第1407話「神秘の術」
オフィーリアやレアティーズの協力も受けて、モジュールシステムについて知識を深めることしばらく。何度かポータル探しに出掛けては断片データを集め、オトヒメにモジュールデータへと変換してもらい、それを分離したり、融合したり、変転したりを繰り返した。
その結果として分かったのは、だいたい4回ほど変転を重ねると、現時点では事実上使えないレベルのモジュールデータができてしまうということだった。変転のコストも莫大なものになるうえに、そもそもデフォルトのMP量では魔法の発動さえできない。発動したところで自分すら巻き込んで即死するような問題児ばかりだ。
しかし、そういった
俺はそういった地道な作業を繰り返し、ひとまず納得のゆくモジュールを作り上げた。
『それじゃあ刻印するよ?』
「ああ、よろしく頼む」
『やっとここまで来たねぇ……』
作り上げたモジュールは、八尺瓊勾玉に刻み込むことで効力を発揮する。これにより、調査開拓員が行使できる魔法は一人一度につき一種のみという制限がかかることになる。
散々実験に付き合わせてしまったレアティーズが、少しげっそりとした顔でモジュールデータカートリッジを手にする。俺が胸元の宝玉を露わにすると、彼女はそこに向けてカートリッジを差し向けた。
『モジュールデータの刻印を開始』
宣言と共に光が放たれる。分離、融合、変転の作業中にも見られた光の糸。無数に束ねられていたそれがほどけ、俺の方へと殺到する。それは勢いのままに八尺瓊勾玉へと飛び込み、そして――。
「うぐっ」
胸の内側を無数のミミズが這い回るような不快感。決して気持ちのいいものではないが、炉心が書き換えられていくことを直感的に理解する。
『できたよ』
レアティーズの声。いつの間にか目を閉じていたようだ。
胸元を見下ろすと、意味のわからない文字のようにも見える記号が、青い宝玉の中心に刻み込まれていた。
「これが刻印か」
『そうだね。使い方は分かる?』
「なんとなく理解したよ」
レアティーズには見えていないだろうが、刻印の完了と同時に魔法発動のチュートリアルが記されたウィンドウが目の前に現れている。魔法の行使自体はさほど難しいわけではなさそうだ。
「さて、それじゃあ記念すべき試し撃ちといこうか」
『できるだけ町から離れたところでやってね! お城壊したら怒られるんだから』
「分かってるよ。その辺で適当に――」
無駄な釘を刺そうとしてきたレアティーズに頷いたちょうどその時、示し合わせたかのようにTELが入る。発信者はレティだ。
「よう、レティ。ちょうどいいタイミングだったな」
『レッジさん! ログインされてたんですね!』
彼女とも久々の通話だ。懐かしい声に思わず口元が緩む。レアティーズに目で会釈して、精霊城の外へと向かう。
レティも〈オトヒメ〉の街中でログインしたようで、すぐに合流することとなった。待ち合わせ場所として示したのは、町の郊外。モジュールの試験運用を彼女にも見てもらおうという思いからだ。
「レッジさーーーんっ!」
「おお、レティ。久しぶりだな」
「本当ですよ!」
草原にやってきたレティはぷんぷんと頬を膨らませて耳を立てている。そんな姿も久しぶりで、つい笑みが溢れてしまう。その時、俺は彼女の肩に小さな赤い金属製のカニが乗っていることに気が付いた。
「レティ、そのカニは――」
『ふぅん……。あんたがレッジね。噂はかねがね、というかよくやってくれたわね』
「おおっ、しゃべった」
左爪が大きくなったアンバランスなカニ型ロボットが突然流暢に話す。一瞬、レティが新しい機獣を手に入れたのかと思ったが、どうやらそういうわけではないらしい。
カミルから聞いていたレティの近況を思い出し、予測を立てる。
「もしかして統括制御システムなのか?」
『その断片よ。今はこんなチンケな姿だけど、すぐにあんたたちのネットワークを奪い取って――』
「ユニさんって言うんです。訳あって一緒に活動してて、おかげでモジュールシステムの解放もできたので、恩人なんですよ」
