第1413話「自主研究」
シフォンの〈狐火〉はカルマ値が著しくプラスに傾いた調査開拓員に反応する。今のところ、そこまで偏ったカルマ値の調査開拓員は少ないとはいえ、これが調査開拓団規則の同士討ち禁止事項に抵触する可能性は高かった。
ウェイドとオトヒメの連名によって報告された事実は即座に他の管理者たちや指揮官たちに共有され、早速検証が行われることとなった。
「てゃっ! はああああっ! ぽんっ!」
すっかりモジュールの試射場となった地上街郊外で、シフォンが軽やかに空を駆ける。小一時間ほど〈狐火〉を使って練習したところ、彼女はあっという間にその爆発を利用した立体的な機動を身につけていた。
「はええ。慣れたら結構楽しいね。〈跳躍〉スキルがなくても空を飛べるし」
「今の所はテントの回復支援がないと成立しないのが悩ましいところだな」
「流石にそれくらいの制限はないと、ぶっ壊れになっちゃうしね」
空中で狐火を生み出し、それを蹴ったり尻尾で払ったりすることで爆発させ、衝撃を受けて吹っ飛ぶ。そんな曲業のような動きが成立するのは、シフォンの身のこなしがあってのことだろう。
危なげなく草原に降り立ったシフォンを、オトヒメとウェイドがじっと見つめていた。
『やはり、このモジュールは禁止した方がよいのでは?』
『ええー。でも、シフォンチャンは使いこなしてるよ?』
『調査開拓員が扱うには危険が大きすぎるという話です』
『でもこの程度ならサ』
『この程度、などと言って放置して、後で取り返しのつかない事態になるよりは――』
シフォンが〈狐火〉を扱う様子を見て、二人はモジュールの扱いを議論しているようだった。おそらく、この場に居ない他の管理者、指揮官たちも議論に加わっているはずだ。
それでもなかなか答えは出ないのか、二人は熱心に言葉を交わしている。
「はええ……。わたしのせいでなんだか大変なことになっちゃった?」
「シフォンが気にすることじゃない。というか、いくらランダムとはいえ、そういうモジュールが作れるというのも、なかなか面白いじゃないか」
忘れてはいけないのが、ここはあくまでFPOというゲームの世界だということだ。いかに魔法が未知の技術体系といっても、フレーバーテキストにすぎない。根本的に存在が許されないのであれば、ゲームシステムの段階で〈狐火〉は生まれ得ない。
つまり、〈狐火〉の存在をこのゲームそのものを管理するAIが承認したということだ。それでなお、ゲームはつつがなく運営できると判断したのだ。
「FPOに無駄なものがない、とは言わないが、少なくとも〈狐火〉は新しい可能性のひとつだ。せっかく手に入れたんだから、上手く使って楽しむといい」
少し罪悪感を覚えている様子のシフォンには、これくらいはっきり断言した方がいいだろう。彼女の頭を撫でてやると、三角形の狐耳が嬉しそうにピコピコと揺れ動いた。
『シフォンさん』
「はえあっ!?」
その時、ウェイドが名前を呼ぶ。シフォンは頬を赤らめながらも俺から離れ、彼女の元へと向かった。
どうやら管理者側で結論が出たらしい。
『ひとまず、〈狐火〉に関しては使用制限はありません。第三者への影響も少なそうですし、そもそも機体を傷つけるわけでもないようですから』
ウェイドの出した結論に、シフォンはほっと胸を撫でおろす。
この〈狐火〉開発にもそれなりの手間と時間とコストがかかっている。危険だからと取り上げられたら、たまったものではない。
『しかし、今後も使用状況は注視しております。何か異変が起きた際、もしくは〈狐火〉を変転、分離、融合などなさる際には一報ください』
「分かりました。それくらいなら大丈夫です」
管理者側の出した結論としては現状維持。それでいて、今後何かあった時には迅速に対応できるように備えておく、といったものだった。まあ、実際そのくらいが妥当な落とし所というものだろう。
『レッジもしっかりと注意してくださいね。扱いには気をつけて、何かあった際にはシフォンさんのフォローを忘れずに』
「分かってるよ。大切な仲間なんだから」
シフォン一人に責任を負わせるようなことではない。一応、たまには〈白鹿庵〉のリーダーらしいところも見せておかないとな。
どんと胸を叩くと、隣のシフォンが妙に感動したような目で俺を見る。
「そういえばおじちゃん、リーダーだったね」
「おい」
家賃の振り込みとか、ガレージの維持とかは俺がしてるんだけどなぁ。他の諸々はぜんぶカミルに任せきりと言われたら何も言えないが。
『とにかく〈狐火〉をはじめ、モジュールシステムは未解明のところが多いですから。扱いは十分に気をつけてくださいね』
「任せろ」
『あなたが一番不安なんですけどね』
小さくため息を漏らすウェイド。どうして俺は彼女から信頼を勝ち取れないのか。
『また面白いモジュールできたら教えてネ♡ 我様との約束だゾ♪』
オトヒメは相変わらずモジュールに危機感を示すどころか、面白い玩具として捉えているところがある。こういう緊張感のなさが案外優秀な研究者の条件だったりするのかもしれない。
一通りの検証を終え、結論も出たところで、ウェイドたちは町に戻っていく。その背中を見送り、俺はシフォンの方へと振り返った。
「さて、それじゃあ実験を続けようか」
「はえっ!? まだ続けるの?」
シフォンは驚きの声をあげるが、俺に言わせればまだまだだ。
〈狐火〉について分かったことは、カルマ値に反応することくらい。他の活用法を模索するためには、もっと詳細に情報を集める必要がある。
「それじゃあウェイドさんたちを――」
「事後報告でいいだろ。あっちはあっちで色々立て込んでるだろうしな」
別に誰かに迷惑をかけるわけではない。ウェイドたちも『何か変わったことがあれば一報を』と言ったのだ。変わったことがあるかどうかはこれから探すのだから、伝える必要はない。
「そ、そうかなぁ」
目に疑念を浮かべるシフォン。しかし彼女の今後のためにも研究は必要だ。そして新発見があれば、それをまとめてウェイドに報告するのだ。そうすれば彼女も俺のことを見直し、信頼し、ついでに原始原生生物の全面的な使用許可や借金の利子の減免なんかを考えてくれるはず。
「なんか、おじちゃん……取らぬ狸の皮算用って言葉知ってる?」
「もちろん知ってるが、それがどうかしたのか?」
「……なんでもない」
さっきまで尊敬の目で俺を見ていたはずのシフォンが、失望している気がする。叔父としての威厳を取り戻すためにも、〈狐火〉の謎を解明しなければ。
「そういえば、狐火って俺の嵐綾で吹き飛ばせるのか?」
「はえ? さあ、やってみないとわからないけど……」
嵐綾は風を吹かせ、強いノックバックで周囲の存在を薙ぎ倒す。一応、こっちは調査開拓員には影響はない。
「魔法同士のコンボというか影響ってまだ調べてるところはなさそうだな。ちょっとやってみるか」
「わ、分かった!」
シフォンが狐火を展開し、俺は嵐を起こす。
これによって何が起きるのか、俺たちはまだ知らない。
「さあ、行くぞ――」
直後。
巨大な猛火の嵐が地上街郊外に吹き荒れ、血相を変えたウェイドが消防NPCを引き連れてやって来た。
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Tips
◇消防NPC
警備NPCと並び、都市の治安維持と防災を担う専用NPC。火災などが発生した際に管理者の要請に応じて出動し、対処する。求められる機能に応じて、いくつかの種類が存在する。
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