第1405話「分離融合変転」

 精霊城には二つの尖塔があり、それぞれがオフィーリアとレアティーズの居室に割り当てられていた。こちらもオトヒメのいた区画と同様に、モジュールシステムを利用しようという調査開拓員たちによって賑わっている。

 俺も長蛇の列に並び、しばらく待ってオフィーリアと対面する。久々に顔を合わせた彼女は、いつもの美しい顔立ちに少しの疲労を滲ませていた。


「よう、オフィーリア」

『レッジさん! こんにちは』


 声をかけると、彼女は目を丸くして驚く。そして俺が手にしている三つのモジュールデータを見て苦笑した。


「すまんな。忙しいだろうが、これも頼めるか?」

『もちろんです。調査開拓団の皆さんに協力できるのは嬉しいですから」


 エルフの末裔であるオフィーリアは健気にそう語る。エルフ族の再建にはまだ多くの課題が残り、オトヒメをもってしても苦戦を強いられているのが現状だ。そんな中にあっても彼女やレアティーズは積極的な協力を申し出てくれていた。

 モジュールシステムについても、彼女らの協力なくしては意味がない。それだけに、彼女もこの尖塔を訪れる調査開拓員に根気よく対応してくれているのだ。


「とりあえず、どんなものか試したい。そうだな……〈踏破〉の加工を頼む」

『かしこまりました。変転、融合、分離の三種が行えますが、どうなさいますか?』


 モジュールシステムは、このモジュールデータを八尺瓊勾玉に刻印することで効力を発揮する。俺が持ち帰った断片データはオトヒメによって三種類のモジュールデータへと変換された。

 これをそのまま使ってもいいのだが、ここから更にカスタマイズすることができるのだ。

 オフィーリアとレアティーズは、エルフの秘術によってモジュールデータを変転、融合、分離することができる。変転はデータの中身をポジティブ・ネガティブな方向へと歪めること、融合は複数のデータをまとめること、分離はデータを分割すること。


「分離してくれるか」

『かしこまりました』


 データカートリッジを渡すと、早速秘術が始まる。細長いオフィーリアの手の中に包み込まれたそれが、ほのかな光を放つ。

 彼女は薄く目を閉じて、一心に何か小さく呟いていた。調査開拓団の言語ではないのか、聞き取っても意味までは理解できない。

 そして――。


『――できました』


 〈踏破〉のモジュールデータが分離される。

 早速鑑定してみると、データカートリッジの中に二つのデータが保存されていることがわかる。


「〈前進〉と〈踏切〉か。文字通り動作を分割したみたいだな」


 モジュールデータが二つに分離された。〈踏破〉が〈前進〉と〈踏切〉に。


「じゃあ、次は〈跳躍〉を〈前進〉と融合してくれ」

『お任せください』


 分離の次は融合を試す。

 モジュールデータ〈跳躍〉を差し出すと、オフィーリアはそれを〈前進〉のデータカートリッジと重ね合わせる。その状態で再び呪文を紡ぎ、光を編み上げる。生み出された力が渾然一体となり、融合する。


『――できました』


 融合が完了する。

 テーブルの上には二つのカートリッジ。一つには〈踏切〉が残り、もう一つには〈跳躍〉と〈前進〉が融合したものが入っている。それを確認して、俺はモジュールシステムの妙を少し理解した。


「〈突進〉か」


 前に向かって跳躍する。つまり突進ということ。

 モジュールデータの要素を分解し、望むものを組み合わせ、任意の魔法を作り上げる。そうすることで、より自分のプレイスタイルに合ったものへとカスタマイズしていくということだ。


「このモジュールだとどんなことができるんだ?」

『そうですね……。〈突進〉は強い前進の力の体現です。目の前にどんな困難が立ちはだかろうと、それを打ち砕き進むことができるでしょう』


 オフィーリアは占いの結果を語るように、生み出したモジュールデータの内容を分析する。ゲーム的に言うならば、前方方向への強い移動力を伴うダッシュと言ったところか。衝突した対象にノックバックを付与する力もあるのかもしれない。


「それじゃあ、この〈突進〉を変転したらどうなる?」

『私の変転術であれば、平和、守護、恩恵の側面が強くなります。実際の結果は、やってみないと分かりませんが』

「なるほど。じゃあちょっと頼むよ」


 どうせ試しだ。気楽にやってみるのがいいだろう。

 俺が重ねて頼むと、オフィーリアも頷いてカートリッジを握る。分離、融合ときて変転。これだけはオフィーリアとレアティーズで結果が異なる。オフィーリアの場合はポジティブな方向へ、レアティーズの場合はネガティブな方向へとモジュールデータの内容が変化すると言われているのだ。

 まだまだ研究の途上にある新規コンテンツだから、分からないことも多いのだが――。


『できました!』


 オフィーリアが声をあげる。

 彼女から受け取ったカートリッジには、また新しいモジュールデータが入っていた。


「〈挺身〉か」


 身を挺して仲間を救う。説明には端的にそう書かれている。〈盾〉スキルのテクニックにも似たようなものがあった気がするな。要はパーティメンバーのダメージを引き受けるようなものなのだろう。

 危機に瀕した仲間にいち早く駆けつける、というようにオフィーリアは〈突進〉を解釈したわけだ。


『どうでしょうか?』

「ああ、ありがとう。大体の流れはよく分かったよ」


 そう答えると彼女は嬉しそうに笹型の耳を揺らす。俺は〈挺身〉のカートリッジを受け取り、モジュールシステムをどう活用しようかと考える。このモジュールデータは盾役、たとえばエイミーのようなプレイヤーに適した内容になっているはずだ。

 俺のプレイスタイルに合うモジュールとは一体なんだろうか。


「とりあえず、レアティーズの方にも顔を出してみる」

『分かりました。あの子なら、私とはまた違った結果が出せると思います』

「ああ。期待してるさ」


 レアティーズと別れ、隣の尖塔へと足を向ける。

 オフィーリアとレアティーズ。二人による変転の違いを分析しなければならない。


━━━━━

Tips

◇MD-B〈挺身〉

 モジュールデータ。八尺瓊勾玉に刻印することで特殊な効果を発揮する。

〈挺身〉

 危機に瀕する仲間を助ける。MP消費:2


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