第1411話「カルマの影響」

 機能を停止させた特大型警備システムは文字通り宝の山だ。〈解体〉スキルを使って慎重に部品を分解していけば、精密部品がザックザックと掘り出せる。何よりレティがほぼ一撃で仕留めてくれたおかげで、99%以上が無傷の状態というのがいい。おかげでドロップボーナスが極限までかかって、俺一人では到底持ちきれないほどのドロップアイテムが出てくる。


「ははは、いいぞいいぞ。これならネヴァへの借金を返して、ウェイドへの借金も利子分を充てられる!」

「これだけの収入があってマイナスを埋める程度にしかならないの、おかしいですよ。どんだけ借金してるんですか」

「ははは……。ちょっとモジュール開発で資金が嵩んで……」


 テンションが上がって言わなくていいことまで漏れ出し、レティに睨まれる。たじろぐ俺をアシストするわけではないだろうが、戦いを見ていたシフォンがレティに疑問を投げかけた。


「ねえ、レティ。結局レティがつけたモジュールって何なの?」

「〈刻破〉というやつですよ。これです」


 そう言ってレティは胸元に埋め込まれた八尺瓊勾玉を見せる。そこに刻まれた紋章を鑑定すれば、モジュールの詳細も理解できる。シフォンも〈鑑定〉スキルを用いて、〈刻破〉の内容を調べる。

 レティが念入りな調査と根気強い加工の果てに採用したモジュール〈刻破〉は、一言で言うなら強烈な弱点特攻だ。エネミーの全身にグラデーションのように存在する弱点の中から一際脆い箇所を見つけ、的確に叩くことで絶大な威力を発揮する。その代わり、打撃の面積が大きかったり、弱点の強度が弱かったりすると、著しく威力は下がる。

 激しい戦闘中に綿密な鑑定と的確な攻撃を要求する、非常に扱いづらいモジュールだ。


「はええ。レティならもっと馬鹿力みたいなモジュール選ぶと思ったけど、意外だね」

「シフォンがレティのことどう思ってるか、ちょっと不安ですが……。モジュールは制約が強いほど効力も高まる、というのが基本らしいですからね」


 ナチュラルに棘のある言葉を吐くシフォンに目を眇めつつ、レティはモジュールの基本原則を語る。

 モジュールは科学理論に落とし込んでこそいるが、本来的には魔法というオカルトだ。性格としては三術系スキル、呪術などに近い。そして呪術はハイリターンを求めるならハイリスクを許容しなければならない。

 俺の選んだ〈嵐綾〉は、嵐を発生させる代わりに俺自身もその影響を受ける。うまく使えなければ、暴走した風に巻き込まれて即死する。まあ、それはまだコントロールが効くぶん優しいほうだ。


「弱点を叩けば即殺。弱点から外れれば無効攻撃。これくらいのバランスの方がレティの性格に合ってるんですよ」


 〈刻破〉発動時の攻撃は、どれほど攻撃力増強バフを積んでいても、真の弱点に当たらなければ著しくダメージが下がる。逆に言えば、弱点さえ逃さなければ無類の強さを発揮する。それが難しいと言われれば、そうなのだが。

 とにかくレティはこのすっぱりと竹を割ったような簡潔さが気に入ったらしい。


「シフォンにもおすすめですよ。多分シフォンの基礎攻撃力だと弱点以外に当たるとダメージ入らないどころか反動が来ますけど」

「そんなレベルのデメリットなの!? いくらなんでもエグすぎるでしょ!」


 俺も初耳だったが、あまりにも弱点を外しすぎると逆にダメージを受けるらしい。ハイリスクハイリターンが極まっているな。


「とはいえ、実際シフォンはまだモジュールに手を出してないよな? 何か算段はあるのか?」

「はえっ? うーん、そうだなぁ」


 オオトカゲロボの装甲を外しながら尋ねてみると、シフォンは何やら喉に小骨が刺さったように眉を寄せる。


「わたし、基本的にカルマがめっちゃ高いからさ」

「ああ、その辺も関係あるって話だったな」


 魔法の威力には隠しステータスであるカルマ値も関わっていることが、ここ最近の研究で分かっている。カルマ値が高い――つまり、犯罪的な行為を重ねていたり人道に反したことをやっていたり、あとは単純に呪われていたりすると、レアティーズによって作られたモジュールの威力が高くなる傾向にあるという。

