第1410話「巨岩を打ち砕く」
瓦礫を砕き、土を蹴散らして巨獣が駆けてくる。その姿を見るだけで足が竦みそうな威容。鋼鉄の四肢に力を漲らせ、赤く爛々と輝く目をこちらに向けている。吐き出される熱い蒸気が、それが生きたる物ではないことを示す。
〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層、天空街。いまだ調査開拓団による調査が進んでいない魔境には、統括制御システムが残した警備システムも強力なものが多い。
今、俺たちの目の前に現れたそれもまた、ボスクラスと呼んで間違いのない強大な相手だった。
「は、はええ……」
シフォンが悲鳴をあげている。
警備システムはその形状によって、大型、中型、小型と分かれるが、目の前のそれは大型を超えた大型――特大型と称すべき大きさだ。ビルほどもある巨躯を軋ませ、こちらに前脚を押し付けてくる。
「はえええええっ!?」
「大丈夫だ、シフォン」
泣き叫ぶシフォンの肩に手を置き、趨勢を見守る。
蜥蜴型特大型警備システムが押し潰さんと迫る先に立つには一人のタイプ-ライカンスロープ。――レティの手に握られているのは、不安になる程小さな金槌だ。
「ほんとにあんなので倒せるの!?」
「大丈夫。練習だと三割以上の確率で……」
「三割は低いよ!?」
シフォンが悲鳴をあげるなか、赤髪がひるがえる。猛然と飛び出したレティの背中を掠めるように蜥蜴の前足が大地を抉った。
白亜の廃墟が立ち並ぶ天空街に現れた巨大な蜥蜴は、次々と歴史的建造物を破壊し、調査開拓員たちを退けてきた。管理者〈オトヒメ〉によって優先討伐目標指定を定められた対象である。
「せゃあああああああっ!」
レティの勇ましい声が空を衝く。彼女は地面に甚大な衝撃を与えた蜥蜴の前脚に手をつけ、勢いよく駆け上る。極限まで鍛え抜かれた〈跳躍〉スキルによるジャンプダッシュによって、瞬く間にその禍々しい巨大な眼球へ肉薄する。
「『クラッシュスタンプ』ッ!」
『ゴァアアアアアアアッ!?』
金槌が眼球を破る。ガラスのように砕けた欠片が散乱し、キラキラと陽光を乱反射させなかがら拡散する。幻想的な光景も束の間、潰れた眼球の奥から赤黒い循環液が吹き出す。
蜥蜴は大きく体を揺るがし、その衝撃に絶叫する。
機械の躯体でも痛いものは痛いらしい。
だが、
『シュァアアッ!』
「はええっ!? し、舌が!」
鋭利な牙の並んだ口から滑らかな舌が飛び出す。機械とは思えないほど柔軟な動きをみせるそれは、数多の調査開拓員に巻きつき、破壊してきた強靭な力を持つ。足を取られた瞬間、レティの武器である機動力は奪われるだろう。
猛烈な勢いをつけ、鞭のようにしなりながら放たれた真っ赤な舌。
レティは後方に向かって跳躍することで避ける。しかし代償として敵の躯体という足場から離れ、無防備に空中へ投げ出された。
「まずいよ! あのままだとレティがやられちゃう!」
シフォンの実況にも熱が入る。
その時、レティが空中をたしかに踏んで方向を変えた。
「そうか、『エアリアルステップ』!」
一度だけではあるが、空中を蹴ることができるテクニック。
それによってレティはくるりと身を翻す。迫る舌先を金槌で叩き飛ばし、自由落下で下へ。
「でもやっぱり、ダメージが全然入ってないよ。目を破壊して死角は作れたかもしれないけど……」
機械系のエネミーの特徴として、部位破壊がしやすく、その割にダメージが入りにくいというものがある。全身が換装可能な部品で構成された彼らは、たとえ眼球を破壊されてもたじろぐだけで、すぐに復帰することができるのだ。
レティの持つ小さなハンマーは、その外見に相応しい程度の威力しかない。ネヴァ謹製の品ではあるが、それでも威力だけを見れば塔の五階どころか、二階を徘徊する警備システムにさえ遅れをとるだろう。
だがレティはそれをしっかりと握り、他の――普段使っている特大ハンマーや機械鎚を取り出す気配はなかった。
その代わりに彼女は赤い瞳を大きく広げ、じっと舐めるように蜥蜴を見つめている。
次々と繰り出される蜥蜴の猛攻。前脚だけでなく、長い舌、さらに太い尻尾を用いた攻撃が熾烈に襲いかかる。それだけにとどまらず、それは機械であることの利点を万全に押し出していた。
