけでポンポンと狐火が生み出せると分かり、俺たちは更なる検証に移った。MPは時間経過やテントの効果などで回復するため、回復次第新たな狐火を生み出せば、いくつ出せるのか気になったのだ。
『いったいこれ、いくつ生成してるんですか?」
「百以降は数えてないな」
『はえん……。狐火は生み出したらあとは放置でよかったし、ちょっと楽しくなっちゃって』
ポコポコと生み出される狐火が、空中で等間隔に並んでいく。その光景はなかなか幻想的で、シフォンも楽しんでいた。俺のテントのおかげでMPは実質無限と言ってよく、あとは同時生成上限に到達するまでやってみようということになったのだ。
『やっぱりレッジが唆したのでは?』
「冤罪だ。俺は助言とテントを提供しただけだ」
『たしかに……。ぐぬぬ』
なんでちょっと悔しそうなのか。
ともかく、狐火は百以上を数えてもまだ生み出せた。どうやら上限はないらしいと俺たちが結論づけた、その時だった。
「シフォンがぶつかったんだよな、火の玉に」
自分の周囲に等間隔で浮かぶ火の玉は幻想的で、シフォンも楽しそうにしていた。その時、ぴょんぴょんと飛び跳ねていた彼女の尻尾の先が近くの狐火に触れたのだ。
本来、狐火は使用者に追従する形で一定間隔を保つ。しかし、シフォンが揺らした尻尾までは感知できなかったらしい。毛先がかすめたその瞬間。
『ドカン、ですか。ふぅむ』
『フッシギだねぇ♪』
爆発までの顛末を把握し、ウェイドとオトヒメは揃って首を傾げる。
狐火は敵性存在に触れた場合に爆発してダメージを与える魔法だ。当然、フレンドリーファイアにならないよう、俺のような別の調査開拓員に当たっても爆発はしない。
しかしシフォンの生み出した狐火は、なんとシフォン自身に触れて爆発した。数百の狐火は連鎖し、巨大な爆発へと瞬く間に成長したわけだ。
「どう言うことだと思う?」
『そうですね……。私は専門家ではありませんが――』
『どう考えてもカルマの影響だろーネ!』
ウェイドの言葉を横取るようにオトヒメが断言する。遮られたウェイドは不服そうな顔だが、内容には異論ないらしい。
俺も似たような判断だ。
本来、狐火は調査開拓員のような友好存在には反応しない。しかしカルマ値があまりにも高すぎると、そちらに優先されて爆発する。例え使用者本人であったとしても。
しかしながら、フレンドリーファイア禁止のルールは健在だ。結果として爆心地にいた俺もシフォンも、衝撃で揉まれたもののLPにダメージはない。
『やっぱ魔法は調査開拓団規則から逸脱する可能性もあるってことダネ』
『気楽に言いますが、憂慮すべき事態ですよ』
楽しそうに肩を揺らすオトヒメとは対照的に、ウェイドは浮かない表情だ。
シフォンの狐火が、シフォン自身に敵対的な反応を示した。これはつまり――。
「悪用すれば、調査開拓員がフレンドリーファイアの禁止規則を掻い潜って調査開拓団員に危害を加えられるってことか」
『……』
俺の言葉にウェイドは答えず。しかし、その沈黙が何よりも雄弁に状況を示していた。
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Tips
◇MB-B -〈狐火〉
モジュールデータ。八尺瓊勾玉に刻印することで特殊な効果を発揮する。
〈狐火〉
連なるは蒼火。群れたる狐の妖しきひかり。爆ぜる狐声に房尾が踊る。
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