 シフォンは〈消魂〉というカルマ値が増大するデバフを常に受けている。彼女は定期的に神聖な稲荷寿司を食べることで死を回避しているが、このカルマ値が魔法に関係するとなると取れる選択肢が大幅に限られることになる。


「ちなみに普段のカルマ値はどれくらいなんですか?」

「大体250くらいかな」

「ひぇえ! レティでも15とかその辺りですよ」


 星をバカスカ砕いているレティでもそんなものなのか。一般的に、カルマ値マイナス50からプラス50までの範囲は中立と呼ばれている。基本的に戦闘職はカルマ値がプラスになる傾向にあるが、彼女の場合は管理者からの特別任務を積極的にこなしているから、その程度で収まっているのだろう。


「レティでそれくらいなんだな。ちなみに俺はカルマ値マイナス3だ」

「嘘でしょ!?」

「レッジさん、善よりなんですか!?」


 以前、アリエスに調べてもらったことがある。その時の数値を伝えると、二人が床に転がる胡瓜を見た猫のように驚いた。

 少々不本意な反応にむっとするも、レティたちは疑いの目のままこちらをまじまじと見る。


「あ、あんなに好き勝手してるのに? 何かしらのインチキしてるんじゃ……」

「カルマ値が多少プラスに振れても、恥ずかしいことじゃないんですよ」

「別に誤魔化してるわけじゃない! ほら、俺って植物育てたりしてるだろ? 生命を育む行動はカルマ値を減らすらしい」


 あとは今もちょくちょくやっている“御前試合”によるマシラの保護なんかもカルマ値を減らす要因になっていると、アリエスが分析していた。


「詐欺じゃん」

「ウェイドさんが聞いたら殴りかかりそうな理屈ですね」

「二人とも遠慮がなくなってきたなぁ」


 別にいいけども。

 ちなみに以前ウェイドにカルマ値を明かしたところ、『私はオカルトというものを全く信頼していません』と真顔で語られた。

 とにかく、俺は善性の塊のような存在なのだ。あんまりフィールドで原生生物狩りをしているわけでもないしな。


「それはそれとして、やっぱりシフォンの250はなかなかだな」

「圧倒的悪属性ですね。本人はこんなに可愛いのに」

「はえあえあ」


 レティがシフォンの白い髪をわさわさと撫でながら首を傾げる。シフォンもされるがままで、耳をピコピコ動かしている。


「しかし、それだけ規格外のカルマ値があれば、レアティーズ系統のモジュールの威力が凄まじいことになりそうだな」


 カルマ値マイナスならオフィーリア系、プラスならレアティーズ系のモジュールの威力が上がる。シフォンの場合〈消魂〉の影響で選択肢は半減するかもしれないが、逆に残された可能性が爆増している気がする。


「刻印はいくらでもやり直しできるしな。試しに何かやってみるか?」

「そうだね。わたしも新しいコンテンツに興味がないわけじゃないし」


 話しているうちにカルマ値250のモジュール効果が気になってきた。シフォン本人もそのようで、俺たちはオオトカゲの解体を早々に終わらせると、地上街のオトヒメの元へと向かうことにした。


 そして、その一時間ほど後のこと。


「はええええええええええんっ!?」

「ちょっ、シフォンッ!? おちつ――」


 地上街郊外にて、天空街に届きそうなほどの巨大な火柱が立ち上がった。


━━━━━

Tips

◇衝撃拡散高耐久装甲

 八十八層の特殊な構造によって外部からの衝撃を水平方向に拡散して吸収する高耐久装甲。非常に精密な分子構造から成り立っており、その耐久性を獲得するために高度な技術が凝縮されている。

 安定状態からの隔離は非常に難しく、完成した機体から取り外すことは困難。


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