第1408話「不定の魔法」
モジュール〈嵐綾〉の能力は、自身を中心とした一定範囲に烈風を吹かすというもの。これを完成させる過程のなかで、俺は魔法というものの特徴をある程度掴むことができていた。
「魔法とスキルの違いは、そのアナログさだな」
「アナログさ?」
風がおさまり、草が横薙ぎに倒れた丘の上に立つ。長い赤髪の荒れたのを手櫛で整えながら、レティが俺の言葉に反応した。
「レティ、今ここで〈跳躍〉スキルの……そうだな、『ハイパージャンプ』を使うと何メートル飛べる?」
脈絡のない出題に、しかしレティは戸惑いつつも即座に答えた。
「大体5メートルですね。重量の精査は必要ですが、5メートル20センチで誤差プラマイ10センチ半位だと思います」
「流石だな。ここまですぐに答えてくれるとは思わなかった」
「『ハイパージャンプ』は使用頻度の高いテクニックですから。習熟度はもうカンストしてますし、ステータスとの掛け算で大体の高さは出せますよ」
「なるほど。とまあ、それがスキルの利点だな」
スキルシステムは鍛えてレベルを上げることで、高く跳躍したり速く走ったり、特別な行動を可能になるものだ。武器を振ればレベルが上がり、テクニックの威力も上がる。しかし、それらはスキルレベル、習熟度補正、装備、ステータス、バフ、デバフ、対象エネミーの防御力、耐性、攻撃部位など、無数の関数を通過して算出される。
逆に言えば、テクニックによる攻撃をはじめとしたあらゆる行動は、行う前に結果が分かるのだ。
レティが実際にジャンプせずとも、飛べる高さを算出できたように。
「条件が同じなら、何度テクニックを使っても結果は同じだろ。その安定性、結果の保証がスキルの強みだ。おかげで俺たちは事前にある程度の戦略を立てることができる」
まあ、中には〈賭博〉スキルと関連した運試しのようなスキルもあるが。あれもまあ確率を組み込んだ関数の結果と言えるだろう。
「でも、実際のところはジャンプの高さにも幅はありますよ。型と発声が完璧に決まることも少ないですし」
「まあ、ここでは仮定の話だ。全部の条件が同じなら、同じ結果が得られることには変わりない」
実際のところ、俺たちは戦闘中も乱数じみた気まぐれに左右されている。とはいえ厳密にはそれを計算することはできる。時間的な余裕がないだけだ。
一方、魔法は違う。
「もう一回〈嵐綾〉を使ってみるぞ」
「はい!」
レティとユニが離れたのを確認して、再び嵐を起こす。全く同じように動いたつもりだ。しかし――。
「あれ? さっきよりも威力というか、規模が小さいような?」
轟々と風は巡る。レティも赤髪をたなびかせていた。しかし、その瞳が不思議そうに瞬きしていた。
二度目の〈嵐綾〉を発動した結果、生み出された風は明らかに小さいものだった。半径でいうと5メートル程度だろうか。風の勢いも比べものにならない。
「このように、見かけ上の条件が同じで魔法を発動させても、威力にはムラがあるみたいなんだ」
「はええ。そうだったんですか。確かに出力が安定しないという話は聞いてましたが……」
詠唱も、足元の渦巻き模様もほぼ同じ。にも関わらず
「これは俺の想像だが、魔法は影響を受けやすいんだろう。スキルよりも遥かに、結果に関連する変数が多いんじゃないか」
MPというものからして、いまだに実体は掴めていない。調査した呪術師の話では、レイラインの影響も大きいという。〈嵐綾〉の場合は風が周囲に吹いているか、天気はどうか、などといった環境変数もあるはずだ。
「魔法は手間がかかる割に出力が不安定だ。威力は破格のものを出せることもあるが、これを使いこなそうと思ったら大変だろうな」
ちなみに〈嵐綾〉の発動の際に渦巻きの量を減らしたり、線をぐにゃぐにゃと歪ませると如実に威力が下がる。このあたりをうまく使えば、結果の微調整にも使えるだろうが、忙しい戦闘中にそれができるかどうかは今後の鍛錬次第といったところか。