ユニの言葉を遮って、レティが嬉しそうに語る。俺がログアウトしている間に、彼女はこの第五階層を探索し、モジュールシステムの解放条件を満たした。その立役者となったのが、ネヴァ謹製の機体に収まっている統括制御システムの分散バックアップデータの一つ、ユニらしい。
まあ、本人はレティと協力体制を取っているつもりはなく、隙さえあれば調査開拓団を侵略しようと敵意を露わにしているようだが。
「ユニのおかげでモジュールシステムが見つかったんだな。俺からもお礼を言わせてくれ」
『あれは私が開発した研究成果なのよ! それを横取りして、恥ずかしくないの!?』
レティが
「断片データの提供を条件にユニさんの存続を交渉したのはレティなんですけど」
『うぐっ、そ、それはまあ……。あんたは私の舎弟なんだから当然よ!』
唇を尖らせ目を細めるレティに、ユニはカニの姿ながら分かりやすくたじろぐ。二人の力関係がなんとなく垣間見えた。
「ユニのおかげで、俺もとりあえずモジュールを刻印してみたんだ。ちょっと見てみてくれない」
『私はそれを喜べばいいの?』
ともかく、俺は新しく刻んだモジュールを試してみたくてウズウズしているのだ。レティとユニには申し訳ないが、もう我慢の限界である。
「レティもレッジさんのモジュールに興味あります。どんなものを付けたんですか?」
「それは見てのお楽しみってな」
楽しみにしているレティに、俺は槍を構えて不敵に笑う。
七時間ほどぶっ通しでオフィーリアとレアティーズ、そしてオトヒメを付き合わせた末に完成した、渾身のモジュールだ。色々と微調整をかけるのに神経を尖らせたが、現状では最も良い魔法が作れた自負がある。
まあ、実際に試すのはこれからなのだが……。
「それじゃ、やってみようか」
モジュールとして刻まれた魔法の発動には、一定の条件を満たす必要がある。それは特定の儀式や所作といった“型”を取ることや、詠唱などの“発声”を行うこと、さらには特定の道具を用いたり、中には特定の環境を用意したりと特殊な条件が課せられるものもある。
俺が刻印した魔法の発動に必要な条件は、地面に丸く円を描き、その内側に立つこと。槍のような棒状のものを持ち、地面に突くこと。円の内側で渦巻きを描くように、棒を用いて線を刻みつけること。
「――吹き渡る風は螺旋を描き、遥かなる空を渦巻く龍は巡り巡れ。――〈嵐綾〉」
少し気恥ずかしい詠唱を堂々と紡ぎ、唱える。グルグルと円の内側に刻みつけていた渦巻きの紋様が風を生み出し、吹き乱れる。瞬く間に周囲に乱気流が巡り、俺の立つ場所だけが台風の目のように嵐に囲まれていた。
「うわああああああっ!? な、なんですかこれ!?」
「思ったよりも魔法らしい魔法じゃないか! 素晴らしい!」
嵐を生み出す魔法。その威力はMPの初期量である3を消費するだけあって、凄まじい。
広い草原の一帯、俺を中心にした半径10メートルほどの範囲内に風が吹き荒れている。
「すごいじゃないか、モジュールシステム! 魔法はやっぱりテンション上がるな!」
FPOは硬派な世界観のゲームだっただけあって、こんなにファンタジックな光景を見ると否応なく興奮する。アーツとはまた違った、まさしく世界に干渉するような神秘の光景だ。
これを開発したのが第零期先行調査開拓団、それも統括制御システムだと言うのだから、なおさら驚きは強い。
「すごいなユニ! こんなものが作れるなんて!」
『な、なにこれ……知らないんだけど……。こわ……』
興奮したままレティの肩にしがみついているユニの方を見ると、彼女はカニの顔でも分かるくらいあからさかまに困惑していた。
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Tips
◇MDX-B+〈嵐綾〉
モジュールデータ。八尺瓊勾玉に刻印することで特殊な効果を発揮する。
〈嵐綾〉
吹き渡る風は螺旋を描き、遥かなる空を渦巻く龍は巡り巡れ。MP消費:3
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