「ひょえわっ!? 体中から砲台が!」
「移動砲台としての機能もあるみたいでな。遠距離から叩こうとしたやつはあれにやられたんだ」
「はえええ……!?」
大蜥蜴の肩や大腿、更に背中の正中線に連なるヒレが動き出す。装甲が割れ、内側から隆起したのは巨大な二連砲塔だ。ぐるりと旋回したそれはすぐさま目標をレティに定め、猛烈な連射を繰り出す。
空気を弾く烈音が響き無数のエネルギー弾がレティに殺到する。
シフォンが俺の腕をミシミシと抱きしめて悲鳴をあげる。
「安心しろ。織り込み済みだ」
あの大蜥蜴はこれまで幾人もの調査開拓員を退けた強敵だ。
逆に言えば、先人たちの屍と共に積み上げられた知見がある。レティはそれらを事前に読破し、戦術に組み込んでいた。
エネルギー弾が炸裂し、衝撃波が周囲に広がる。レティはあえてそれを背中に受けて、自分を吹き飛ばすことに利用した。一瞬の判断ミスが命取りとなる極限で、よくぞそこまでの曲芸をやり切るものだと舌を巻く。
蜥蜴の舌が迫る。レティはハンマーでそれを叩き伏せ、一目散に体表を駆ける。
「レティ、どこに向かってるんだろ?」
「探してるんだよ、弱点を」
シフォンが不思議そうに首を傾げる。俺は彼女に向かって、レティの行動の種明かしをした。
「レティはずっと、〈鑑定〉スキルを使い続けてるんだ。『弱点精査』だな」
「はぁ。それは分かるけど」
対象の情報を引き出す〈鑑定〉スキルは生産職だけでなく戦闘職の調査開拓員にもほとんど必須と言われている。その理由の一つが、原生生物を鑑定することでその弱点部位を看破するテクニックの存在だ。
レティは『弱点発見』『弱点看破』『弱点精査』と連なるテクニックを絶え間なく発動させ、大蜥蜴の弱点を探している。しかも、ただ弱点が見つかればいいわけではない。
「真の弱点を探してるんだよ」
「真の弱点?」
再びシフォンが首を傾げる。
そもそもこの概念は、レティがつい数日前に提唱したものだ。曰く、
「“同じ弱点の中でも強弱がある。一番弱いところ、竜の逆鱗みたいなところを叩けば、より強いダメージが入る”らしい」
敵の体を丸裸にし、その構造を全て熟知し、網羅し、完全に知り尽くした後に現れる、弱点の強弱。同じ弱点とは言っても、首と心臓では心臓のほうがより根本的なものだろう。そして、一口に心臓といってもその部位は更に細分化される。より本質的に生命維持に近いもの。そういった理由をつけて彼女は理解しているようだ。
ともかく、レティは今情報を集めている。あの大蜥蜴の体をくまなく調べ尽くして、“真の弱点”を見つけ出そうとしている。
「レティのハンマーが小さいのは、弱点をより的確に捉えるためだ」
真の弱点とは、無限に細分化できると彼女は言う。真の弱点の中のより究極的な弱点。それを捉えれば、凄まじい破壊力を発揮できる。
ただひたすらに破壊を突き詰めるレティの、執念による発見だ。
そして彼女はそこに望みを懸けて、ある魔法を生み出した。
「――見つけました」
レティの横顔に笑みが浮かぶ。
破壊の限りを尽くす残虐な怪獣を殺す点を見つけたのだ。
それがあるのは、長く太い尻尾の中ほど、側面。更に彼女は点の傾きまで精査する。どの箇所からどの角度で、どの強さで叩けば、もっとも効力が発揮されるか。それらを瞬時に捉える。
計算ではない。まさしく天性の勘としか言いようのない理解力だ。
「――撃ち砕け。――〈刻破〉」
スカンッ
真の弱点を捉えれば、その打撃音は驚くほど澄んでいる。
晴れ渡る蒼穹に響くような清々しい音だ。
『――ガァアアアアアアアッ!!!!!!』
その一撃で、蜥蜴が砕かれる。
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Tips
◇MB-B-〈刻破〉
モジュールデータ。八尺瓊勾玉に刻印することで特殊な効果を発揮する。
〈刻破〉
一本の針が堅き巨岩を砕く。研ぎ澄まされた一刻は千の乱撃に勝る。MP消費:1
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