「なるほど。魔法も一筋縄ではいかないみたいですね」
「そんなことを言ってるレティは何も刻印してないのか?」
レティの胸元に嵌め込まれた八尺瓊勾玉には何の文字も刻まれていない。モジュールシステムを解放した張本人にも関わらず、彼女自身はそれに手を出していないらしい。
「まだしっくりくるものが見つからないんですよ。こう、ドガーーーン! って感じのやつが欲しいんですけど」
悩ましげに耳を倒すレティ。彼女が求めているものはザックリとしか伝わってこないが、本人には高い理想があるようだ。
一応、公式wikiなんかを見てみると既にモジュールデータの開発方法や魔法の詳細についても続々と情報がまとめられている。俺もあとで〈嵐綾〉を追記しておこう。
アストラなんかが開発した魔法もすでにある程度の情報が載っていて、やはり有名人は大変だなぁと思う。
「アストラは剣の射程を拡大する魔法だとさ。レティもそういうのはどうだ?」
「うーん。正直射程は特大ハンマーで十分なんですよね。そもそも杖術ってどちらかというと単体向けですし」
特に考えもなく提案してみると、予想外にしっかりとした理由付きで否定された。
普段の戦い方が暴力そのものなので忘れやすいが、さっきも『ハイパージャンプ』の跳躍力を瞬時に算出したあたり、レティも考えて戦闘スタイルを構築している。
「ユニさん、何かおすすめの魔法ありませんか?」
『誰に聞いてるのよ! あんたらの魔法はもう私には理解できないし、そんなこと聞かれても知らないわよ』
レティの肩に乗ったユニはぶんぶんと爪を振り回す。モジュールシステムは彼女の開発した研究データに端を発してこそいるが、オトヒメやレアティーズ、オフィーリアの手で加工された結果、ほとんど別物と言っていいほどに変容しているらしい。
「やっぱり、基本は破壊力特化にしたいですよね」
彼女の基本方針は変わらない。一に破壊力、二に攻撃力。兎にも角にも目の前の障害を破壊することに全力を注いでいる。だからこそ、魔法という切り札もそれに即したものにしたいというわけだ。
基本的に魔法は何かに特化させた方が威力が上がる傾向にある、ということは分かってきている。例えばアストラは“剣の斬撃を延長する”というできるだけシンプルな内容を重んじたのだろう。結果として、消費MP1で平均3倍程度まで間合いが広がったらしい。
「俺も集めたモジュールデータが余ってるんだが、何か使うか?」
「いいんですか? ぜひ見せてください!」
モジュールは一つ付けたらそれで十分だ。刻印し直すにはわざわざオトヒメたちのところへ行かないといけないからな。そういった意味でも、できるだけシンプルで汎用性の高い魔法を選ぶことは重要だ。
インベントリから余ったモジュールデータを取り出して並べる。レティはそれを見て、悩ましげな声を漏らした。
「うーん。ほとんどどれも見たことないですね」
「種類が多いんだよな。wikiのデータ一覧もすごい量になってるし」
モジュールデータはとにかく多種多様だ。このなかから一つを選ぶというだけでも大変だろう。
「〈破壊〉くらいシンプルなものがあればいいんですけどね」
そんなことを言いつつ、レティはモジュールデータと睨めっこを続け、そして……。
「レッジさん、これって使えると思いますか?」
ある一つのモジュールデータを手に取った。
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Tips
◇MD-B -〈光刃〉
モジュールデータ。八尺瓊勾玉に刻印することで特殊な効果を発揮する。
〈光刃〉
銀鉄に纏う、零落の薄片。光の傷はそこに届く。MP消費:1
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